平成21年度 森泰吉郎記念研究振興基金コラボレーション型研究支援資金 報告書

2010.2.23.

 

研究テーマ :環境劣化とパブリックヘルスの保全:ベトナムとラオスを対象に

研究代表者 :梅垣理郎(慶應義塾大学 総合政策学部 教授)

研究スタッフ:加茂具樹(慶應義塾大学 総合政策学部 教授)

神保謙 (慶應義塾大学 総合政策学部 助教)

ブ・レ・タオ・チ(慶應義塾大学 政策・メディア研究科後期博士課程2年)

韓娜  (慶應義塾大学 政策・メディア研究科後期博士課程2年)

渡辺大輔(SFC研究所 上席研究員(訪問))

 

本事業の概要

本研究の目的は、開発途上地域における農薬など化学薬品の濫用、依存がもたらす環境劣化とパブリックヘルスへのリスクとの関係を検討し、地域主導によるこれらの課題への対応策の条件の把握にある。このための調査を体制移行と経済開発とが並行して追及されるベトナムとラオスという過渡期社会の複数農村において比較展開する。地域主導型の対策への注目は、いずれの社会においても中央政府の財源に限りがあり、地域の人的・制度的資源の有効利用が不可欠であると考えられるからである。

具体的には、これまで数年間にわたって構築してきた現地の大学、研究機関、医療機関、NGO等とのネットワークを活用し、薬品汚染と農村開発の現状とのその地域主導型のソリューションについての継続的かつ詳細な定性調査を行う。また、これらの知見や現地の研究者のもつ豊かな経験をその個人にとどめず他地域への波及や連携を可能にするために、共同でのシンポジウムを開催する。

 

本年度の実績

 本年度は、主に次の2点の活動を中心に研究活動を進めてきた。第一にこれまでに引き続いての現地調査の継続であり、第二に来年度に出版予定の新しい叢書のための研究者ネットワークの構築、発展である。

 

<現地調査>

本研究では、ベトナム、ラオスでのこれまでの予備調査を前提に集落レベルでの農薬など使用と疾患関係をめぐる聞き取り調査を行った。これに加えて、従来の調査からその必要性が明らかになった、農薬など化学薬品の生産・流通をめぐる法体制などの制度環境の実態調査を深めてきた。とくに、ベトナムの首都ハノイ近郊に位置するビンディン省の集落、ラオスの首都ビエンチャンの近郊に位置するサバナケットの集落を対象として調査を進めた。これらの調査においては、詳細なフィールド調査が必要となり、また様々なデータ(統計に留まらず、ヒヤリングデータ、画像・映像データ、地図など)が必要となる。そして、経年的な調査も必要となり、また周辺国の状況を把握する必要もある。

そこで、具体的には以下の調査活動を中心に行った。なお、研究資金は後述する3月に行うシンポジウムの開催と調査活動にその多くを用いたため、これらの調査活動は他の資金を利用して行っている。また、フィリピンでの調査は新規の研究者ネットワークの構築のためである。

 ・ラオス(ビエンチャン)89

 ・ベトナム(ハノイ、フエ)8

 ・フィリピン(マニラ)23

 ・メコン河流域全域(ベトナム、カンボジア、タイ、ラオス) 3月/8

 

<調査報告に基づく研究報告の出版>

本研究プロジェクトでは、本年度に蓄積した知見だけでなく、すでに数年にわたって東南アジア各国(タイ、ベトナム、ラオス、中国)の研究者、研究機関と連携して調査活動を行ってきた。この調査、研究活動を通して、これまでに得た知見を研究者サークル内にとどめることなく、より広範囲にその知見と主張を訴える必要性を痛感していた。そこで、昨年度に執筆を終了し、今年度にかけて厳密な査読とリライトを行うことで、権威ある国際学術出版社(United Nations University Press)から英語書籍の出版を行った。

Umegaki, M., L. Thiesmeyer, and A. Watabe eds., Human Insecurity in East Asia, New York: United Nations University Press, 2009 May.

 

また、3月にはベトナム・ホーチミンにおいてワークショップを行う。このワークショップは、国内の研究者や学生とタイ、ベトナム、ラオス、カンボジアの大学教員、研究者が参加して二日間集中的に討議し、また研究成果の発表を行うものである。このなかで、上記の書籍で発表した諸論文の知見を踏まえつつ、これらの論文へのピアレビュー的な合評を改めて行うとともに、次なる研究報告の出版に向けての第一回目の編集会議としての意味を持つ会合としてゆく。このワークショップは、出版による新しい研究ネットワークの創出を企図するものでもあり、次年度以降の更なる調査、研究への足がかりとなる。

 

次年度以降への展望

 今後は、地域の文脈を重視したより実践的な調査活動を継続するとともに、出版した書籍へのフィードバックを活かした調査活動を行ってゆく。また、その上で、現在の金融危機や地域ガバナンスの変容、グローバル化の進展などを踏まえ、2年以内にその変化を含めた「続刊」を執筆し、再び国際学術出版から出版することを目指す。そのために、調査を継続するだけでなく、現地での新しい研究者ネットワークの構築、維持、人材の確保を継続的に行ってゆく。