2010年度 森泰吉郎記念研究振興基金 研究成果報告書

逆浸透膜による水ビジネスの技術移転戦略について

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科

グローバル環境システム

 修士1年 81024134  石橋 生

 

 地球上の水は海水が97.5%で淡水は2.5%にも満たない。さらにこの淡水のほとんどは永久凍土と土壌中の成分として分類され、利用できるものはわずか0.01%である。そのわずか0.01%の使用可能な水のうち70%は農業用水、20%が工業用水として使われ、生活用水は残りの10%にすぎず、地球上の水の総量のうち0.001%しか生活用水として利用できないのが現状である。世界銀行のセラゲルディン副総裁が「21世紀は水の時代だ」と言っているように人類が生存していくためには水は必要不可欠であり、水需要と比例するように水覇権を巡る争いは加速してきた。近年の人口増加に伴い、水需要も大幅に増加している。IPCCは気候変動と水不足の関連性について報告を行い、国連の統計では2025年までに世界の人口は80億人を越え、水需要は1994年比の1.4倍になると予測され、24億人が水不足で苦しむと言われている。現在でも世界の18%の人が安全な飲み水を飲むことができず、毎日6000人が死亡している。今後、15年間で400兆円以上の水事業の投資が必要だと述べている。現在でもすでに水不足に陥っている地域では水の確保が緊急課題である。日本では水が余っていると言われているが日本の平均降水量は年間1700mmで世界の平均の2倍であるのに対し、利用できる水の量は少なく、一人あたりの水資源量は世界平均の半分以下である。それでも水不足を実感しないのは多くの水を輸入しているからだ。輸入穀物、畜産物を国内で育てたらどれくらいの水が必要か、バーチャル・ウォーターの概念で考えると日本のバーチャル・ウォーターは世界最大である。(沖、2010

 雨水や河川から浄水処理したものを生活用水として利用し、水資源が循環している。限られた水を人類が共有するためにはクリーナー・プロダクションとして節水と造水などが考えられる。節水は各事業者や個人の対策に委ねられるため、本研究では造水事業、特に近年、開発が進んでいる海水淡水化技術にフォーカスをあてた。人口増加と渇水リスクを考え、海水から淡水を作り出す海水淡水化技術の開発が進み、現実的なものとなった。海水淡水化技術は天候に左右されずに造水できるというメリットがあるが、莫大な電力と設備費がかかるというデメリットも兼ね備えている。さらに設備の耐久年数が低いため現代の技術水準においてコスト面でまだまだ課題も挙げられる。日本では渇水リスクを回避するために福岡県と沖縄県で海水淡水化施設が建設された。水処理の工程において末端処理技術であるエンド・オブ・パイプでは膜の果たす役割は非常に大きい。海水は無尽蔵に供給できるが3.5%の塩分が含まれているため飲用水として利用するためには塩分濃度を0.05%以下にまで落とさなくてはならない。海水淡水化技術の膜分離法では逆浸透膜(RO膜)でろ過することで塩分を最大限に濾しとることができる。しかし、エンド・オブ・パイプには限界があり、熱化学の第二法則、エントロピー増大則によれば混合することは簡単だが分離することは難しく、濃度が小さくなるほど分離はさらに困難である。(藤倉、2008)一般的に日本製の膜は高品質であり、日本の膜分離技術は世界でもトップレベルだと言われている。日本製の膜は世界シェアの60%以上を占め、今後も増加が見込まれる。海水淡水化用のRO膜の価格は1980年代の10分の1になり、海水淡水化技術では蒸発法よりも膜分離法が主流となりつつある。要素技術による水ビジネスは2025年までには1兆円産業になると予測され、RO膜関連技術は今後も高度な技術革新が期待されているが、コスト面を考慮するとどの地域でも適応できるとは限らない。

 現在、水ビジネスの世界市場は100兆円だと言われている。日本は水処理の膜分野で競争力を持ちながら、耐震技術、漏水防止技術、省水技術で高度な技術を有しているものの、世界市場では水関連事業のバリューチェーンにおいて運営・管理部分が大きなウェイトを占めている。このように日本は技術力で優れているものの全体の1%である部材供給の要素技術に特化しているにすぎない。世界市場で大きなシェアを占めて高い収益を上げてきたのは水メジャーのヴェオリア、スエズ、テムズである。これら3社はウォーター・バロンと呼ばれ、水道施設の設計・構築から運転維持管理、代金回収、そして下水事業まで一括受注している。今後、日本が世界市場において水ビジネスを拡大し、高い収益を得るためにはプライムコントラクターとして事業権を確保することが重要である。日本が海外で水ビジネスを行う際に技術保護の観点から事業権を獲得することは必要不可欠である。現在は膜とプラントを分けて販売しているが将来的にはセットで売り出すだけでなく、事業権を獲得しながら製品を売り出す、日本主導のビジネスモデルが求められる。

 

 

福岡県:牛頸浄水場、海の中道奈海水淡水化センター、福岡地区水道企業団

 →海水淡水化技術の理解(要素技術)

 

