2010年度森基金 活動報告書

研究課題
「演劇経験と表情模倣に着目した対人コミュニケーションにおける共感能力の検討」


慶應義塾大学政策・メディア研究科修士2年
楠恵輔

 

1.活動概要
  本研究は,パフォーミングアーツの表現方法を認知科学の視点から検討することを通じて,対人コミュニケーションにおける言語情報と言語ではない情報との関 わり合いの理解を目指したものである.当初は「表情」「模倣」「共感」などについての認知科学による研究について調べ,研究手法の検討から始めた.しかし 途中の段階で,研究手法と研究期間を考慮すると,目的に対して適切な手段を取ることが難しい,と判断した.そのため,具体的な実験としては,歌のフレーズ における歌詞と和音の認知の相互作用を検討することとした.その実験に関して,次項で述べる.

2.歌詞と和音の認知の相互作用を検討する実験
  実験においては,12人の被験者に対して,4パートのヴォーカルからなる歌のフレーズを聴取させ,最後の語が実在する語なのか非語なのかを判断する語彙判 断課題を行った.全体を通じて,音楽的に自然な終了であるトニック条件において有意に短い反応時間が見られた.文の組み合わせから典型性が高くなる条件, または中程度の典型性となる条件では,和音のトニック条件とサブドミナント条件において反応時間の違いが見られた.しかし,典型性が低い条件では和音条件 による違いが見られなかった.これにより,語の判断に時間を要する際は,和音の違いが反応時間に与える作用がわずかなものになることが示唆された.
 以上の実験の結果について,2011年3月に開かれる音楽音響研究会にて発表する予定である.

3.まとめ
  今回の研究課題においては,当初に予定していた対象とは違うものを検討することになった.だが,実験の対象となるものが変わっても,研究したい根本的な テーマにできる限り近付けるように努力をしたつもりである.「対人コミュニケーションにおける言語情報と言語ではない情報との関わり合いの理解」を「パ フォーミングアーツの表現方法を認知科学の視点から検討する」という点では,ある程度は当初の予定を達成できたと言える.しかし,そもそも対人コミュニ ケーションとは認知のレベルの様々な階層において,様々な手法によって検討がなされるものである.そのため,それぞれのアプローチ方法の間の関係を見極 め,どのような方法で調査をするべきかを明確にすると良いだろう.

 今回,森基金の研究助成に採択をしていただき,わずかではありますが人の認知プロセスの理解について貢献ができたと思っています.関係の方々に深く御礼を申し上げます.