中国における湖沼生態補償システムに関する研究――太湖流域を事例として

政策・メディア研究科

後期博士課程1

EGプログラム

11研究の目的と背景

 中国環境保全政策の具体的なプロセスは各時期の国中期戦略5カ年計画の一部となっている。2006-2010に実施している第11次五ヵ年計画の中に、環境生態補償システムを提起した。

 これは生態系サービスへの補償(Payments for Ecosystem Services)政策である。つまり、開発者人は,開発によって失われた生態系サービスの価値の分だけ、回復する主体、生態系を所有する主体にお金を支払い,サービスを回復、補償する と言うことである。主役は地方政府であり、政府間の交渉・協力によって、共通の環境問題を解決する。第11次環境保全5ヵ年計画の期間中、生態補償政策に適用できる対象は流動性のある河川・地域を跨ぐエネルギー開発地及び国家自然保護区である。この政策を一部の地域で実験している。

本研究は、水環境生態補償システムを実験いている太湖流域を研究対象として、政策の効果と効率の視点から考察したいと思う。

  

 12 太湖の基本状況

太湖は中国第3の淡水湖でその流域は長江下流地域の江蘇省、浙江省及び直轄市の上海を跨ぐ。面積がおよそ琵琶湖の3.5倍であるこの流域は上海市,州、無錫、常州、鎮江、杭州、嘉興、湖州などの都市がある。人口は全国の3.7%に占めていて、2005年流域内GDPは全国の11.6%を占めている。この地域は古来の農業産地で近年工業も発達している。政策や法律の欠陥が多いので、水汚染はすでに深刻な問題になった。2007年度のデータによると太湖流域の飲用できる水がわずか18.8%であることが明らかにした。特に近年水の冨栄養化問題が厳しくなり、2007年には無錫市の水道水が飲めなくなったという事件が発生した。

 

2問題意識

 

 21 生態補償システムの試行

11次五カ年計画の生態補償システムに従って、200711月江蘇省が「江蘇省太湖流域環境資源区域補償実験方案」を策定した。呼び方が生態補償システムから区域補償へと変換したが仕組みは同じである。

江蘇省には太湖流域において上流から下流まで、江蘇省における南京・鎮江・常州・無錫四つの都市で実行されている。南京は太湖流域に入ってないが、長江沿岸にあり、江蘇省にある上流都市であるため、この政策の中に入った。この政策によって上流にある都市は排出した水の質が一定の基準を超えると下流にある都市に生態補償金を支払わなければならなくなった。水質に関する指標はCOD、アンモニア態窒素と全リン3つある。表Tに示しているように、1Tあたりの補償価格を設定している。

 表T

指標

 COD(化学的酸素要求量)

 アンモニア態窒素

 全リン

補償額

 15万元/

 10万元/t

 10万元/

 

 それに、補償金額を計算する式は以下のようである。

 式T

 各指標補償金=(断面水質指標値−断面水質目標値)×毎月の断面水量×補償標準額

 20087月から当政策が実行され、8月のニュースによると、一ヶ月において南京は常州に1.8万元を支払い、常州は無錫に18万元を支払ったと言う。この生態補償金は地域政府の間に財政資金の一部として支払われた。

 

22 問題意識

 この政策において、以下の問題点を明らかにしたいと思う。

 1、「江蘇省太湖流域環境資源区域補償方案(試行)」の仕組みを明らかにする。

 2、この政策を実施する前後、太湖の上流地域の水質の変化を明らかにする。

 3、2の観測結果により、生態補償に支払う価格の合理性について検討する。

 

3、太湖流域における生態補償システムの仕組み

 

3-1 政府機構の役割

 前文2-1にすでに述べた2007年の試行が終わった後、20091月に江蘇省政府が「江蘇省太湖流域環境資源区域補償方案(試行)」を立ち上げた。この方案は2007年の「江蘇省太湖流域環境資源区域補償実験方案」より1つの実行都市――蘇州を加えた。補償の単価と計算式は表Tと式Tのように変わらなかった。

 この政策はまず省の政府機関が補償額を計算し、5つの市政府から補償額を徴収する。次に、徴収した資金は区域補償専用資金として、該当都市に分配する。毎年一回徴収・分配を行う。

執行する省レベルの政府機構は江蘇省環境保護庁・江蘇省水利庁・江蘇省財政庁である。各政府機構の役割は(表U)のようである。

 

 

 表U省レベルの各政府機構の役割

(「江蘇省太湖流域環境資源区域補償方案(試行)」より筆者が作成した)

名称

役割

江蘇省環境保護庁

水質観測データを提供する;補償金額の計算*

江蘇省水利庁

水量と水流の方向に関するデータを提供する

江蘇省財政庁

補償金額の計算*;補償金の受入と分配

(注:*補償金額の計算は江蘇省環境保護庁と江蘇省財政庁が共同作業によって定める)

 

