2010年度 森基金研究成果報告書 (アーバンモデリングデザイン)

政策・メディア研究科 修士2年 809248001

新保 有季子

yshimbo@sfc.keio.ac.jp

 

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伝統的木造建築の移築再生デザインにおける価値の共有化に関する研究

—関係者間のコミュニケーションの調査を通して—

 

キーワード : 移築・再生・デザイン・プロセス・ネットワーク

 

研究要旨

 日本の伝統的木造建築は、木材の性能や技術力が高いことなどから、「移築」及び「古材再利用」を日常的に古くから行ってきた。このような伝統的木造建築が保存の対象として注目されるようになってから久しいが、一方で戦後に保存の対象とならなかった数多くの民家が、現在荒廃して放棄や処分の一途を辿っている状況にある。

 また環境問題の深刻化や伝統的木造建築への再評価により、「移築再生」に対する注目が高まっており、その方法も以前に比べて現代のライフスタイルや移築場所の環境などによりデザインに変化が生じてきている。そして新たな住まい方として「移築再生」は今後も普及していくことが予想される。

 だが今ある「移築再生」の仕組みは「移築保存」をベースにしたものであり、需要側の利用目的を考慮したものではないため、関係者間の価値の見出し方の差異によってコミュニケーション不足が発生し、「建築のもつこれまでの価値を見落としてしまう可能性」と「新しい価値に制限を与えてしまう可能性」をもつ。

 そこで本研究は、伝統的木造建築の中でも「古民家」(戦前までに建てられたものと定義)を対象に、古民家の価値の見出し方の差異が、関係者間のコミュニケーションに及ぼす影響を明らかにすることを目的とした。そしてその方法として、移築再生のデザインやプロセスを追うことで分析した。

 まず古民家の移築再生の事例を収集し、評価項目を設定した上で、それらがどこに価値を見出し、デザインが施しているかを分析した。そしてその結果から、建主が「古民家を使いたい」と思う場合と、「自分の古民家を使いたい」と思う場合で、価値の見出し方に違いがあることが分かった。またそのデザインの施され方も「古民家を継承する」意識と「古民家の特性に注目する」意識の違いによって異なってくることが分かった。

 次にその事例の中からデザインの異なる2つの事例を取り上げ、図面情報や、建主・設計者・工務店などへのインタビュー調査から、プロセスを通して古民家の「移築再生」における価値が、関係者の間でどのように共有化されていたのかを調査した。この結果から、「古民家を継承する」デザインにおいては、設計者を中心としたネットワークにより情報を共有することが望ましく、「古民家の特性に注目する」デザインにおいては設計者と古民家の手配者を中心としたネットワークにより情報を共有することが望ましいことが分かった。またこの場合、「古民家を継承する」デザインにおいては、「新しい価値に制限を与えてしまう可能性」があり、「古民家の特性に注目する」デザインにおいては、「古民家のもつこれまでの価値を見落としてしまう可能性」があるため、関係者間ネットワークの強化と、情報の共有化が必要であることが分かった。