研究成果報告書
「膜状の素材を利用した実体ディスプレイの実装」

政策メディア研究科 修士課程2年
80926055
筧康明研究室 平山 詩芳
hirayama@sfc.keio.ac.jp

研究概要
 今年度、本研究では、シャボン膜の特性に着目し、Shaboned Displayというシャボン膜を使ったシステムを作成してきた。このシステムではアレイ状に並べられた噴出口からシャボン膜を飛ばさないように膨らまし、同じ位置で膨張収縮を繰り返すことによって1ピクセルのON/OFFを表し、波のような動きや具体的なイメージを描画出力することが可能である。
これは、シャボン膜の多くの人が遊んだことがある親しみやすさや、虹色を含んだ透明性など視覚的な美しさだけでなく、平らな膜状から球状に変わる柔軟性や、形を維持できる一方で、簡単に割れて消えてなくなることなど、シャボン膜の特性を利用したものである。
 これによって、リアリティのある描画を追求する光学ディスプレイとは異なり、出力される表現そのものが実体のある素材で構成され、周囲の環境から影響を受けて、刻々と変化していく。このような、ディスプレイの挙動自体が表現となっている様々な実体ディスプレイはメディアアート分野や広告分野を中心に、現在、様々なものが提案されてきている。本研究ではさらに、非常に壊れやすいシャボン玉が偶発的に破裂を起こし、またその壊れやすさによって人に「触れたい」「壊したい」という感覚を呼び起こす点に着目し、これを人や周囲の環境からの入力として利用し、新たな描画力を持った表現の可能性を追求する。
 今年度はこれまでに、通常の「遊び」とは異なりシャボン膜を表現の道具として人が制御できる、という点を実現するために、複数のシャボン膜を同時に膨らますことで具体的な文字や記号の描画と、個々のシャボン玉が膨らんで萎む、1つ1つのピクセルの挙動自体が時間軸を含んでいることからピクセルによって時間差で制御することで、全体として動きのある表現を行った。(下記映像参考)

Shaboned Display
"Shaboned Display"



→ "Shaboned Display 概要及び実際の挙動の様子映像"

"Shaboned Display"のシステム概要
 Shaboned Displayでは、シャボン膜を使い制御された具体的な描画を行うために、シャボン玉遊びのように空中戦に飛ばすことなく、1枚1枚のシャボン膜が膨張、収縮を繰り返すことで1ピクセルを表す。各ピクセルとなるシャボン膜が出る噴出口は、水平にマトリクス状に並べられ、それぞれ、小型のエアポンプに繋がれている。その途中に、小さなアナを開けておくことで、各ポンプのON/OFFを制御するだけで、シャボン膜の伸縮を制御することができる。(図1)
 また、この噴出口はシャボン液の入った皿の中に配置し、それ自体を柔らかいビニールとスポンジで作成する(図2)ことで、常に先端に膨らむために十分な液を蓄えながら、それを囲うようについた弁で開閉することで、シャボン膜を同じ位置で繰り返し再生することができる。(図3)膜の再生が可能になったことで、膜が割れたまま放置される状態を解決しシステムとして長時間利用を可能とするだけでなく「割れる」という偶発的な現象やあえて人が「壊す」という意図的行為が、システムの不安定要素として避けるべきことではなくなり、むしろ意図的に挙動の中に盛り込むことができる.
 そこで、「膜の割れ」を積極的に利用するために、シャボン膜の有無の判断する方法を検討した。シャボン膜を抵抗として電流を流す回路(図4)を作り、それによって変化する電圧入力の変化によって判断している。(図4、図5)また、このような検知システムを使い、1軸上にならべたシャボン膜に、個別の音を割り振り、どのシャボン膜を割ったかによって異なる音がなる、音響装置、"Shaboned Chime"(図6)を作成している。
 今年度はシャボン膜を利用した実体ディスプレイ"Shaboned Display"を作成した。特に重点的にシャボン膜の破裂を検知するシステムとシャボン膜を再生する仕組みを重点的に設計・開発、実装を行った。特にシャボン膜を再生する構造の部分はシステムを安定して運用するにあたって肝心な部分になるため、様々な構造や素材の試作を繰り返し行なった。

