2010年度 森泰吉郎記念研究振興基金(研究者育成費・博士課程)研究助成金報告書

 

研究課題:アジア諸国の交通インフラ整備が与える経済効果の研究

 

慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 博士課程2

柴田 つばさ(wings@sfc.keio.ac.jp


 本年度の活動報告の概要                                  

本年度は,主に3つの活動を行った.

まず,一つは,『The Effects of the Transportation System on the Economic Growth of the Japanese Economy 1965-2000: using a nine-region interregional IO model』というテーマで,スウェーデンで行われた国際学会に参加し発表を行ったことである.これは,高速交通の発達が東京一極集中と言った地域経済の格差問題を引き起こしたのではないかという問題意識から,交通が地域経済に与える影響のメカニズムを全国9地域間産業連関モデルによって説明したものである.欧州地域においても日本の抱えている問題を抱えており,これらの成果を発表したことで,地域学研究へ貢献できたと同時に,今後の自らの研究意識を高めることが可能となった.

次に,また,査読論文2本を仕上げたことである.一つは日本地域学会の学会誌に投稿した.これは200910月に広島で行われた年次大会で発表した内容であり,全国9地域間産業連関モデルで高速交通がもたらす影響を計測したものである.もう一つは,The Journal of Econometric Study of Northeast Asia (JESNA)に投稿した.これはアジア国際産業連関モデルを部分的に全国9地域間産業連関に連結させて,アジア(中国)経済の需要の変化と日本の地域産業の成長の関連を考察したものである.これは20111月に投稿したばかりで,査読の結果を待っているところである.

最後に,3つの活動として,これまでにない新たなタイプの産業連関モデルの開発を行ったことである.これは伝統的なレオンティエフに基づく産業連関モデルから踏み出し,今日のモデル構築で重要視されているミクロ経済学的基礎に基づくモデルの構築を試みたものである.全国9地域間産業連関表は,日本国内のデータで信頼度も高く安定していることもあり,幸い,非常に興味深い結果を出すことができた.よって,これらの成果を今年の国内の学会で発表してゆくべく準備に取り掛かり,現在,論文としてまとめている段階である.

 


 本年度の具体的な活動

 

本年度の国外学会発表

学会名:The European Regional Science Association (ERSA)

会議名:50th Anniversary. European Congress of the Regional Science Association International

開催期間:2010 年 8月 19日  〜 2010年 8月 23

開催地: 国:Sweden(スウェーデン)  都市名:Jönköping(ヨンショーピング)

発表テーマ:The Effects of the Transportation System on the Economic Growth of the Japanese Economy 1965-2000: using a nine-region interregional IO model

概要:交通インフラ整備は,輸送コストを低減させ,産業誘発効果をもたらすものと考えられている.本発表では,交通インフラ整備の発達と日本の産業集積の形成過程との関係を全国9地域間産業連関モデルを用いて検証している.具体的には,交通インフラ整備が現行通りに行われ続けた場合のシナリオシミュレーションで得られた地域・産業別総生産の計算値を用いてBalassa Indexを計算し,また,全く行われなかった場合のシナリオシミュレーションで得られた地域・産業別総生産の計算値からBalassa Indexを計算し,両者の数値の乖離を計算している.その結果から,現行の交通インフラ整備によって,Core(大都市)では,サービス産業を中心とした特化が行われ,他方でPeriphery(隣接地域) では,製造業を中心とした特化現象があったことを確かめることができた.サービス業は労働集約的な産業であり労働者を必要とする.また逆に製造業や農業等は土地集約的な産業であるため人手が必要とされない産業である.この関係から労働の都市への集中と地方からの分散といった労働移動の現象とを関連付けることができた.(配布資料レジュメ: ERSA_resume.pdf

 

 

本年度の論文執筆

[論文1] 20102月投稿し,10月に1回目の修正.201112回目の修正.

学会誌:日本地域学会

論文名:『我が国における高速交通インフラ整備の地域別需要創出効果の検証全国9地域間産業連関モデルを用いて』投稿し,その後,修正2回を行った.

概要:本研究は,1965年から2000年の日本の全国9地域間産業連関モデルを用いて,新幹線・高速道路・航空の3つの高速交通機関のインフラの整備の進展が,地域経済構造に与える影響について総括的な計測することを目的としている.交通インフラ整備と経済効果を扱った先行研究は,数多く存在するが,それらの大部分は,経済学の理論枠組みを用いて,生産関数や費用関数の推計などが中心となっており,経済の供給面を主眼とした分析になるが,本研究で使用する,産業連関モデルは,レオンティエフ型モデルを基礎とした,需要主導型のモデルであることから,所得から消費へ至る過程の中で交通インフラ整備がどのように影響しているかといった需要サイドの分析が可能となる.また,本研究では,交通インフラの影響を定量化するにあたって,従来から地域分析の分野において用いられているポテンシャルモデルを応用した.これは,地域間の結びつきにより地域の魅力度を定量的に評価するモデルであり,本研究では,交通インフラの整備によってもたらされる地域間移動の『所要時間短縮効果』と,交通インフラの利用時の『料金負担』とのバランスに焦点を当て,隣接地域から受ける潜在的な影響を定量化し,全国9地域間産業連関モデルに組み込んだ.以上のモデルによって,時系列の変化をみたところ,交通インフラの整備によって大都市との時間距離が短縮されることで,返って,大都市に人や物が吸収され,地域産業・市場経済構造が変化し,衰退した地域が明確になった.また,高速道路の料金低下のインパクトシミュレーション分析を行ったところ,経済成長は,促されることが分かった.

 

[論文2] 20111月に投稿.

学会誌:The Journal of Econometric Study of Northeast Asia (JESNA)

論文名:『Examining the impact of demand creation caused by transportation infrastructure on the regional economy by the use of interregional input output model for Japanese nine regions』に投稿中.

概要:日本の地域経済の発達には高速交通インフラ整備が不可欠であったことがこれまでの研究で分かってきた.本研究では,その関係にアジアの経済,特に中国の経済成長も関連していることを全国9地域間産業連関モデルとアジア国際産業連関モデルを用いて実証分析を行ったものである.

 

[論文3] 現在,執筆中.

学会誌:まず学内で発信する予定.

論文名:『Modeling for the Nine Interregional System of the Japanese Economy

概要:従来の産業連関モデルは,生産均衡産出高モデルと均衡価格モデルに代表されるレオンティエフ理論を基礎とする伝統的なフレームに基づくものである.しかし,今日ではミクロ経済学的基礎を有した,より精緻化されたモデル構築が求められるようになっている.こうした流れをくみ,本研究では,従来の基本フレームを拡張し,ミクロ経済学的基礎を組み込んだモデル構築を行った.

 


  次年度の研究に向けて

本年度は,国内を対象としたモデル構築に多くの時間を費やすことになったが,ここで得られた結果は博士論文の骨子になるべく重要なものばかりであった.来年度は,今年の活動で得られた成果を,アジア国際産業連関モデルのフレームで検証したいと考えている.それらを博士論文としてまとめていきたいと考えている.