2010年度

森基金 研究成果報告書

ことばの音と意味の関連性に纏わる研究

所属:政策メディア研究科 修士課程2年  学籍番号:80924056

氏名:荒田真実子arata@sfc.keio.ac.jp


【背景】

ほとんどのことばは恣意的で抽象的な概念であるとされている。しかし日本語の擬音語、擬態語などをはじめとする"音象徴"を持つ、恣意的なラベル付けでないことばも世界に多数存在する。ことばの音と意味に、知覚的な関連性を持つことを"音象徴"があると表現する。たとえば図形のかたちと音に対し、尖っている図形にはキキ、丸みを帯びている図形にはブーバという音が感覚的に合っているとされ、これは幼児であっても他言語話者であっても80%以上の一致度がある。他にも動作を撮影した動画と新奇擬態語(既存の擬態語を変化させ、音象徴性はあるものの実際にはない擬態語)についても同様に、幼児・他国語話者において音象徴を感じていることが報告された。さらに、動作イベント(動画)に対し日本語の擬態語を視覚呈示すると、動詞、副詞呈示のときと比べて視覚と聴覚の統合野での賦活が特異的であった。この結果は、擬態語が視覚と聴覚という異なるモダリティを超えて理解されることを脳表象の側面からも支持する結果となった。

これらの先行研究により、視覚情報(図形・動画)と聴覚情報(ことばの音)において、音象徴性はある程度の言語普遍性があることが示されている。また、音象徴性は動作の認識を影響を与えることがわかっており、幼児の動詞の学習を促進させていると考えられている。このように音象徴は言語普遍的であり、語意学習にも影響を与えていることになる。


【目的】

視覚情報における音象徴においては背景でも述べたように多様であり、視覚情報が音象徴を持つことが通念となっている。しかし日本語の擬態語などに代表される音象徴のあることばはつるつる(触覚情報)、つーん(嗅覚情報)など他の知覚情報について表現しているものも多い。視覚的情報でない知覚情報に関する擬態語は、視覚情報が持つ音象徴を介して存在しているのか。それともそれぞれの知覚情報が音象徴を持っており、聴覚と直接繋がっているのだろうか。そこで今回は知覚情報の中でも「触覚」に着目し、触覚が持つとされる音象徴が、視覚情報などの他の知覚情報がなくとも触感だけで得られるか否かを調査する。

また、触覚に関して普遍的な音象徴があるならば、幼児、他国語話者はその音象徴を手掛かりにカテゴリー(物体)を認識するのだろうか。動作の認識に影響を与えるのと同じように、物体の認識にも影響を与えることができるのだろうか。

本研究は、触覚という今まで音象徴研究では言及されてきていない知覚情報に着目し、その言語普遍性(実験1)と物の認識に与える影響(実験2)について検証することを目的とする。


【実験1】

―実験概要

二つの異なる触感を持つ木片の表面を被験者に見せることなく、触覚呈示し、どちらかの木片の触覚に対して音象徴があるものの名前(新奇名詞)を聴覚呈示する。そして被験者にはどちらの木片の表面が呈示された名前であるかを推測してもらう。この作業を、刺激を変え、10試行行った。結果、まだ日本語に馴染みの薄い幼児であっても日本語話者の成人と同じように音象徴を感じていることが明らかとなった。


―刺激

それぞれ異なる素材を表面に貼り付けた20個の木片を用意し、それぞれひとつずつを、中が見えない箱の中に入れる。被験者に木片の表面を見せることなく、ひとつずつ刺激を触ってもらい、それぞれの刺激に対しての硬さ・滑らかさ・軽さ・規則性・弾力性・強さ・心地よさの7項目について7段階の評定実験(a)を行った。また、別の被験者にはそれぞれの木片の表面について最も適切であると思う既存の擬態語をひとつ述べてもらった(産出実験)。上記した評定実験(a)と産出実験の結果、被験者間で標準偏差が高かったもの、また、産出された名前に一致がほとんど見られないものを排除し、残った12個の木片を実験刺激として使用することに決定した。また、産出実験から得られた既存擬態語から2モーラ(子音+母音+子音+母音の組み合わせ e.g."くぷ")の新奇名詞をいくつか作成し、どの名前がそれぞれの刺激の手触りと一致しているかを評定実験(b)により選択した。 評定実験(a)、産出実験ともに被験者は20名ずつ、SFC大学生とした。評定実験(b)に関しては大学生15名を被験者とした。


