森基金研究成果報告書

――日本対中円借款終了をめぐる中国国内政策決定過程――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

慶応義塾大学

政策メディア研究科

修士課程2年

王海寧

80825552

calmsea@sfc.keio.ac.jp

2011228

 

 

 

 

 

 

はじめに

先学期に提出した森基金申請書に基づき、今夏期休業期間を利用し、中国北京へ行き、インタビューを中心とするフィールドワークを実施した。計画書提出後、また指導教官と詳しく相談した上で、研究の方向性を若干修正した。今回のフィールドワークもその修正後の研究計画に基づき、実施されたものである。

本報告書においては、夏休みに東京と北京で実施してきたインタビュー調査内容について詳しく報告する。

 

研究概要

研究テーマ:

21世紀初頭中国の対日政策の決定過程―円借款終了の受諾を事例としてー

研究内容:

20053月、日本政府は中国政府に提供し続けてきた有償資金協力(以下、対中円借款)を、2008年北京五輪開催までに新規供与を停止する方針を固めた[1]。対中円借款は日本の政府開発援助(Official Development Assistance: ODA)全体の中で最も大きな割合を占め、れまで日中間の良好な関係の発展に寄与してきた。2008 年度までの援助実績は、円借款33,164.86 億円、無償資金協力約1,530.13 億円(以上、原則、交換公文ベース)、技術協力1,671.86 億円(JICA経費実績ベース)である[2]

対中円借款の供与停止、いわゆる中国のODA卒業論20049月以降から急速に話題にされ、同年10月「いずれ中国が日本のODAから卒業する日が来る[3]」と初めて正式に提起されたものだったが、その後2005317日に円借款終了ることが正式に決まった。26年間におよぶ長い歴史と比較したとき、終了を決定する際の時間が極めて短い点が、際立っているといえる。

日本の対中ODA供与停止の歴史を振り返ると、1989年6月天安門事件後、円借款が一時凍結されたこと19958月、中国が43回目の地下核実験を行った際、対中無償資金協力が凍結されたことがある。それぞれに対して、中国は、1989年の際アメリカ大使館に逃れていた反政府指導者の出国を認めるなど西側諸国に譲歩する方法を取って、円借款の再開を促している。また1995年には「歴史認識」問題の「政治カード」を使い、凍結に抗議していた手段を取ったことがある。一方、今回の20053円借款の新規の供与停止という日本側の決断に対して、中国側口頭での抗議[4]に留まり、最終的には「日中両国は(円借款の)〇八年停止に向けて協議を行っている」と述べ、円借款終了について日本側と見解が一致していることを明らかにしている[5]

2005年当時、中国の一人当たり国民総所得(GNI2278ドル[6]であり、円借款供与終了の一般的な目安である国際基準(5000ドル)に達してなかった。これを理由に、中国の円借款継続派が円借款終了に向かう日本を牽制することは可能であり更には1995年の凍結解除の経験を生かし、歴史認識問題を外交カードとして用いることも可能であったと思われる。しかし、小泉首相の靖国神社参拝をめぐり、大規模な反日デモが発生するという、「歴史認識問題」を外交カードとして用いるには、好都合な状況であったにもかかわらず、実際には、中国政府はそうした行動をとらなかった。

ここで、ひとつの疑問が生じる中国政府はなぜ、日本側が突如言い出した円借款終了の要求をすんなりと受け入れたのか、とのことである。これを明らかにするために、本稿は2002年から発足した胡錦涛政権の対日政策の決定過程に着目し、政策決定を担当する「領導小組」を分析の対象に選定する。具体的に各領導小組の管轄元で、どのような行政機関が政策決定に参与し、それぞれどのような主張があり、各行政機関の間で如何なる権力構造であるかを明らかにすることで、2005年円借款終了をめぐり中国の政策決定の状況を再現したい。円借款新規供与停止の受け入れの政策決定が後の中国対日政策に、どのような意味があるのかが、本研究の最もな問題関心である。

 

フィールド調査内容:

1回目:

1、スケジュール:

2010910日中国北京外交部訪問(資料収集)

2010914日 中国中共中央政策研究室 Wさんにインタビュー

2、内容報告:

円借款評価

円借款がこれまで中国経済発展に対する貢献について、高く評価した。

(1)日本対中円借款は中国に巨大な資金を提供し、中国の経済発展を促進した。それに、初期の段階で先進な技術を持つ日系企業にとって大規模な投資のチャンスを提供した。

(2)対中円借款はこれまで日中友好のシンボルとして重要な役割を果たした。とりわけ日本政府が支援してきたプロジェクトがインフラ整備など大きいものが多く、国民の生活上昇に大きく貢献し、民間から大きく評価される。

(3)円借款提供する前にすでに援助プロジェクトを決定し、いわゆる「目的明確な資金」を提供することである。この事前計画という性格を持つ円借款が発展途上国にとって、とても効率の高い資金といえよう。

