2010年度森泰吉郎記念研究振興基金「研究育成費」による研究報告

教員養成課程における質保証のメカニズム

坂田哲人(政策・メディア研究科)

 

1.背景

 教育の質は、教員の質によるという考え方は、すでに述べるほどもないほど世界で共有されている考え方である。OECDの報告書(2005)が有名であるが、各国の教育の質を高めるために、いかに質の高い教員を養成し、採用し、現場で力を発揮させることが世界レベルでのアジェンダであるといえる。

 こと、日本においては、教員養成制度改革の真っただ中にあり、この動きは、戦後間もなく行われた教員養成制度の改革に次ぐ、およそ60年ぶりともいえる教員養成制度改革の局面に直面している。

 日本の教員養成制度は、開放制による教員養成という世界にも比較的類を見ない制度によって養成されているが、このことが影響し、実践的なトレーニングがなされない教育課程を有しており、日本の教員養成制度は、このデメリットを克服しようと取り組まれているものである。改革の柱は2つであり、ひとつは実習期間の延長を行い、それに伴う教員養成機関の延長である。これは、単に年限を長くするということにとどまらず、教師というキャリア(職業)のあり方を大きく変えるインパクトを持っている。この教員養成制度改革の際に参考にしているといわれているのが、フィンランドモデルであるといわれている。

 もう一つの柱は、質保証の仕組みの導入である。質保証の仕組みには、さらに二つに分かれ、教員養成機関のアクレディテーションと呼ばれる箱の質保証と、卒業時における教員としての資質能力を検定するという形での教員自身の質保証である。

 本研究は、日本の教員養成改革の方向性を見極めるための、国際間の制度比較研究が出発点にあるが、先に述べたように、教員養成制度改革や、教員の質保証のメカニズムは、世界レベルでのアジェンダであるということ認識し、日本固有の問題解決を目指すということよりも、さまざまな国の質保証の仕組みの比較検討の中から、よりよい質保証のメカニズムのモデルを模索していくことを目的として本研究を展開することと考えている。

 

2.本年度の研究活動概要

 本年度は、日本と諸外国(オランダ、フィンランド、カナダなど)における教員養成機関や教員養成の実態にまつわる情報を、現地における聞き取り調査や各種の文献調査によって収集し、また本研究と協力関係にある研究者からは論文の情報や、直接のディスカッションや聞き取りを通じて、フィンランド、日本の教員養成の状況について情報を共有した。具体的には、日本における教員養成機関3校(教員養成担当者や、教職志望の学生)へのヒアリング、複数の海外における教員養成機関へのヒアリング、国際学会における動向調査などが行われている。なお、ここに示したヒアリング調査のリスト、そして以下に示す調査結果の引用については、筆者が参画する他の研究プロジェクト、研究資金による調査結果も一部含まれている。ただし、本文中に示す質保証のメカニズムに関する議論は、本報告を提出する時点において、他の研究プロジェクトの報告としては使用されておらず(学会での発表は行われた)、オリジナルの研究報告であり、今後、さらに精細なデータを重ねたうえで研究論文として発展させる可能性もある。

 このようにして得られた情報をもとに、教員養成段階における質保証のメカニズムが、各国の施策を比較検討していく中で、どの時点でどのように機能しているかについての検討を進め、現時点では、3つの段階における質保証のメカニズムが機能しているのではないかということを読み取った。

 

3.質保証のメカニズム

 3つの段階とは、教員養成段階以前の対応、教員養成課程における対応(卒業時点での評価機能も含む)、教員養成段階以後の対応の3つである。

 教員養成段階以前の対応とは、教員養成コースに入ることのできる学生を事前に選抜することであり、その選抜された学生に対して(のみ)教員養成課程のトレーニングを行うという方法である。これは、特にフィンランドに見られた特徴である。

フィンランドでは、特に初等教員養成において、その競争率が10倍程度と非常に高く、人気のあるコースとなっている。実質的に高い競争を抜けてきた学生が教員養成コースを受けることとなり、自然と能力、力量に関するベースをあげることができる。しかし、フィンランドの選抜のメカニズムは、倍率によることもさることながら、その選抜の方法にも非常に工夫がなされていることに特徴がある。初等教員養成以外にも、主に中等教員養成コースとして、専門科目を受けながら、教職課程コースを履修するという方法によっても教員免許を取得することが出来るが、しかしのこの場合においても、その認定試験は工夫されており難易度は非常に高いと言われている。こうして選抜された学生の卒業率は高く、この選抜メカニズムが有効に機能していると言える(伏木,2010)。

 第2点目の教員養成課程においては、もちろん、教員養成課程で提供されるカリキュラム、講義や実習の質を絶対的に高めていくということが教員養成機関としての責務であることは言うまでもないが、そのことは前提とした上で、どのようにその質を高めていくためのサポートメカニズムが機能しているのかという観点から検討を行った。

 先述のフィンランドや、オランダでは、大学における教育カリキュラムが学校現場における教育実習と結び付くなど、教育学を学ぶということのみならず、教職の専門性の開発に貢献するような構成になっていることである。日本では、特に私立大学における教員養成の場合、絶対的な教員採用数よりも免許取得者数の方が圧倒的に多く、そのために、学生一人一人に対してきめの細かい対応が出来ないばかりか、必ずしも教員になるとは限らないという意識を、教員・学生ともに持っている中での講義や実習が展開されており、教育実習公害という言葉まで出始めるなど質の向上を阻む原因となっている。