―被験者

日本語話者の2歳前半児・3歳児・5歳児・成人と英語話者の3歳児と成人の6グループを予定している。日本語話者の3歳児・5歳児・成人に関してはデータが採り終えているが、2歳前半児に関してはこれからデータを増やす予定である。英語話者に関しては共同研究者がデータを採取する予定である。被験者の情報は以下の通りである。


―手続き

刺激として決定した12個の木片を、評定実験(a)を基に10試行の強制選択課題を作成した。二つの刺激を様々な素材がついている方を表面として、中が不可視である箱の中にそれぞれ入れる。つまり二つの箱の中にひとつずつ刺激が入っていることになる。被験者がそれぞれの刺激を十分に触ったことを確認してから、実験者がひとつのものの名前(新奇名詞)を呈示し、どちらの刺激が呈示された名前であるかを被験者に選択してもらう。


―仮説

視覚情報(動作)に関する音象徴の場合、25か月児の段階で成人と同様の音象徴を感じることが出来るとされている。音象徴のマルチモーダルな面を考慮すると、触覚情報に関しても2歳の段階で成人と同じように音象徴を感じていると考えることが出来る。また、日本語話者では、2歳、3歳、5歳、と年齢につれて正解率が上がっていくことが考えられる。特に5歳になると語彙も相当多く、かなりの数の既存の擬態語を知っているので、2歳、3歳に比べて正解率が格段に上がることが予想される。


―結果

結果をグラフ化したものが下図である。縦軸は正解数であり、10試行の課題であるため、チャンスレベルは5問となる。2歳前半児においてもチャンスレベル以上の正解数があることがわかる。また、この傾向は先行研究である、動画と新奇擬態語の強制選択課題とも類似している。このことからも、音象徴は視覚情報だけでなく触覚情報においても幼児期からあることが窺える。また、5歳児は2,3歳児よりも平均正解数は多かったが有意差はなかった。


―考察

結果から、音象徴がマルチモーダルであることが窺えた。先行研究と今回の実験を通し、音というソースを用いて幼児が視覚情報と触覚情報を認識することが理解された。これは視覚、触覚などのあらゆる知覚情報において音象徴が働いていることを示唆する。つまり、感覚器を超えて、抽象的なレベルでの音象徴を見つけることが出来得ることを示唆している。たとえば動きの"強さ"と触感の"粗さ"など、刺激としての強さが音象徴として伝わるのかもしれない。こういった、知覚情報を超えて理解される音象徴とは一体何を象徴しているのだろうか。その対象を今後考えていくべきだろう。

また、5歳児の結果は2,3歳児よりも正解率が高かったが、有意差がなかったことから、言語経験(今回の場合は日本語の経験)はある程度助けにはなっているものの、音象徴を持つことばは、もともとある程度のレベルまでは感覚的に理解されていることが考えられる。この結果から、日本語の言語体系を知らない英語話者においても、触覚情報の音象徴を日本語話者成人と同様に感じる傾向があることが推測される。


【実験2】

―実験概要

まず、標準刺激となる物体を被験者の前に提示(視覚・触覚提示)し、物体の名前(新奇語)を聴覚提示する。その後、標準刺激と同じ素材で出来た形状の異なる物体(素材同一刺激)と、同じ形状だが素材が異なる物体(形状同一刺激)を提示し、どちらの物体がさきほど教えられた名前(新奇語)を指すかを被験者に選択させる課題を行った。


―刺激

音象徴群に関して刺激語は実験1で使用した12種の2モーラの新奇語(e.g., ザザ)をそのまま利用した。コントロール群の刺激語は、2モーラの新奇語をランダムに作成し、日本語話者の成人(20名)を対象に評定課題を行い、素材、また形状に対して関連性がないとされたものを使用した(e.g., アコ)。