3-2 各都市の補償関係

 省レベルの政府機構が計算データや計算係数等を提供し、区域補償を実行する主役は各地方政府である。

「江蘇省太湖流域環境資源区域補償方案(試行)」によって生態補償を行っている5つの都市は上下流関係を持っている。それを図Tのようである。

図T

 

 

 

 

 

 


上図のように南京と鎮江は常州の上流都市である。常州と無錫は隣接し、お互いに上流と下流の関係を持っている。無錫市の河川は最後に太湖・望虞河に流れ込んだり、蘇州に流れたりする。蘇州の河川は浙江省や上海市或いは望虞河に流れ込む。望虞河は太湖の下流河川である。このように、都市の間に隣接する河川は合計20であり30の観測点を置いた。

各上流都市が下流都市に対して、区域補償金を支払うが、直接に支払うではなく、江蘇省財政庁の専用口座に振り込む。それから、江蘇省財政庁が各都市に支払う。下流は都市ではなく、河川や湖沼の場合、或いは下流は江蘇省以外の都市である場合に、直接江蘇省財政庁に支払う。

 

33区域補償資金の使い方

「江蘇省太湖流域環境資源区域補償方案(試行)」には、区域補償により徴収した資金の使い方について明記してない[@]

各都市が具体的な補償金使い方を決める。例えば、蘇州市は2010年に「生態補償機制を立てるに関する意見(試行)」を立ちあがった[A]

補償金の財源は四つの主体@市と区の財政資金、A土地を売却する収入B上級(省)の財政生態補償専用資金、C社会寄付によって集めて生態専用資金を立ち上がる。この中にはBの上級(省)の財政生態補償専用資金は区域補償資金である。

単純に区域補償資金によって生態補償システムを立ち上がるのは足りないということが分かった。

蘇州市は生態補償システムの補償の対象[B]を決めた(表V)。

表V

対象

補償額

農地

一般の耕地は400/畆・年;コメ産地の水田は100010000畆規模に対して200/畆・年;10000畆以上の規模に対して400/畆・年

水源地

県レベル以上の集中式水源地にある村に対して100万元/村・年

重要生態湿地

太湖・阳澄湖及び他の重点湖沼の一部を持っている村に対して50万元/村・年

生態公益林

県レベル以上の生態公益林に対して100/畆・年

農民

水源地・重要生態湿地・生態公益林にある農民は年収が当地平均以下になる場合、一定の補償を与える。

(生態補償機制を立てるに関する意見(試行)」より筆者が整理した)

 

4、太湖の水質変化

図U2008年――2010年太湖水質の変化

 (「太湖流域及び東南諸河重点水功能区水資源質量状況通報」より筆者が作成した)

 

 中国では淡水の水質評価は5段階に分けられている。

 

 

表W 淡水の水質分類

分類

評価の標準

T類

水源地・国家自然保護区に適合する

U類

集団式の生活飲用水の水源地の一級保護区に適合する

V類

集団式の生活飲用水の水源地の二級保護区に適合する

W類

工業用水、人体に接することがない遊園地用水

X類

農業用水、一般景観区用水

(「地表水環境質量標準」によって筆者が作成した)

 この標準から見れば、2008年から2010年まで、太湖の五里湖以外、水質が改善された区域はない。太湖流域環境資源区域補償方案は2007年から実施し、2010年まで太湖の水質は明らかな改善はなかった。

 

4、まとめ

 

太湖流域における生態補償システムはまだ実験段階である。生態補償システムのフレームワークを立ち上がったが、各市・区・県の政策は曖昧なところが多いと思う。まだ実施の時間が短いのかもしれないが、生態補償システムの実施により、太湖の水質が改善されたことが見えなかった。単純に政府間の補償金の支払いによって環境を改善・回復することも不可能である。政府間の補償金以外に、地域財政による資金や社会寄付等も重要な部分であることが分かった。

「江蘇省太湖流域環境資源区域補償方案(試行)」は江蘇省が策定した生態補償システムであり、南京と鎮江はこの範囲で上流都市として扱われる。しかし、地理的には、南京と鎮江に対して上流都市があり、江蘇省以内ではないだけである。この政策の実行範囲は江蘇省であるため、南京と鎮江は上流から補償金をもらうことはできなかった。財政的にはこの両都市にどう補償するかは今後の課題である。更に、蘇州市「生態補償機制を立てるに関する意見(試行)」から見れば、区域間の生態補償金は生態補償に足りなくて、各政府は他の財源が必要とすることが分かった。これに対して、CODなどの水質指標の単価を引き上げる必要があるのではないかと思う。

今後、区域補償は環境保護の重要な手段として、各省が応用されると思うが、水生態に関する区域補償の実態を考察しつつ、この政策及び生態補償システムの適用性を検討したいと思う。



[@] 「江蘇省太湖流域環境資源区域補償方案(試行)」八、資金の使用補償金は主に太湖の環境保護に使う。

[A] 言い方が違うが、生態補償機制は生態補償システムのことである。

[B]蘇州市は生態補償システムの補償の対象は「江蘇省重要生態功能保護区区域計画」によって定義されている。