 このこと以外にも、オランダでは、例えば初等教員養成4年間のコースの中で、3回の認定試験が用意されており、これらの試験に通過しないと次のステップに進めないような仕組みが用意されている。さらに、この試験は、単なるペーパーテストということではなく、また実習記録を評価するだけでもなく、適切を含めた教員としての立ち振る舞い、興味関心を含めた形での教員としての総合的な専門性の獲得を評価するという観点から行われる。そのため、養成学校の教員だけではなく、実習現場に教員養成のための専門の教員を配置し、複数の立場からの評価が行われている。

 このことが、卒業後、すぐに現場に配属されたとしてもスムーズに業務に入っていくことが出来るための一つの質保証の仕組みとして機能している。

 ここで指摘した2つの工夫は、直接的な講義の質の高さや、実習の質の高さを指摘しているということよりも、この両者の質をより高く機能していくためのサポートメカニズムとして機能していることが注目に値する。

日本において部分的に質の高い講義や、高い質の実習が行われているかもしれないが、全体的な質を担保するメカニズムが機能しているという状況にはない。

 しかしながら、日本の教員養成がそれでも機能してきたのは、第3点目としてあげる、卒業後(採用後)の高い質保証のメカニズムが存在していたからだ考えられる。

 日本の学校現場においては、授業研究を中心とする、現場でのトレーニングの仕組み、つまり、OJTのメカニズムが、教職課程でどのような教育を受けていたかを問わず、教員を受け入れ、成長させていくだけの機能を備えていたといえ、そのことが、養成段階の質の高さをそれほど重要視してこなかった一つの理由であるとも考えられる。授業研究による教員の力量形成は、レッスンスタディという名称で海外にも展開され、教員の質の向上の方策として注目されていることの一つである。

 このような形で、各国がそれぞれの工夫の中で教員の質を担保するためのメカニズムを形成し、それを運用してきている。ここにあげた3つの質保証のメカニズムは、それ自身が単独で機能するということではなく、各国の事情に合わせて、それらが組み合わさりながら質を高めていく工夫となっている。

 しかし、各国もそれで十分機能しているとは考えておらず、特に日本においては、この現場における教員の力量を高めていく仕組みが徐々に機能しなくなってきていることが指摘されている。そのことと併せて、養成段階における高い教員養成教育を求める声が高まり、そのことが冒頭に述べた教員養成段階での質保証の議論にたどり着く。

 一方で、授業研究という方法が海外に展開されて、取り入れられていくという事象を考えれば、むしろ現職段階の専門性の育成に関して言えば、日本の方が、少なくともこれまではうまくいっていたということも示しており、海外の研究発表大会においては、研究者や現職教員のいずれからも高い興味関心が示される。

今回の検討の中では、どちらの方策が是であるということを現時点で決めることは難しいし、今後も検討が続けられていくべき内容であると言える。

 そうした中で、今年度の調査を通じて日本の教員養成課程に提言出来ることがあるとすれば、一つには、養成段階の制度改革に向かっていく中で、実質的にどのように質を担保しようとしているのかという点について、制度面だけではなく、その制度をどのように効果的に運用するサポートメカニズムを組むことが出来るかという点を議論に加えていかなければならないということ、つまり、オランダやフィンランドでは、実習の時間が長いことや、競争率が高いことが注目されがちであり、あるいはその他の国々における教員スタンダードの話題が注目されがちであり、この点を中心に新しい教員養成制度の設計が行われようとしているが、ではその状況を踏まえて、あるいはそのことを実現するために、教員養成学部として実質的にどのような工夫が必要であるかについても併せて検討を進めなければ、それが十分に機能しない可能性を含んでいるということである。

 もう一つの内容としては、現職段階における教員の専門性開発のメカニズムとの関連を深めていく必要があることである。強いOJTのメカニズムがある現場にとっては、養成段階にはあまり期待しないという意見も多く、むしろ、現場でどのように教師として育っていくかという考え方の中で、教員養成課程がどのような役割を果たしていくべきか、あるいは果たしていくことが出来るかということを議論しておくことは重要な課題である。この議論なしに、養成課程と現職との間でそれぞれの施策が進んでしまうことによる弊害は、養成課程と現職段階での経験のギャップから離職の問題が今以上に生じ、これはヨーロッパの教員養成がかつて抱えた、そして現在も抱えている重要な問題を引き起こしてしまう懸念がある。

 今後は、これまでに得られた3つの段階と、実質的な質保証のメカニズムという観点から、日本における教員養成の実質的な質保証のメカニズムに関してさらに追究していく必要があると考えられる。

 

今回の報告にあたり参照した文献

・伏木久始(2010), フィンランドの教員養成の質を保証する要因, 信州大学教育学部研究論集

・武田信子・中田正弘・坂田哲人・伏木久始(2010), ヨーロッパの教師教育の動向, 武蔵大学総合研究所紀要第19

 

以上