一方、円借款は中国だけではなく、日本にとっても大きな利益をもたらした。

(1)日本政府の対外資金協力の原則は、開発途上国からの要請があって初めて開始されるという「要請主義」である。外国政府から要請された案件リストの中で、どんな案件を選択し、または排除するかは日本政府の自由選択に委ねられている。対中円借款は同じ原則に適用され、円借款を提供することで日本自らの国益を反映する。例えば、第一次円借款はエネルギー関連を重点分野として設定し、また現在環境問題に特化し、いずれも間接的に日本自身に利益をもたらした。

(2)中国は経済発展のスピードが速く、円借款の返還率もほぼ100%である。中国のこのような高い返還率が日本にとって、円借款を供与するに伴い発生したリスクを軽減し、日本にとって良性な資金循環となった。

勿論、日本側の心配も中国では実際ないわけでもない。

例えば、円借款が地方政府に行くと、なかなかその具体的な使い道を把握しにくい現状である。特に現在汚職の問題が深刻化し、乱用される危険性はやはり存在している。

 円借款終了後の日中関係

W氏の分析によると、今後の日中関係は政治面で著しい成長が見られない一方、経済面での発展が大変期待できるのではなかろうかと言った。

まず政治関係について、以下の分析を行った。2005年円借款終了の時、日中間が東シナ海の油田開発、釣魚島(日本名:尖閣諸島)の帰属などをはじめ、両国の間で多くの問題を掲げている。これらの問題が2005年当時の中日関係に大変大きな悪影響をもたらした。一方、2006年安倍政権期、中日両国は政府レベルで積極的に接近し、とりわけ2006年中国北京で「中日共同声明」を発表されたのは両国がこれまで冷え込んだ政治関係を改善しようとする姿勢を示した典型例として取り上げてもよろしいであろう。このような政府レベルの接近の姿勢にもかかわらず、民間レベルではこれまで積み重ねた不信が存在し、更に拡大化する傾向も見え、政府が期待されるほどの友好の雰囲気が構築できるのはまだまだこの先のことであろう。そのため、民間レベルの関係改善が今後の中日両国政府の長期的な任務として取り組む必要があると指摘した。

一方、経済関係について、これまで円借款は規模が大きいため、輸出入貿易と並び、日中経済関係発展の促進に大きな役割を果たした。2005年円借款が終了すると日本側が決定し、中国側が残念と思いながら受け止めたが、今後の民主党政権期に再開することを期待している。そして、中国側自らの日中関係の分析にも基づき、W氏が「今後とりわけ環境問題に特化した円借款が再開することに決まっている」と強調した。

 

2回目

1、スケジュール

201012月 日本自民党本部 元財務担当関係者

2、内容報告

円借款の終了

中国が大変な経済発展を遂げつつあり、それによって、援助需要も大きく変化している、こうした状況を踏まえ、中国向けの円借款は、従来の沿岸部における経済インフラ中心の支援から、内陸部を中心とした、環境や人財育成等の分野へと絞り込みが図られており、年を追って規模も縮減してきている、とのことである。また、20054月の日中外相会談において、2008年の北京オリンピックまでに円満終了するという方向が共通認識となり、今後日中間の色々な状況等を見ながら、両国間で協議を進めていくべきとの意見である。

日中の財務レベルの交流

中国は日本にとって最大の貿易相手であり、日本の外務省によれば、2万社以上の日本企業が進出し、日系企業による中国国内での直接・間接の雇用創出数は920万人に達しています。また、アジア金融危機を二度と起こさないためにも、日中両国の財務省が手を携えていくことが不可欠とのことである。そうした中に、日本側が、日中両国間で、様々なレベルにおいて、重層的な関係を発展させることが重要であると考え、中国の当時金人慶財政部長と話し合い、日中財務対話を立ち上げることを決意した。財務金融問題に関する日中の協力関係を更に促進するため、日中財務省間の協力を強化する必要がある、と認識した。

日中関係は、日中の二国間だけでなく、地域ひいては世界全体にとっても重要な二国間関係であり、日中両国が対話を通じて相互理解・相互信頼を深化させ、未来志向の日中関係を作っていくということは、極めて重要な課題であるとのことである。

今回のフィールドワークの実施により、自分の研究に大きく示唆をもたらし、修士論文に反映した。ご協力いただいたことに対し、心より感謝の意を申し上げます。

 



[1]「町村外相は17日午前、自民党外交関係合同会議に出席し、中国向け政府開発援助(ODA)の中心を占める円借款について、北京五輪が開かれる2008年度をめどに新規供与を終了する方針を正式に表明した。外相は、15日に李肇星外相と電話で会談した際、日本側の方針を伝え、基本的に合意したことも明らかにした」(「対中円借款 外相、打ち切りを正式表明 3年後めど 中国外相とも合意」『読売新聞』(2005317日付け・夕刊))。  

[2] 外務省ホームページ 引用

[3] 町村外相が日比谷公会堂で開催されたODAをテーマとする内閣府のタウンミーティングに出席した際に提起したこと。

[4] 2005年、外交部発言人劉建超「日本独自に対中円借款を終了する権利がない」20053

[5] 「毎日新聞」2005年3月30日

[6] 「中華人民共和国国家統計局公告 2006年第3号」中華人民共和国統計局 2006327日発表