刺激となる物体は、実験1で使用した素材で物体を覆ったもの、もしくは決まった形状に模ったものとした。実験1で使用した素材を使用していることから、刺激語も実験1と同様のものを使用した。実際に実験2で使用した物体は、形状が機能的で複雑なものと単純な形状のものの二種類が存在する。たとえば実験1で使用した布と綿(素材)をU字型(形状)に模ったものは単純な形状であり、ペットボトルホルダー(形状)にビーズ(素材)などをあしらった物体は複雑で機能的な形状とする。


―被験者

素材に対して音象徴のある名前を物体に付ける群(以下、音象徴群)と、素材、また形状とは関連のない名前を物体に付ける群(以下、コントロール群)を日本語話者の3歳、5歳、そして英語話者の5歳の各グループに設置する。


―手続き

標準刺激となる物体に新奇語を名前として付け、被験者に提示する。その際、音象徴群、コントロール群ともに、視覚だけでなく物体の手触りを確認してもらう。被験者が物体とその名前を覚えたことを確認してから、同じ素材で出来た形状の異なる物体(素材同一刺激)と、同じ形状だが素材が異なる物体(形状同一刺激)を被験者の目の前に提示する。提示された新奇語がどちらの物体を指すのかを選択させた。


―仮説

物体名の般用において、触覚の音象徴を手がかりに解釈し、素材同一刺激を選択する傾向が強い可能性が高い。動作イベントが音象徴によって認知が変容することからも、触覚の音象徴のある新奇語が物体名であるときは、その般用に影響を与えることが考えられる。

その一方で、物体の形状が複雑なほど幼児は、新奇語を形状に充てる傾向(形状バイアス)があることが報告されており、触覚の音象徴と共に、形状バイアスもまた、物の認識に大きな影響を与えるだろうと考えられる。


―日本語話者結果

結果をグラフ化したものが下図である。縦軸は正解数であり、10試行の課題であるため、チャンスレベルは5問となる。日本語話者の幼児(3歳・5歳)は色濃く触覚の音象徴の影響を受け、素材同一刺激を選択する傾向があった。形状バイアスの影響も受け、複雑な形状の物体に対しては比較的形状同一刺激を選択する傾向があるが、音象徴の影響に比べると、その影響力は小さいと考えられる。


―英語話者結果

結果をグラフ化したものが下図である。縦軸は正解数であり、10試行の課題であるため、チャンスレベルは5問となる。英語話者の幼児も音象徴の影響を受けていることがわかる。先行研究では、英語話者の幼児が形状バイアスの影響を受けやすいことが示されていたが、今回の実験では形状バイアスよりも音象徴性の影響が目立った。


―考察

音象徴が幼児の物体名の解釈や般用に大きな影響を与えていることが明らかになった。幼児が触覚の音象徴を手がかりに物体を解釈する傾向が強く、今回の実験では日本語話者において、音象徴の影響が形状バイアスよりも強いことが示唆された。確かに形状の複雑性によって幼児は物体名の般用を変化させる傾向を持ったが、日本語話者も英語話者も音象徴を手がかりに、より解釈を変容させる傾向を見せた。

本研究では触覚情報に対して、ことばの音が持つイメージが、幼児の新奇な名前の推論へ大きな影響を与え、その際に大きな手がかりとなっていること、そして物体を理解する際の大きなヒントとなっていることを明らかにした。


【今年度の学会発表】

―本研究に関する学会発表

Arata,M., Imai,M., Okada,H., Kita,S., Thierry,G. Perception of sound symbolism in 12 month-old infants : An ERP study, the 33th Annual Conference of the Japan Neuroscience Society


―その他の学会発表

Arata,M., Imai,M., Kantartzis,K., Kita,S., Okada,H. Listening to Touch ~sound symbolism of tactile sensation~, the 27st Annual Conference of the Japanese Cognitive Science Society

Arata,M., Imai,M., Okuda,J., Okada,H., Matsuda,T. Gesture in language: How sound symbolic words are processed in the brain, the 31st Annual Conference of the Cognitive Science Society

Arata,M., Imai,M., Kantartzis,K., Kita,S., Okada,H. Universality and language-specificity of sound symbolism: the interplay of multimodality, embodiment, and iconicity (work shop), the 7th International Conference on Cognitive Science