森基金2009年度報告書

工業企業における環境会計の現状及び比較の可能性

許 萌

政策・メディア研究科

研究の背景

 

 近年、世界中で環境への関心が高まっている。酸性雨、大気汚染、河川汚染など既存の環境問題に加えて、新たに判明された地球温暖化問題への注目がますます高まってきた。グリーンランドの氷河が融解していること、モルディブ(Republic of Maldives)共和国の島は水没する危機に直面していること、このようなことがよく報道されるようになった。

 地球温暖化を引き起こすガスは6種類あると言われており、その中で、最も多いのが二酸化炭素である。二酸化炭素を削減するため、政府や企業さらに個人も努力する時代が到来した。 しかし、環境問題は地球温暖化だけではないということを忘れてはいけない。酸性雨、旱魃、河川汚染など地球温暖化問題以外にも、我々の生活を脅かす環境問題が様々ある。地球温暖化への関心が高まる一方、他の環境問題に対する注目度が低下してしまう恐れがあることも考えられる。

国も企業も二酸化炭素排出量ばかり重視しその削減効果のみを評価するという傾向をどう見ればいいのか、この疑問を抱えて筆者は今回の研究を始めた次第である。 

 

問題意識

 

 日本がEU並みに環境を重視する国であることは世界中で知られている。特に、最近鳩山首相が「環境立国」という政策を打ち出し、これを背景に日本は今までなく国を挙げて環境に取り組んでいる。

 企業は営利組織として利益の最大化を追求する組織であるということは言うまでもない。今まで、消費者、投資者、取引相手などのステークホルダーの企業に対する評価は営利性、資金運用の効率、製品あるいはサービスの品質などに向けたものであった。しかしながら、法律を破って河川を汚染したり森林を破壊したりするような企業活動による不祥事が昔から存在する。近年、企業が不祥事によってもたらされた負の効果を認識し始めており、ステークホルダーも企業の社会責任を評価するようになった。社会責任を明示するためCSRCorporate Social Responsibility)レポート(もしくは環境報告書、サステナビリティレポートとも呼ばれる。以下はCSRレポートに統一する。[1])を製作し公表する企業が徐々に増えている。内容は主として「雇用」、「社会貢献」、「環境」によって構成されている。

 今回の研究において、筆者は特にCSRレポートの中の「環境」という部分に注目したい。企業は二酸化炭素以外、様々な物質を消費し、排出する。そのような企業活動が環境にどんな影響をもたらしているのか、環境への取り組みが効率的行われているのか、筆者はCSRレポートのデータを用いて検証する。

 「環境」部分のデータはCSRレポートにおいて環境会計という形式で開示されている。環境会計は簡単に言えば、「企業等が事業活動における環境保全のためのコストとその活動により得られた効果を認識し、可能な限り定量的に測定し伝達する仕組み[2]」ということである。環境会計ガイドライン[3]によれば環境会計は3つの部分に構成される。

@「環境保全コスト」は環境保全目的として支出された投資及び費用を計上する。

A「環境保全効果」は環境保全コストに投下した資金による取り組みの効果で、物量単位で測定する。具体的にはCO2排出量、廃棄物排出量などがある。

B「環境保全対策に伴う経済効果」は環境保全効果によって企業の利益に貢献した効果である。

 一方、ステークホルダーにとって環境会計は分かりづらいものであるだろう。なぜなら純粋な貨幣尺度指標であれば直感的に見ることが可能であるが、環境会計のような物量単位と貨幣単位を同時に取り入れているものを読み取ることは難しいからだ。さらに、企業の環境取り組みを評価することが難しい。この状況において、ステークホルダーは企業の宣伝を頼りに環境への取り組みを評価してしまう恐れもあるだろうと考えられる。

 

研究の目的とアプローチ

 

 上述の問題意識を踏まえて、CSRレポートの環境関連のデータを抽出して、筆者は企業の環境取組の効率性を明らかにする。

環境経営の効率性を評価するにあたり、既定の標準がないため、事前に各指標をウェイトづけて計算し、効率性を求めることができない。この問題を解決するため、DEA分析法(Data Envelopment Analysis)という手法を使うことにする。この手法は事前にウェイトをつける必要がなく、比較を通じて相対効率を計算することができる。さらに、各指標の単位が任意であることも一つのメリットである。この手法を用いて、各企業の相対効率性を計算する。

具体的には年度別、業種別、規模別に企業の環境経営の効率性を探り、特徴を考察する。ステークホルダーから見た環境取り組みが優れた企業を比較し、どこが違うかを分析する。

 

日本の環境会計およびいくつかのガイドライン

 

