2010年度 森泰吉記念研究振興基金「研究育成費」研究成果報告書

研究課題名「トルコにおけるクルド人問題の民主的解決について」

慶応義塾大学大学院 政策・メディア研究科 修士課程1年 GR
学籍番号:81024855 ログイン名:tany
新谷明日香




<研究の背景>
(1)トルコにおけるクルド人問題
トルコは国内に1000万人を超えるクルド人を抱えている。これは全人口の7分の1にあたる。しかし単一民族主義を標榜する代々のトルコ政府はトルコの国民は全てトルコ民族であるとし、クルド語の使用、教育、民族衣装の着用などクルド人としての民族的なアイデンティティの表明を禁じた。1989年に当時の大統領であったトルグド・オザルが自らの祖母がクルド人であったことを公に語るまで、私的な場面でのクルド語の使用さえ認められなかった。
このような徹底した弾圧の原因は、トルコの建国理念であるケマリズムにある。ケマリズムは共和主義、民族主義、民衆主義、国家経済主義、革新主義、世俗主義からなり、「六本の矢」と言われる。このうち民族主義とは、トルコ共和国憲法第四条に代表される、トルコ国民は全て同一のトルコ人であり、「主権は完全かつ無条件にトルコ国民に属する」とするものである。この民族主義によりトルコにはトルコ人以外の国民が存在しないこととなり、クルド人としてのアイデンティティを表明することは憲法違反となる。また、トルコ共和国憲法第三条には「トルコ国家の国土及び国民は分断されることなく、一体である。公用語はトルコ語である。」とあり、これを根拠としてクルド語の使用とクルド人の分離独立運動は弾劾されることとなった。
クルド側はこのような弾圧に抵抗しており、トルコ建国時から現在に至るまで武装蜂起やテロが絶えない。特に1984年に設立されたクルド人労働党(PKK)はトルコからの分離独立を目指したテロ活動で3万人以上を殺傷しており、トルコだけでなく欧米や日本政府からもテロ組織として認定されている。
トルコ政府によるクルド人政策は、1999年にトルコが正式にEU加盟候補国と認められたことによって転換を迫られる。EUが加盟を認める条件としてトルコに課したコペンハーゲン基準と「加盟のためのパートナーシップ」において、少数派の権利の確立、クルド人の権利向上が条項に含まれていたためである。以後、政府はEUが示した基準をもとに改革を行っていくこととなった。

(2)AKP政権のクルド人政策とそれに対する反発
 2002年に与党となったAKP政権はクルド問題の民主的解決を公約に掲げ、改革をより一層促進する。これまでに、クルド語専門のテレビチャンネルTRT6の放送開始、大学におけるクルド語学科の創設、非トルコ語での行政サービスの解禁などを行ってきた。また、クルド人が多く居住する東部アナトリアの経済開発も計画している。その一方、テロ活動に対しては軍の武力をもって対応しており、2008年にはPKKの軍事拠点を潰すためイラク北部に軍事侵攻をした。
AKP政権のこれらの政策は多くのクルド人、リベラル派から歓迎されたが、トルコとクルド双方の強烈な民族主義者からは批判されている。PKKなどのクルド民族主義者は、AKP政権の政策はクルド人からの視点を欠いた押し付けがましいものだと主張している。かたやトルコ民族主義を強く打ち出す民族主義者行動党(MHP)からは、クルド人の民族アイデンティティを認めることはPKKなどによるクルド民族主義運動の活発化を招き、ひいては国家を分裂させかねないとして厳しく批判されている。
また、クルド民族運動を弾圧する主体であったトルコ軍部などからは、トルコの建国理念である単一民族主義を脅かす存在であるとして警戒されている。AKP政権は、クルド人側の要求を認めると世俗主義者や保守派から国家を分裂させていると非難され、逆に改革反対派の意見を取り入れると人種差別だと批判されるという難しい立場にある。


<研究の目的>
クルド人問題はトルコが抱える最大の問題である。トルコには多数のクルド人が居住しているが、代々のトルコ政権によって民族アイデンティティの表明を禁じられている。クルド人はこれに激しく反発しており、様々な形による 抵抗が絶えない。現在の与党AKP政権はクルド問題の民主的解決を目指し様々な改革を行っているが、現時点でそれらは十分な効力を発揮していない。 本研究はAKP政権の政策と動向、クルド人の民族運動、AKP政権への反対派の動きを分析することで、クルド人問題の民主的解決及びトルコの民主化を阻むものを明らかにすることを目的とする。


<研究の意義>
 トルコの基本理念であるケマリズムは共和主義、民族主義、民衆主義、国家経済主義、革新主義、世俗主義である。六つの指針の中に民主主義はなく、トルコは建国以来、幾度も憲法改正を繰り返して民主主義国家へと漸進してきた。EUへの加盟問題を発端とした現在のクルド人問題解決に向けての様々な試みはその流れの途上にあり、クルド人問題が民主的に解決されれば、トルコは民主主義国家へ大きく近づくだろう。
本研究の意義は、民主主義が発展段階である国家において、マイノリティのマイノリティとしての権利の保障はどのように行われるべきかを模索する点にある。


<活動報告>
2010年
5月26日 GR全体会合において個人研究発表
6月〜8月 文献収集
9月15日〜22日 海外現地調査
10月〜12月 文献収集及び研究テーマの練り直し
2011年
1月〜2月 研究テーマの理論的枠組みの構築


<研究成果>
(1)資料収集
多くの文献を購読できた他、実際にトルコへ赴くことで現地調査を行うことができた。
(2)研究テーマ設定への疑問
実際にトルコで現地の方にお話を伺っていく中で、私が当初設定した研究テーマの歪な点に気がつくことができた。当初の研究テーマは論文やデータのみでトルコ政治について語っているが、実際に現地に行くことで、そのような自分の考えがいかに独りよがりなものかを認識するにいたった。今後も論文を精読していくことに変わりはないが、さらなる現地調査、新聞やNGOの報告書等様々な観点からトルコ政治について研究していき、研究テーマのさらなる発展を目指したい。


2010年度の研究活動は、森泰吉郎記念研究振興基金と基金を運用して頂いた慶應義塾大学湘南キャンパス研究支援センターのおかげです。研究育成費は主に海外調査、文献購読に使用いたしました。ここに深謝の意を捧げます。


2011年2月27日
新谷明日香