[研究のあらまし]
本研究は大学生を対象にしたワークショップへの参与観察を通じ、そこで展開される微細な相互行為から、そこに関わる人びとの関係性や意識、ひいては場の構造を解釈することで、ワークショップでのコミュニケーションを考察するものである。
そもそも「ワークショップ」とは中野(2001)の言葉を借りると、「参加体験型のグループ学習」と定義される。ワークショップでは参加者一人ひとりの態度が場を作り、場が参加者の態度の変容を促すという相互関係にある。その中で展開されるコミュニケーションは、主に「ファシリテーション」というスタイルである。ファシリテーションとは、そもそも限られた時間の枠内で全体の目的を達成するように、場の流れや雰囲気を調整しながらワークショップを進行させていく機能であり、それを担う人を「ファシリテーター」と呼ぶ。
ファシリテーターは、完全に場のやりとりをコントロールするのではなく、参加者が精神的に安心し、物理的に安全な状態で関われるように場を保つ。つまり参加者との関係性は、従来のような一方向的な知識伝達の場における教師とも、単なる司会者とも異なり、参加者の興味や意欲を引き出しつつ、主体的なコミュニケーションを支援するというものである。
近年ファシリテーションはビジネスや教育、まちづくりや自己啓発という様々な分野で取り入れられつつあるが、ファシリテーションを用いた場のデザインは汎用的な方法が提示され、個々の状況やどのような属性を持つ人がファシリテーターを務めるかによって左右されるコミュニケーションの実態についての言及は少ない。筆者はファシリテーションが適用される場とそのコミュニケーションの要となるファシリテーターの特徴こそが重要であり、その差異によって生じる個々のコミュニケーションの実践知が、ファシリテーションひいてはワークショップにおける場のデザインに繋がると考える。
例えば学校教育の現場でもワークショップという体験方法を通じて、進路選択をテーマにした授業を行っているが、いまや学校教育におけるワークショップの主催側として関わるのは教員に限らない。双方的な学びの場という観点からすると、教員ではなく普段は学生として分類される者がこの主催者になることがある。
本研究で筆者が参与観察をおこなう高校生のキャリア開発事業を行うNPOのワークショップでは、大学生がファシリテータとして「場作り」「プログラム」「ファシリテーション」に責任をもつ。本研究の主題は、大学生という属性がワークショップでファシリテーションを行う場合、そこでのコミュニケーションは具体的にどのような構造をもって語られるか。そしてその文脈ではファシリテーターとメンバーの相互行為はどのように解釈されるのか。大学生という属性から見るファシリテーションは従来語られてきたものとは異なる特性を持つため、わたしたちはファシリテーションを語る上で別の側面について気づかせられる。
そこで筆者はそれに応える一つのアプローチとして、ファシリテータである大学生自身のコミュニケーション特性を構成する変数を見出し、一連のコミュニケーションの過程で特徴的なシークエンスを抽出し、その意味を解釈することによってコミュニケーションデザインの考察を試みる。
その特性として筆者が事前の調査でとらえたものは、具体的にワークショップの雰囲気作りをはかるための相互的な「提示儀礼」である。「提示儀礼」とはE.Goffmanの提唱する相互的な儀礼行為のうち敬意を示す表現の一つである。これは行為者が相手をどのように見ているのか、それにより相互行為において相手をどのように扱うかを明示的に示す行為である。つまりワークショップに参加する大学生は雰囲気作りをはかるために、相手への同意や了解、一体感を提示的なふるまいを通じて表現し、それがそのワークショップのコミュニケーションを構成する重要な要素となっているという仮説に至る。
一般的にファシリテーションはファシリテータのプロセスへの介入やその役割の側面から語られることが多いが、筆者はそこに加えワークショップでのコミュニケーションを構成する相互行為の要素を同時にみることで、はじめてその場のコミュニケーションの構造を理解するに近づくと考える。
このように本研究では高校生を対象にしたキャリア開発事業を企画運営するNPOに、現場でファシリテーションを行う学生ボランティアという立場で関わり、大学生による事前ミーティングを一つのワークショップととらえ、質的研究の観点から微細な相互行為を構成する変数を見出し、そこから抽出されたシークエンスの意味を解釈する過程で、ワークショップのファシリテーションにおけるコミュニケーションを考察する。