2010年度森泰吉郎記念研究振興基金 研究成果報告書

 

政策・メディア研究科 西田みづ恵(80949166

mizue@sfc.keio.ac.jp

 

「地域における実践共同体のスケールアウトモデルの探求」

 

 本研究は、地域で成果をあげた実践共同体を他地域に広めていくための具体的方策を探究するアクションリサーチである。具体的には、VITA+という実践共同体(地域における高校生対象のアントレプレナーシップ育成プロジェクト)を他地域に広める実践を通じて、普及のためのモデルを構築する。

昨今、各省庁や自治体などにおいては、地域再生事業が喫緊の課題となっている。特に、自治体も行政も解決できない課題を抱えた地域では、住民主体で地域の資源を発見・活用し、課題を認識・解決していく活動が希求されている(例えば、総務省「地域力創造有識者会議」中間答申)。一方、2010年度地域づくり総務大臣表彰受賞の三重県立相可高校や高知県馬路村など、地域で成果をあげる取り組みが生まれてきている。そして、そのようなベストプラクティスを参考に視察や問い合わせをして、自分の地域で実践しようという動きが起こっている(例えば、総務省「地域おこし協力隊事業」において)。しかし、別の地域のモデルを他地域へ広げるための具体的方策については試行錯誤の段階である。

 筆者は、2005年から佐賀県、高知県、和歌山県において、地域の高校生を対象とした「ジュニアケースメソッド」(以下、JCM)をVITA+という団体を立ち上げて実践してきた。ケースメソッドとは、現実に起こっている問題を発見し、その解決策を見出し、実行するための力を鍛えるための総合的な意思決定力を養うことを目的とし、1世紀以上続けられている多対多の「協働的なディスカッション」(木・竹内、2006)である。筆者は、この手法を高校生用に独自開発し、地域のまちづくり活動を題材としたケース教材を作成し、大学生がディスカッションリードすることで、高校生が参加しやすくなる設計を試みてきた。そのJCMの成果として、地域のまちづくり活動を題材とした教材を用いることで、高校生の地域への愛着や関心が高まり、何らかの主体的行動がもたらされることを確認した(西田、2009; Nishida,Isagai,2011)。また、地域の活動をテーマにすることで、閉鎖的といわれる学校で地域の社会人と教員や高校生との交流が生まれた。さらに、大学生がプロジェクト運営することで、大学生自身の地域への愛着や問題発見解決思考も育まれる可能性があることを見いだした。

これらの研究成果から、地域の問題解決に取り組み、様々な関係者を巻き込むことのできる人材を育成するためには、他地域の自治体やまちづくり関係者からも実施依頼があり、広めるための具体的方策が求められている。

 そこで、本研究は、このVITA+の活動を2つの地域に広めるために、以下の形で研修を行う探索型のアクションリサーチに試みた。そして、各地域には、研修後、自分の地域でJCMを実践してもらうに指示を出した。

 

 

A地域

B地域

期間

20098月〜20102

8か月)

20107月〜20111

7か月)

実践共同体の人数

5名(大学1年生〜3年生)

5名(大学1年生)

研修回数

7

6

face to face回数

1

3

遠隔の回数

6

3

期限の告知

なし

あり

支援の仕方

機会供与・役割供与

機会創出促進・役割創出促進

 

 その結果、A地域では研修後、自発的な動きが起こらず、広める側の指示がなければ動きが起こらなかった。一方、B地域では、研修以外の場で、自分たちで練習を行ったり、JCM参加者へのパンフレットを作成したり、お礼のメールを送る等自発的な行動が起こった。

 このような違いがなぜ起こったのか上記の研修の形態を比較すると、主に2つの要素が導出される。1つは、研修のface-to-faceと遠隔の回数の違いである。A地域は、7回中1回がface-to-faceの研修であり、残りは遠隔テレビ会議システムを用いたものであった。一方、B地域は、face-to-faceと遠隔の回数が同じ3回ずつであった。

 2つ目に、広める側が各地域に対する研修期限の告知の有無があげられる。A地域には、研修の期限を伝えなかった。一方で、B地域には、2011年度までしか関われないと先に期限を伝えていた。

 さらに、これらの期間中のメーリングリストのテキストデータから、広める側から送ったメールのみを分析した。その結果、A地域に対しては、研修後自分の地域でJCMを実践する機会を広める側が作り、その中における役割も広める側が供与していた。一方、B地域に対しては、研修後自分の地域でJCMを実践する機会を作るよう促進するにとどまり、機会創出はB地域の実践共同体が行った。また、役割においても、B地域の実践共同体メンバー自分たちに作らせるように促していた。

 つまり、地域で成果をあげた実践共同体を他地域に広めていくためのモデルとして3つの要素が導出された。1つは、研修におけるface-to-faceと遠隔の回数であり、2つ目に期限の告知、3つ目に機会や役割を供与するのか創出の促進をするのかである。

 本研究では、2地域という調査対象の少なさやメールの分析が広める側のテキストデータのみなど限界がある。しかしながら、今後の研究において、3つのどの要素が、どのように自発的な活動に影響を及ぼしているのかを理論と実践の両方から導き出していくことで、モデルの構築を目指したい。