2010年度 森泰吉郎記念研究振興基金 研究成果報告書

研究課題名: 新規低分子RNAの網羅的予測及び機能解明

政策・メディア研究科 先端生命科学専攻 修士課程2年 新原 温子

Research Title:Genome-wide identification of small RNAs in Escherichia coli

Systems Biology Program, Graduate School of Media and Governance, Keio University

2nd-year Master's Course, Atsuko Shinhara


研究成果 *国際学術論文誌に投稿予定のため, 詳細については省略させて頂きます.

背景

■ 複雑な生命システムの一端を担う低分子RNA
 ゲノム・トランスクリプトーム解析技術の進展により,近年様々な方法で低分子RNA (small RNA; sRNA) が予測され,細菌からヒトにわたる幅広い生物種において多種多様なsRNAが同定されている.これらのsRNAが,標的遺伝子と塩基対合を形成することによって,転写制御と翻訳制御に関わることが報告されてきており,生物にとって重要な機構の一つである遺伝子発現制御の一端をsRNAが担っていることが明らかとなってきた.従って,sRNA研究は複雑な生命システムを解明することと直結しており,新規sRNAの探索や制御機構の解明は重要な知見になると思われる.

■ 大腸菌における網羅的なsRNA探索の必要性
 モデル生物の代表格である大腸菌では,これまでに約100個のsRNAが実験的に同定され,さらに多数のsRNA候補が予測されている.しかしながら,多くのsRNAについては機能が不明であり,その正確な数や分布も明らかになっていない.細菌で最もsRNA研究が進んでいる大腸菌においても,その知見の蓄積は十分ではないのが現状である.

■ 大腸菌におけるsRNAの全体像に迫る
 ハイスループットシーケンサを用いた200塩基以下の低分子量RNA画分を解析する事によって,従来見逃されていたsRNAを網羅的に探索し,得られた新規sRNAに関して特徴解析や機能解析を行う事によって大腸菌におけるsRNAの全体像に迫った.

結果と議論

1. 低分子量RNA (< 200塩基) の発現解析に基づいた新規sRNAのゲノムワイドな同定
 sRNAを効率よく検出するために200塩基以下の低分子量RNAを濃縮精製し,ハイスループットシーケンサを用いてトランスクリプトーム解析を行った.そして,その結果と実験的又は情報学的手法を用いて得られた転写開始の情報を組み合わせる事によって229個の新規sRNA候補を抽出した.そのうち,7個の遺伝子間領域由来sRNAと4個のcis型アンチセンスsRNAをノザンブロット法によっても同定した.本研究によって,細菌では最もsRNAの研究が進んでいる大腸菌においてもまだ数多くのsRNAが存在する事が明らかとなった.

2. プロファージ領域から発現する新規sRNA
 大腸菌では10箇所のプロファージ領域が知られており,これまでに3個のsRNAがプロファージ領域から発現する事が報告されている.本研究によって予測された229個の新規sRNA候補のうち,ノザンブロット法によっても発現が同定された5個を含む27個がプロファージ領域由来のsRNAであった.以上の結果から,従来考えられていたよりも多くのsRNAがプロファージ領域に存在する可能性が示唆された.また興味深い事に,4個のsRNAについては温度ストレスによって発現量が増加した.

3. 富栄養培地と貧栄養培地におけるsRNA欠失株の増殖の比較
 遺伝子間領域に位置している7個の新規sRNAについて欠失株を作成し,富栄養培地と貧栄養培地における増殖の様子を観察した.その結果,3個のsRNA欠失株では貧栄養下で増殖が顕著に抑制される事が明らかとなった.従来の多くのsRNAは環境ストレスに応じて特異的な条件下で発現する制御因子として知られていたが,これらの新規sRNAは定常的に発現していた.詳細な生物学的機能や制御機構に関しては現在解析を進めており,今後明らかにしていくべき課題であるが,定常的に発現するsRNAが増殖において重要な役割を担っている可能性が示唆された.

4. Escherichia coli small RNA Browser (ECSBrowser) の構築
 本研究で得られた新規sRNAと既知sRNAを統合してEscherichia coli Small RNA Browser (ECSBrowser; http://rna.iab.keio.ac.jp/) を構築した.さらに,複数の先行研究によって情報学的,実験学的手法を用いてゲノムワイドに予測されたsRNAを統合する事によって大腸菌におけるsRNAの最新の全体像を得た. ECSBrowserは大腸菌における転写領域に着目した初のデータベースであり,転写に関する様々な情報学的・実験的に予測,同定された情報を含む事から,大腸菌における新規sRNAの同定を含む今後のトランスクリプトーム解析に大いに貢献することが期待される.

キーワード:低分子RNA; アンチセンスRNA; 大腸菌; ディープシーケンシング; プロファージ


学会発表

国際学会 [ポスター発表]

1. Shinhara et al., Deep sequencing of Low Molecular Weight RNAs Reveales Over One Hundred Novel sRNAs in Escherichia coli. RNA2010

国内学会 [口頭発表]

1. 新原温子ら, 大腸菌プロファージ領域に由来する新規低分子RNA. 第12回日本RNA学会, 2010

2. 新原温子ら, 大腸菌におけるSmall RNomicsから明らかとなったプロファージ領域に由来する新規低分子RNA. 第1回RNA Study Meeting, 2010

国内学会 [ポスター発表]

1. Shinhara et al., Small RNomics revealed over one hundred novel sRNAs in Escherichia coli. 日本分子生物学会第33回大会, 2010


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