本研究の目的は、携帯メール絵文字のイントネーション復元補助機能を解明することにある。言語の音響的特性であるイントネーションは文法的機能、態度的機能、談話的機能といったコミュニケーションにおいて重要な機能を担っている(A. Cruttenden, 1997)。絵文字は、送信者の感情や特定のものを表すシンボルとしての機能を担うものであるが、それだけではなくメールのような音響的特性が欠如したコミュニケーションにおいて、音響的特性を補う役割を果たしている。修士研究では、「メール絵文字は携帯の画面上の「文字」を音声に再変換して認知する際に、イントネーションを復元するという重要な機能を担っているのではないか」という仮説に基づき、絵文字の「イントネーション復元機能」に焦点を当て、パラ言語レベルで絵文字がどのようにコミュニケーションに寄与しているのかを解明するものとする。
研究のための方法としては、メールの音読の音声解析によって得た周波数スペクトルのデータ分析によるアプローチ(実験I)と、メールの音読の認知的評価を問うアンケート調査による認知心理学的視点からのアプローチ(実験II)により、絵文字のイントネーション復元補助機能の解明を目指す。実験Iでは、被験者に同じメール内容を絵文字アリ/ナシで発話してもらったものを録音し、音声データの解析により、絵文字の有無よりイントネーションにどのような差が出るかを比較する。実験IIでは、実験Iとは別の被験者に実験Iで録音したものを聞かせ、どのような印象を受けるか(あたたかい−つめたい/やからかい−かたい)アンケートに答えさせる。
メール音読実験は、7月下旬から10月上旬に実施したもので、被験者数は大学生・大学院生を中心に20人(男性10人、女性10人)であった。場所は、音響スタジオを使用し、録音には、LogicExpress8を使用した。実験者のPC(VAIO VGN-TZ71B)の画面上に74種類のメール文を絵文字アリ/ナシの2パターン、計148個のメール文を刺激としてランダムに提示し、それを被験者に音読させるという方法で、メール音読の音声の録音を行った。
収録した発話について、韻律特徴の抽出を行い、各特徴量の検討を行った。F0平均値、F0最大値, F0最小値, F0レンジ, F0曲線の傾き,および、発話区間長をそれぞれ求め、それぞれについて絵文字の有無により有意差が出るかを検定した。特にF0平均値とF0曲線の傾きは発話全体、発話冒頭、発話末の値を抽出した。
発話末のF0曲線の傾きを除いたすべての特徴量について、有意差が認められ、絵文字の効果が示唆された。テキストのみのメール文の音読音声に比べ、絵文字が付与されたメール文の音読音声の方が、F0平均値が高く、F0レンジの値が大きい傾向が認められた。また、F0曲線の傾きは、絵文字が付与されることによりプラスの方向へ傾きが上昇するという傾向が認められた。