図1  シャボン膜を膨らませるシステム 図2  噴出口
図1 シャボン膜を膨らませるシステム 図2 噴出口


図3 実際に膜を貼る様子

膜認知回路 膜認知グラフ
図4 膜を認識するための回路 図5 膜の有無で変化する電圧入力量

Shaboned Chime
図7 "Shaboned Chime"



今年度の成果
1.Shiho Hirayama, Yasuaki Kakehi: “Shaboned Display: An Interactive Substantial Display Using Soap Bubbles”
ACM SIGGRAPH 2010(Los Angels,USA) Emerging Technologies, Posters(査読あり・デモ展示)
“Shaboned Display"及び、“Shaboned Chime”のデモ発表

2.平山 詩芳,木村孝基,筧 康明:“Shaboned Display: シャボン膜の膨張・収縮・破裂を用いたインタラクティブ実体ディスプレイの提案”
エンタテイメントコンピューティング2010,(京都工芸繊維大学 2010 年 10 月)
シャボン膜の破裂検知に関する口頭発表

3.Open research Forum 2010
Shaboned Chime のデモ発表

4.第8回芸術科学会展優秀賞 (2010年) (平山詩芳、筧康明)

まとめと今後の課題
 シャボン膜による情報出力の装置に関しては、「美しい」「見ていて飽きない」などの感想をかなり多くもらうことができた。シャボン玉が遊びとして身近な存在である為老若男女問わず様々な人が興味を持ち、シャボン玉(膜)だと気がつくとシャボン玉(膜)が持つ素材としての魅力があることがわかる。また、シャボン玉を飛ばさずに使っている点に関してはシャボン玉らしく空中に飛ばし、3次元空間中で利用することへの希望も多く聞かれたが、同じように生き物の呼吸のような有機的な挙動に対し、面白さや親しみやすさを感じるという意見をもらった。
 しかし一方で、シャボン玉で情報を表示する意義に関する質問などを受けた。この点に関しては、システム面の改善だけでなく、これまでの展示で行なってきた波のような動きや文字の描画では、シャボン膜という素材と出力する情報の間に充分な関係性が示せていなかったことが原因だと考えられる。
 例えば、シャボン膜は徐々に膨らむ、徐々に萎むため、1つ1つのピクセルがON/OFF の間に長い時間を含んでいること、個々のピクセルの大きさが変化し、隣り合うピクセル同士の密度も時間に応じて変わっていること、また、現在の自然発生による偶発的な破裂や、体験者による意図的な破裂だけでなく、制御された破裂を起こすことで、破裂もまた出力として利用するなどが考えられる。
 シャボン膜の破裂を使ったインタラクションについては、説明をしなくてもシャボン膜を触ろうとする姿は多く見られ、触りたくなる、壊したくなるというシャボン膜のもつ強いアフォーダンスを改めて確認することができた。シャボン玉遊びの中に「壊す」という要素があり、「触れていい物」「壊してしまってもいい物」として直感的に認識できるこのような素材が、インタフェースとして機能することはインタラクションにおいても直感性を伴っている。また、笑いながら繰り返しシャボン膜を割る姿も多く見られ、シャボン膜を割るという行為自体に高いエンタテインメント性を含んでいることが見受けられると同時に、シャボン膜を割らないように触る者、息を使ってシャボン膜を揺らす者など、割る以外の様々な独自のアプローチを取る姿が多く見受けられた。このようなシャボン玉を前にしたときに誘発される行動を積極的に入力として取り込み、それぞれに応じたインタラクションを実現することで、ボタンのような0/1の関係ではなく、様々な表現と経験を実現できると考えられる。