研究成果報告書

「百年超えファミリービジネスによる地域貢献」

 

 

所  属:政策・メディア研究科 修士課程1年

氏  名:伊藤妃実子

 

1.研究概要

 本研究は、地域に根差した経営を行うファミリービジネス(以下、FB)へのフィールド調査を行い、@ケース教材を開発すること、Aケース教材の活用モデルを探索を主眼としている。

@では、2010年度に林原グループへの取材を行い、ケース教材開発のためのインタビューを実施した。Aでは、実際にケース教材の活用を行っている福井県の大津屋・オレボビズスクールでの経営者交流会に参加することで、ケース教材の活用モデルについての示唆を得ることができた。

 

 

2.スケジュール

20107月>

大津屋(福井県/創業1573年)が実施する経営者交流会に参加。

 

20108月>

林原グループ(岡山県/創業1883年)を訪問し、林原健社長、林原靖専務、栗本常務(製造担当)へのインタビュー取材を実施。

 

201010月>

林原グループを訪問し、林原健社長、福田常務(研究開発担当)へのインタビュー取材を実施。

 

 

3.今回の調査結果

 

20107

 大津屋(福井県/創業1573年)では、20103月に、FB研究所北陸地域本部の立ち上げを行い、20107月には、県内及び北陸三県を中心とする老舗経営者が集う勉強会を開催した。12日で行われる本勉強会では、ケース教材を用いたディスカッションが行われる。初めて顔を合わせる経営者にとっては、ケースディスカッションや夜の食事の席で交流が生まれ、新たな人的ネットワーク形成に貢献しているものと思われる。また、同勉強会は、2011年度に専門学校化が決定しており、地域におけるビジネススクールのような役割を担うことが期待されている。

 本勉強会では、「地域」をテーマにしたケース教材が用いられた。今後、ファミリービジネスを事例としたケースディスカッションを行うことができれば、「事業承継」など、より身近なテーマを題材とした意見交換が促進するものと考えられる。

 

20108月/10

 林原グループ(岡山県/創業1883年)では、ファミリービジネスでしか成し得ない独自の経営スタイルを貫いていた。特に下記の優れた点が挙げられる。

 

「非上場」

非上場であることから、株主に左右されない長期的な研究が実現できる。また、グループの再建や効率化に際し、コンセンサスが取りやすい。意思決定が素早いため、機を逸することなく、前進することができる。

 

「役割分担」

ファミリーだからこその、「阿吽の呼吸」が存在する。社長の健氏は、研究開発上の方向性を決定し、専務の靖氏が実務面を担当する。互いの得意分野を活かした協業によって、先代の急逝後の幾多の苦難を乗り切ってきた。

 

「地域貢献性」

 林原グループが事業再生ADRを申請したことで、岡山市長をはじめとする地域の方々からの再建を願う声、支援の声が多く挙がっている。この事実は、長い年月の中で蓄積された地域への貢献事業(共済会、奨学金など)への信頼性や感謝の念のあらわれと考えることができる。

 

 

4.ケース教材の進捗状況

 ケース教材は、90%以上が完成しており、残りは林原グループの再建の流れに沿って、書き進める必要があると考えている。付属資料や、グループ概要などにも変更が生じるため、適宜、加筆していく。

 

 

5.理論化

当初は、林原グループを単一事例として、「ファミリービジネスにおける内発型イノベーション」をテーマとした研究及び修士論文に取り組む予定であった。しかし、林原グループのADR申請を受け、本年度は「ファミリービジネスの再建」に着目することにした。再建も、考え方によってはイノベーションの一つともいえる。復興に向けたリアルタイムの動きや情報に注目し、研究を進めるのと同時に、再建に成功した事例・失敗した事例、それぞれとの違いについても言及する。

テーマ変更に伴い、仮説及び理論についても再検討する必要がある。当初は、Granovetterが示した、弱い紐帯の中に存在する「ブリッジ」に着目し、ネットワーク論の視点からファミリービジネスのイノベーションについて分析する予定であった。今後は、ネットワーク論の視点を用いるのか否かを含め、仮説と理論の再検討を行う必要がある。

 

 

6.研究の背景との照合

 ファミリービジネス研究が、日本で注目されるようになったのはここ数年来のことである。2008年には、ファミリービジネス学会が設立された。また、2009年度以降は慶應義塾大学大学院の授業の中に「ファミリービジネス論」という授業が組み込まれ、今後の研究の発展がますます期待されている。

 こうして、ファミリービジネス研究に対して熱い視線が注がれるようになった背景には、下記の2点が含まれるもと考えられる。ここでは、2010年度の調査と、下記の2要因との照合を試みたい。

 

代表的な要因としては、下記が挙げられる。

 

1)株主至上主義への限界

2)日本におけるFB率の高さ

 

第一に、短絡的視点に立った、株主至上主義への限界である。上場企業を中心とする大企業では、専門経営者による経営が行われ、3〜4年という短い期間に、最大限の成果が求められることになる。この現象は、プリンシパルエージェント問題で挙げられているように、「事なかれ主義」を生み、「短絡的視点」を蔓延させる原因となった。

 林原グループでは、長期的視点に立った経営により、一般企業では行いにくい基礎研究にも力を入れ、数々の成果を上げてきた。今回のADR申請は、確かに各界への影響が懸念されたが、取引先は落ち着いた対応を見せているという。これまでの長い歴史の中では、戦争や糖質業界の淘汰など、数々の苦難を乗り越えてきた。また、他社では代替の利かない、優れた製品を生み出してきた。長期的視点に立った経営から生み出された永続性と優れた製品が、林原グループの市場での確固たる地位を築いてきたといえる。今回のADRも、これからの長い歴史を思えば、戦略的な判断であると考えられる。数カ月先の評価ではなく、数十年先を見据えた上での判断と捉えれば、今後の再建の動きに注目することは大きな意義がある。こうした判断は、株主至上主義が進んだ上場会社では成し得ないものである。

 

 第二に、日本におけるFB率の高さがある。日本には、百年、二百年、千年と、長い間地域に根ざして永続してきた老舗FBが約2万社存在する(東京商工リサーチ、2009)といわれ、全企業におけるFBの割合は95%に上る。大津屋が主催した勉強会では、北陸三県を中心としたファミリービジネスの経営者が集っていた。こうした現状からも、日本におけるFB率の高さが垣間見える。

 

 

7.今後の研究方針

同じFBの中にも、幾多の危機を乗り超え現在に至るFBと、事業継続を断念せざるを得なかったFBが存在する。強く生き残るFBでは、企業規模の大小に関わらず、1)人的・金銭的支援を社外から提供されて生き延びる場合と、2)何らかのイノベーションを社内において自力で創出する場合が見られる。当初は、2)に焦点を当てた「内発型イノベーション」に研究テーマを定めていたが、状況を精査した上で、引き続き林原グループにテーマを絞る中で、1)に着目すべきだと考えている。

 1)において、どのような理論の援用が可能かも、同時に検討しなければならない。しかし、2010年度当初に提出した研究計画書とは異なり、単一事例ではなく複数事例の調査を行う点において、一般化の可能性が高まるものと考えている。

 

 

以上。