 環境省によって企業及び公共団体に環境情報開示に対していくつかのガイドラインが作成された。各ガイドラインの関係及び作成する時間に関して、筆者は図のように整理した。

 

図 環境に関連するガイドラインの発展経緯[4]

環境情報の測定と開示はどちらも環境省が主導したものであり、1999年に初めての環境会計ガイドラインが公表された。企業と公共団体が準ずることができるガイドラインであるため、その後、環境情報特に環境会計を公表する企業の数は大幅に増加してきた。そのため、1999年は「環境会計の元年」とも呼ばれる[5]。そして翌年の2000年に環境報告書ガイドラインも作成された。

 近年、CSRCorporate Social Responsibility)という概念が流行り、企業は環境情報を公表する際に、環境報告書ではなくCSRレポートと名づけて公表するケースも多い。日本では認められているCSRガイドラインがまだできていないため、前述したGRIガイドラインを使う企業が多い。あるいは、GRIと環境報告ガイドラインと共に用いる。それは、海外に進出する企業が、当地の規制によって環境情報を含めて社会責任に関する情報を開示する際、よくGRIガイドラインによって開示するからである。開示情報の一貫性を保つために、日本における情報開示もGRIガイドラインに従って公表するようになったわけである。この状況を踏まえて、環境省が2005年「環境報告書ガイドラインとGRIガイドライン併用の手引き」を作成した。本研究ではCSRレポート及び環境報告書の概念の相違について論じないことにする。

 一般企業に対して環境情報の公表は強制的なものではない。ただし、特定事業者[6]であれば、毎年環境報告書を作成、公表しなければならない。これは『環境情報の提供の促進等による特定事業者等の環境に配慮した事業活動の促進に関する法律』によって規定されている。それに、今、特別事業者が公表されている環境報告書は環境省のホームページ[7]で閲覧可能になっていた。)

 

日本の環境情報開示の独特性

 

 前節において、ドイツ、アメリカおよび中国の環境情報開示の現状をまとめた。簡単にいえば、ドイツをはじめEU各国は物量単位を基に環境情報を開示しているのに対し、アメリカは財務報告書で貨幣単位によって開示する。中国はまだ初歩的段階にあり、環境情報というのは記述的なものに近いことが言える。

 それに、各国の環境情報開示に関するガイドライン、あるいは規則は民間機構によって作成されることが多い。例えばGRIガイドラインはGRIという非営利団体によって作成された。また、アメリカやカナダは会計基準の中で環境情報の開示を決めている。それは会計基準を作成する委員会によって作り出されるものである。

 日本の環境情報開示ガイドラインは民間機構ではなく環境省によって主導されている。

 環境会計理論によると、環境情報の集計は内部管理と外部公表二つの機能がある。それを踏まえ、日本の環境会計ガイドラインは内部管理の集計方法と外部公表の枠組みを提示している。更に、内容の信頼性を高めて環境情報を全面的に把握するため、物量単位と貨幣単位を同時に用いて環境情報を測定することになった。

 また、現実的な状況を基に、強制な開示を求める特定事業者が決められた。それ以外の一般の企業、非営利団体などは自主的に開示することになる。一定の柔軟性があると言える。

 このように、日本の環境会計ガイドラインは、比較的に分かりやすくて、集計しやすい枠組みが成り立った。日本企業は世界中でも最も多く環境情報あるいは社会責任の情報を開示する存在になった。KPMGの調査[8]を見てもわかるように、日本の環境情報開示の枠組みは自らの独特性、先進性がある。

 

研究方法

 

DEAの基本モデル

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


分析対象全体はkDMUが存在する。

かくDMUm個入力項目とs個出力項目を持っている。

DMUjの入力項目はx1j,x2j.xmj  とする。

DMUj の出力項目はy1j,y2j.ysj とする。

入力につけるウェイトをvi(i=1,,m)とする。

出力につけるウェイトをur(r=1,,s)とする。

測定対象はDMUoとする。

 

各入出力項目xmjysj は既知数であり、変数はウェイトvi ur である。

 

結果まとめ

 

1、企業が環境情報特に環境会計の開示は近年どんどん増えてきた。特に工業企業は、事業活動が環境との関係が近いため、環境会計への重視度が高くなってきた。

2、環境会計ガイドラインが官民共同で作成したので、多くの企業がそれをしたがって環境会計を作成し集計している。そのため、各企業の比較が可能になった。

2、企業をDEAという手法を使って比較してみた。イメージ通りに環境に積極的に取り組んでいる企業が数社ある。それに、従来にイメージに反して出てきた企業もある。それは恐らく企業の環境への取り組みのレベルは量化されておらず、普段我々は獲得できる情報を基に、客観的に環境経営の効果や環境への取り組みに対して適切に評価できていないからであろう。われわれはただ、企業の環境への取り組みのイメージによって判断してしまう可能性がある。そのイメージはメディアにおける企業のアピールによって得られるもので、その結果宣伝に力を入れた企業がもっとプラスのイメージを残せているにすぎない。それに、環境への取り組みはある程度企業が過去に不祥事を起こしているかどうか、経営者の覚悟が高いかどうかなどの要素に左右されやすく、そのため、今回は普段のイメージと違う結果が出ても当たり前のことだと思う。

