研究課題名:発達障害者・軽度知的障害者の雇用に関する現状調査
氏名:須賀 智美
所属:政策・メディア研究科・修士課程1年
■研究課題(概要)
日本の現状の障害者雇用は、障害者自立支援法に基づく福祉的就労と障害者雇用促進法に基づく一般就労に大別することができる。しかしその対象は身体障害者、知的障害者、精神障害者に限定されており、発達障害者や療育手帳の取得に至らない軽度知的障害者は法律や制度・施策の隙間となり、対応が遅れている状況にある。本研究では、発達障害者および軽度知的障害者雇用の現状、知的障害者雇用の先行事例を調査することにより、雇用の場の創出の具体的な方法を探る。
■研究方法(当初計画)
□発達障害者および軽度知的障害者の現在の就労状況に関する調査
・先行研究の確認
・最新の統計情報
□発達障害者および軽度知的障害者の職業能力等に関する調査
・先行研究の確認
・発達障害者支援センター等の情報の活用
・高等特別支援学校(職業能力開発に重点をおいた旧養護学校高等部)の取組の調査
□発達障害者および軽度知的障害者の生活状況に関する調査
・就労に対する意識・ニーズに関する調査
・余暇活動、趣味に関する調査
・発達障害児・者への専門療育に関する調査
□知的障害者における先行事例の取組の調査
■研究方法の見直し
□対象の絞り込み
調査の過程で発達障害者には知的遅れを伴わないアスペルガー症候群、高機能自閉症、特定不能の広汎性発達障害といった自閉症スペクトラムの方々がおられ、成人期に自己の障害に気付き、診断を受け(中途診断者)、就労困難性を抱えている人が多いことが明らかとなった。本研究の問題意識である「対応の遅れ」が顕在化しつつある自閉症スペクトラムを本研究の対象として再設定することとした。
□当事者へのヒアリングの重点化
上記の問題を抱える当事者に職業トレーニングを実施し、就職へ導いている株式会社Kaienの存在を知るに至り、約1カ月間のヒアリングを重ねてスタッフとしての参画を決断した。
結果、30名を超える当事者との面談から、職業能力、就労意識、生活状況、医療および社会資源利用状況を詳細に聞き取る事が可能となった。
■調査実施状況
□文献調査
・厚生労働白書、発達障害白書、東京都労働局統計による最新統計の取得
・発達障害関連書籍による障害特性の理解
・学会発表論文集(日本発達障害学会第45回研究大会、第18回職業リハビリテーション研究発表会)による先行研究の確認
□インタビュー調査
当事者へのインタビュー項目は以下のとおりである。
・診断関係(診断内容、診断経緯等)
・自己認識特性
・障害者手帳関係(精神障害者保健福祉手帳取得の有無、予定等)
・就労意識(就労経験の有無と内容、就職希望等)
・生活状況(経済的、生活リズム、余暇等)
・社会資源利用状況(福祉関係、医療関係、必要とする社会的サービス)
・過去の就労時のエピソード
□ヒアリング調査
・障害者雇用先行事例訪問 9件(障害者雇用一般企業2件、特例子会社4件、就労支援組織1件、人材紹介会社2件)
□学会・講習会等
・参加 8件
・DVD視聴、資料閲覧 2件
■今年度調査の成果
□障害種類別就職状況
2004年度以降、精神障害者およびその他障害者については、新規求職申込件数および就職件数において著しい延びを示している。
※自閉症スペクトラムの場合、自治体への申請により精神保健福祉手帳が取得できるケースが増えている。障害者として求職活動をする場合、自閉症スペクトラムのうち手帳保有者は精神障害者に不保有者はその他障害者に集計されている。
□自閉症スペクトラムの就労状況
・障害未受容
・非就労(就労経験のないひきこもり、休職など)
・一般雇用枠での就労(順調な場合、困難を伴う場合に分けられる)
・障害受容あり
・クローズによる一般雇用枠での就労(困難を伴う場合が多い)
・障害者雇用枠での就労(精神保健福祉手帳取得による)
□自閉症スペクトラムが利用する社会資源
・障害未受容期
若者サポートステーション、大学内学生相談センター、発達障害者支援センター、医療機関など
・障害受容期
障害者職業センター、障害者委託訓練機関、障害者就業・生活支援センター、ハローワーク、発達障害者支援センター、医療機関など
□株式会社Kaienへの登録者に見る就労を望む自閉症スペクトラムの特徴把握
・約80%が大卒以上の学歴
・約75%が一般雇用枠で5年以上の就労経験あり
・多くが一般雇用ではなく、一定の理解・配慮のある障害者雇用枠での就職を希望
・職業トレーニングと綿密なアセスメントにより一般企業の職場で就労可能(トレーニング終了10名、就職者8名、トレーニング参加中4名)
・一方、障害受容が十分でない、二次障害が深刻であるなどの理由により就労の準備ができていない方たちもいる。
□一般就労と福祉的就労の中間的位置づけとしてのソーシャル・ファーム
欧州では、労働市場で不利な立場にある人々(障害者、元受刑者、貧困者等)の就労問題をビジネスによって解決するためにソーシャル・ファームが多数設立されている。主に精神障害者や知的障害者を対象に、印刷・デザイン、リサイクル、宿泊施設、造園、清掃事業により就労の場を提供している事例が見られる。日本でも同様の取組が始まっている。
□まとめ
自閉症スペクトラムの方々は適切な@就労準備、A就職活動、B職場定着・就労継続のサポートがあれば十分に就労可能である。各段階において、当事者、家族、医療関係者、福祉関係者、雇用主が有用な情報を共有できる場をつくることが重要である。
■次年度への課題
・今年度調査の成果として結論づけた、自閉症スペクトラムの就労に関する情報共有の場を株式会社Kaienの取組の一部としてオンライン、オフラインで実現する。
・当事者の就労における段階や関係者の立場により有用な情報の種類や有効な情報共有方法がどのように異なるのか、当事者間、当事者と関係者間では有用とされる関わり方がどのように異なるのか等、「場」が有効に機能するための具体的な方法を詳細な観察により明らかにする。