森基金研究成果報告書

 

政策・メディア研究科 修士一年

(Cyber informatics : Norvel Computing)

平塚史人

 

研究の概要:

今回の研究の目的は、1996年にBarwizeによって提案された定式的情報理論の新たな枠組みである『チャネル理論』に対して、その具体的な研究を与える事で、理論のポテンシャルを明らかにする事であった。研究計画書においては、チャネル理論を適用した『実用的な研究』に対して、身近に存在する二つの現実世界上の環境を作り、それぞれに関する情報の流れ(InformationFlow)やチャネル理論における数学構造のモデル化を行う方法を具体的に示した。

以下、今期の研究成果を具体的に報告する。

 

春学期より、チャネル理論の教科書的な書物といえるBarwise & Seligman著のInformation Flowを輪読し理論への理解を深めた。また、チャネル理論における、具体的実用への適用例の先行研究を調べて行く過程において、ラフ集合理論という理論の存在に着目した。

ラフ集合理論とは、近年注目されている情報表や決定表によって表されたデータに対する知識獲得の手法であり、その理論を参考として学んでいる過程で、チャネル理論との概念的な類似点を多く見いだす事ができる事に気づき、またその応用手法にはそれらの特徴的が広く反映されている可能性を感じることができた。ラフ集合理論は、その解析を統計的知見ではなく論理操作によって導き出す概念を用いているので、近年、特にその実用事例が発展的に研究されている。両理論の構造を論理的に比較し『チャネル理論』の理論的特徴を明らかにする事は、今まで広く研究例があるラフ『集合理論』の応用事例に対する新たな解析方法の提案に繋がるのではないか。また、それによってチャネル理論でしか表現しえない解析方法を見つけることで『実用的な研究』の例を示す事に繋がるヒントとなるのではないか、という知見からラフ集合理論との理論的比較を優先的に進めた。

 

(以下、チャネル理論の用語、概念解説は研究計画書及び、下嶋篤氏による資料:http://www.jaist.ac.jp/~ashimoji/Fuzzy.pdf

 ラフ集合理論の用語概念解説は書籍『ラフ集合と感性』http://www.kaibundo.jp/syousai/ISBN4-303-72390-8.htmに譲る。)

 

ラフ集合理論とチャネル理論の概念的比較:

ラフ集合理論の研究は、近年日本で比較的盛んに行われており、ルール抽出アルゴリズムの研究エキスパートシステムや調査解析などの実用研究様々な観点からの論理的な拡張の研究に大別できる。今回の研究は三番目にカテゴライズされる。

 

ラフ集合理論で扱われる対象となる『情報表』を『チャネル理論』の『Classification』と捉えることで、ラフ集合理論を形作る基本的な概念は、ほぼ全てチャネル理論において基礎をなす構造であるLocal Logicの概念と対応している事を示すことができる、という事を論理的に示す事ができた。特に、応用上最も用いられラフ集合理論の中心的な概念である『決定表』から抽出される『上(下)近似による決定ルール』は、それぞれ、Classification上に与えられたSequentと捉えることによって、

 

Γ δ は下近似による決定ルール

      ⇔

Γ |- δは任意のトークンにrespectされている制約である

 

 

Γ δは上近似による決定ルール

      ⇔

Γ |- δは少なくともひとつのトークンにrespectされている制約である

 

と特徴的な対応関係がある事が分かった。つまり、それぞれの近似に対してルールを定める事はClassification上に制約を与え、Local Logicを作る事と論理的に対応しており特に下近似によるルールを定めることは、Classificationに健全で完全な局所論理(Log)を与えることと同値である事がわかった。

 

この様に比較すると、ラフ集合・Local Logicは共に帰結関係を満たさない(異常な)対象を認めると言う特徴を持ち、Local Logicではその帰結関係をIdentity , Weakening , Global Cutという性質を満たすSequentとして与えられるのに対し、ラフ集合理論では「近似」という概念を経由してそれぞれ特定の作り方で帰結関係を作っているという事ができる。そして、その近似の「ラフさ」がLocal Logicでいう異常なトークンを作り出している、という事ができる。上・下近似などの「近似」そのものに対する概念や「縮約」の概念は、チャネル理論側には直接対応している概念がない。

 

ラフ集合理論の感性工学への事例とチャネル理論の表象システムの関係:

ラフ集合理論は感性工学への応用が盛んであり、日本では1990年代から現在にかけて元・千葉大学の森典彦教授や広島国際大学の井上勝雄教授などによって知識獲得や推論(デザイン)の手法として盛んに研究されてきた。今後の研究の方向としては、ラフ集合の「感性工学」への応用研究にならい(前述に示した様に)より広い論理的枠組みを表現できるチャネル理論の上で考えることで、ラフ集合理論で扱うよりも広い「感性Table」に関する知識獲得の可能性を研究していきたいと考えている。

 

感性工学という立場から解析手法としてのラフ集合理論を勉強し、態度やイメージ、認知などに対する「感性語」を形態要素によって近似するといった事の事例を紹介した。認知心理学の基礎であるパーソナルコンストラクト理論に基づいた手法であり、人間の物を認識・識別する上での特徴が、ラフ集合理論で反映され得る事を説明した。この様なラフ集合の優秀な「識別のモデル」にたいして、個別の感性デザインに関する解析・推論事例だけではなく、「感性語」の持つ特徴に対する一般的な研究・考察が行われたという事も紹介した。

 

この様なラフ集合理論の応用手法は、チャネル理論における「表象システム」であると捉えることができる、と考えることができる。実際、ラフ集合理論の近似という概念は異なる世界の属性(例えば「形態の属性」と「イメージの属性」)を、その外延(サンプル)の近似によって、異なる世界の属性間の論理性を抽出するといった目的で使われることが多く、前述したようにラフ集合理論でのルールは制約と捉えることができるため、「ラフ集合の近似によって求められる(形態要素)と(感性語)を結ぶ帰結関係」は「(形態要素)の世界が(感性語)の世界を表象する表象システムである」と捉えることができる、という事を示した。

 

今後の研究ではラフ集合理論より、より一般的な枠組みである表象システムの上であえて考える事で今までには考えられてこなかった感性に関する分析・知識獲得を考えられる、という事を示していきたい。そのひとつとして、パーソナルコンストラクト理論に基づいて考えられると言われている「認知・イメージ・態度に対する帰結関係を抽出する」といったことを目指して行きたいと考えている。

 

今後の活動:

一回目の発表に基づく、ラフ集合理論とチャネル理論の理論的関係などをまとめた論文を執筆する。前述したように、ラフ集合理論はその理論的拡張や他理論との論理的関係が近年研究されており、共通点の多く、論理的拡張にもなっているチャネル理論も比較の意義もあると思われる。また「感性」に関する勉強を行い、前述したように、パーソナルコンストラクト理論に基づいた「認知・イメージ・態度に対する帰結関係」を抽出する、といった事を、ラフ集合理論に習いより広い枠組みである表象システムで考えて行きたい。具体的には、また別の機会に記述するが、表象システムの特徴的概念の一つである「表示」といった関係を用いて、トークンが正しく表示されているtypesupportしているという、本来とは異なる新たなClassificationを表象システムによって作り、その上で帰結関係を導き出す、といった事を今後は行っていきたい。