 

今後の課題

 

<データの信憑性>

 CSRレポートの最後に一般的には第三者意見書を付属している。これは企業がレポートの内容の信頼性を高める一つの手段である。第三者意見書の内容は特に決まっておらず、会計の審査基準を生かして第三者意見書を作成する企業もある。また、単純のコメントやレビューによって作成されたものもある。とは言え、誰がどんな組織が第三者になれるのかに関しても決められていないのが現実である。そのため、各企業対応がばらばらになっている。会計事務所によって審査される企業もあるし、専門家によって審査される企業もある。このことによって、信憑性はどれほど保てるかは一つの問題である。

<集計範囲、業種>

連結ベースの製造業企業を対象として行った今回の研究は、一定の仮設に基づいて行った。それは各企業に公表された環境負荷のデータはすべて製造業における環境負荷である。ことである。しかし、現実的には、他の業種による使用、排出された環境負荷も一緒に計上されている。

 企業の環境経営を比較する際に、この業種の間の違いをどう受け止めればよいか、どんな手法を使ってこの問題解決するかは今後の課題になっている。

 

参考文献

  Aida K., Cooper W. W.,Pastor,J.T.and  Sueyoshi,T.Evaluating Water Supply Services in Japan with RAM: A Range-Adjusted Measure of Inefficiency,OMEGA: International Journal of Management Science, Vol.26, pp.207-232.

  Joe Zhu,Quantitative Models for Performance Evaluation and Benchmarking: Data Envelopment Analysis with Spreadsheets, Springer, 2009.

  William W. Cooper, Lawrence M. Seiford, Kaoru Tone Data Envelopment Analysis: A Comprehensive Text with Models, Applications, Reference and DEA-Solver Software, Boston: Kluwer Academic, 2000.

  Joe Zhu, Wade D. Cook. Modeling data irregularities and structural complexities in data envelopment analysis, Springer,2007.

   

  壺井彬、高橋正子「企業の環境パフォーマンスの貨幣評価にいよる経済パフォーマンスへの影響と環境会計:LIMEJEPIXの利用可能性」『年報経営分析研究』第24巻、88-102頁。

  大原昌明「中国における環境会計の動向」『北星論集』第43巻、第2号、141-150頁。

  南商堯、石川 光一「包絡分析法(DEA)の病院における労働生産効率の評価への適用(<特集>企業モデルと評価指標)」『オペレーションズ・リサーチ : 経営の科学 』第39巻、第6号、292-296頁。

  小田原英輝『仮想入出力制約を用いたDEAによる持続可能な発展の観点から見た企業活動の評価』慶應義塾大学理工学修士学位論文、2005年。

  堀健太郎『包絡分析法(DEA)を用いた持続可能性評価に関する研究』慶應義塾大学理工学研究科修士学位論文、2004年。

  森分未希世『DEAに基づく地方教育行政の効率性の測定と評価 : 神奈川県内市町村の事例を通して』慶應義塾大学政策・メディア研究科修士学位論文、1999年。

  末吉俊幸「DEA/WINDOW分析法による電気通信事業体の経営効率と規模の経済性の比較, 検討」『 オペレーションズ・リサーチ : 経営の科学』 第37巻、第5号、210-219頁。

 

 

 



[1] CSRレポート、環境報告書、サステナビリティレポートの間は微妙な違いがある。これらのレポートの中から環境会計のデータしか抽出しないため、それらの相違について本論文では論じない。

[2] 環境会計ガイドライン

[3] 同注2

[4] 環境省ホームページ、http://www.env.go.jp/policy/index.htmlより筆者作成 

 

[5] 環境会計システムの確立に向けて(2000年報告)p2

[6] 特別の法律によって設立された法人であって、その事業の運営のために必要な経費に関する国の交付金又は補助金の交付の状況その他からみたその事業の国の事務又は事業との関連性の程度、協同組織であるかどうかその他のその組織の態様、その事業活動に伴う環境への負荷の程度、その事業活動の規模その他の事情を勘案して政令で定めるものをいう。

[7] http://www.env.go.jp/policy/envreport/specific/list.html

[8] CSR報告に関する国際調査2008