 福岡県は1978年に287日間の断水(福岡大渇水)が行われ、1983年、筑後川からの送水が開始された。しかし、1994年にも295日間の断水(平成大渇水)が行われた。福岡県の人口増加に伴い、筑後川からの送水が限界になった。新規のダム建設地の確保が困難であり、安定した供給源を得るため福岡県は海水淡水化施設を建設した。総事業費は408億円で2005年から稼働しはじめ、生産できる水は一日あたり5万㎥である。福岡市の総水需要の12%に相当し、都市圏に住む25万人に一日あたり200ℓの飲料水を供給できる量である。

 

海の中道奈多海水淡水化センター

 福岡の海水淡水化施設、海の中道奈多海水淡水化センターの造水量は国内最大規模の5万㎥/日であり、回収率は60%と世界最高レベルの施設である。本施設では取水方式には浸透取水方式、前処理方式には限外ろ過膜方式を採用しており、水質調整用の低圧逆浸透膜を部分的に組み合わせた高効率システムにより、生産水質の向上、造水コストの低減を実現している。

 

逆浸透膜(RO膜) 

 逆浸透(RO)とは浸透作用を応用して濃厚溶液に浸透圧より大きな圧力をかけることで溶媒を濃厚溶液側から希薄溶液側に移動させる技術である。逆浸透膜(RO膜)の孔の大きさは2nm以下であり、不純物のほとんどを除去することができ、浄水能力も非常に大きい。細孔径が大きい方から精密ろ過膜(MF膜)、限外ろ過膜(UF膜)、ナノろ過膜(NF膜)、逆浸透膜(RO膜)に分類される。下水処理ではMF膜、UF膜、NF膜を使う場合が多いが、RO膜と組み合わせて使う例も見られる。海水淡水化技術ではRO膜が利用されている。RO膜はダイオキシンや大腸菌O-157も通さず、宇宙での循環飲料水や自衛隊のイラク派遣の際に飲料水生産に利用されている。近年では各家庭の浄水フィルターとしても利用され、今後もさらに拡大するものと期待されている。

 

大山ダムと海水淡水化施設の比較

事業名

規模

主務省

施行主体

工期

福水企開発水量

総事業費

大山ダム

総貯水量:1960万㎥

有効貯水量:1800万㎥

国土交通省

水資源機構

S63H24

52000㎥/日

1400億円

海水淡水化施設

 

厚生労働省

福岡地区水道企画団

H11H16

5 万㎥/日

408億円

 

 海水淡水化技術には多くの電力がかかり、莫大なコストがかかるとされているが、建設の初期コストに関しては一日あたり5万㎥とほぼ同じ水量の大山ダムと比較しても事業費はわずか3分の1程度(大山ダム:1400億円、海水淡水化施設:408億円)である。また、工期に関しても海水淡水化施設の方がダム建設よりも短い期間(大山ダム:24年、海水淡水化施設:5年)で設置できる。

 

 

山口県:中国電力周南電力所(夏期インターンシップ)

 →海水淡水化技術と組み合わせて売るための各発電方法と構造理解

 

発電法の適合性

 火力発電の方が水力発電より発電コストが安い。(水力発電は割高)

→発展途上国で海水淡水化施設を設置するにはメンテナンスを考慮すると水力発電より火力発電と組み合わせる方が効果的である。

 

 海水揚水式は沖縄やんばる海水揚水発電所が世界初の試みである。

→ラバーコーティングが海水による腐食をきちんと防げているか今後も注目すべきである。

 

 

広島県:広島市西部水資源再生センター、広島市水道局

 →水道事業における運営・管理(システム)

 

 2006年、フランスの水メジャー、ヴェオリアが広島市西部水資源再生センターの包括委託業務を293000万円で契約した。本センターの一日の平均処理水量は199055㎥である。これは広島市における下水の半分に相当する。広島市では包括委託導入の結果、職員や委託費など3年間で75000万円の経費が削減された。民間のノウハウを活かされ、包括委託のメリットが効果的に発揮されたと言える。

 広島県の水道事業は@水道施設の老朽化に伴う維持費用の増加A人口減少に伴う水道需要の減少B事業に関わる人員の退職などの問題を抱えており、自治体内の水道事業のビジネス環境は厳しい状態である。水道需要の減少により収益の減少が予測され、水道事業の維持には経営の効率化と収益源の確保が必須である。現在、東京都をはじめ、全国の地方自治体でも水ビジネスの海外参入を目指す動きが活発化している。広島県ではまずは県内の自治体と連携を深めることで水道事業の効率化を行い、水道供給で蓄積したノウハウを活かして水ビジネスによる収益確保を模索する。将来的には民間企業と連携して水道事業のノウハウを共有化することで国内外における水道事業のビジネス展開を目指す。

 

活動成果 

·             要素技術→海水淡水化技術とRO膜の構造が理解できた。

·             発電方法→発展途上国でベストな発電方法が理解できた。

·             運営・管理→国内の地方自治体の水道事業におけるビジネス展開が理解できた。

 

今後の研究方針

 GISを使って沿岸部に住む人口、居住空間と海までの距離を測定し、国連の人口予測データと照らし合わせ、海水淡水化技術により何%の水需要を満たすことができるかを計算する。将来、学習曲線を用いてROの価格がどれくらい下がれば普及が進み、海水淡水化施設を増産して水需要が満せるのかをシミュレートしていく。水ビジネスで成功しているシンガポール政府とHyfluxを調査し、フィールドワークを行う。