ソーシャル・キャピタルに着目した、

保健・福祉分野における地域住民組織の評価

 

政策・メディア研究科 博士課程3年

今村 晴彦

 

研究計画

本研究における大きな目的は、町内会や保健補導員、民生・児童委員、消防団といった、地域コミュニティにおける住民組織およびその活動を対象とし、地域の保健・福祉を事例として、@その全国的な実態およびその活動が地域コミュニティに及ぼした影響(医療費や健康状態等)を、ソーシャル・キャピタルの概念に着目して分析・評価した上で(目的@)、A行政(市町村)および、各住民組織の関係者が、地域の状況に応じて、住民組織をどのように運営していくべきかの方法論を構築すること(目的A)を目的とする。

本年の研究として実施したのは、このうち、目的@の部分である。具体的には、市町村別の住民組織のうち、地域の保健・福祉推進を代表するものとして、「保健補導員」「保健推進員」等の「健康づくりに関する推進員組織(以後、健康づくり推進員組織)」に着目し、それが地域全体の健康観連指標にどの程度の影響を与えたかについて、市町村単位の分析を実施した。

実施した分析は主に2点ある。1つは、2009年に実施した推進員組織の全国アンケート調査において、「健康づくり推進員組織」が「あり」と回答した544自治体と、「なし」と回答した356自治体について、地域の健康度と関連があると考えられる各種保健事業の実施率に差があるかを分析したものである。もう1つは、「健康づくり推進員」の活発な活動によって、1人当り老人医療費が横ばい傾向になったといわれる東京都H町に着目し、時系列の医療費関連データを用いて、推進員活動を評価したものである。

以下では、それぞれの分析について、分析の結果を述べる。

 

実施結果

【結果1】

著者は2009年に、「健康づくり推進員組織」についての全国調査を実施した(この調査は、著者が研究協力者として参加した厚生労働科学研究費補助金(政策科学推進研究事業)『国、都道府県の医療費適正化計画の重点対象の発見に関する研究』において実施したものである)。アンケートは、20091218日付で全国の全1,795市区町村に郵送した。アンケートの送付先は、市区町村における地域保健や健康増進を担う部署とした。アンケートの回答は、2010430日時点で912自治体からあった(回収率50.8%)。保健・福祉に関する住民組織として、@「保健補導員」「保健推進員」等の「健康づくりに関する推進員組織」、A母子保健推進員組織、B食生活改善推進員組織の3つの組織があることを想定し、さらにそれ以外の組織がある場合はCその他健康づくりに関わる特徴的な組織として、各組織の有無および、設置年、予算、活動内容、さらに推進員の人数や任期などの実態を聞く方法とした(以下では、こうした住民活動を担う住民について、“推進員”と表記する。また、人口規模は、2009101日時点の推計人口を用いた)。

このうち、「健康づくり推進員組織」が「あり」と回答したのは544自治体(39.0%)であり「なし(過去に解散したものも含む)」と回答したのは356自治体(59.6%)であった。「ある」と回答した自治体の推進員数の合計は118,873人であった。この結果は、全国のうち、“少なくとも”これだけの自治体および推進員が、地区に根ざした活動をしているということを示しており、また、これらの推進員は任期制が大半を占めることから、相当数の住民や行政関係者が活動に関わっていると考えられる。

そして、調査した4つの組織の推進員数を都道府県別に合計して人口当りの推進員数を算出し、内閣府が2002年度に実施した調査をもとにした都道府県別ソーシャル・キャピタル指数との関連をみた結果、相関係数は0.45p<0.01)と一定程度の相関が認められた(図1参照)。これは、「ソーシャル・キャピタルが高い都道府県では推進員の合計人数が多い」と考えることができるかもしれないが、「推進員の合計人数が多い地域はソーシャル・キャピタルが高い」とも考えられる。いずれにせよ、こうした住民組織の活動が、地域のソーシャル・キャピタルと密接に関連し、直接的にも、間接的にも、地域全体の健康度に影響を与える可能性がある。

 

図1 ソーシャル・キャピタルと健康づくりに関連した住民組織の推進員数

 

こうした前提にたって、「健康づくり推進員組織」が地域の健康度にどの程度の影響を与えているかをみるため、調査で「健康づくり推進員組織」が「あり」と回答した544自治体と「なし」と回答した356自治体を対象に、それぞれの自治体の健康度関連指標の平均値の差をみた。

健康度の評価には、厚生労働省の『平成21年度地域保健・健康増進事業報告』に収録されている、地域保健、および健康増進事業などの各種保健事業についての実施率を用いた。これらの指標は、地域の健康度を直接表したものではないが、保健事業が活発な地域ほど地域の健康度は改善されると考えられること、および、健康教室の参加人数等、推進員活動の成果が最も直接的に反映される指標であると考えられることから選択した。具体的に用いた指標は、特に推進員活動と関連があると考えられる「集団健康教育開催回数」「集団健康教育参加延人員」「健康相談開催回数総数」「健康相談被指導延人員総数」「胃がん検診受診者数」「肺がん検診受診者数」「大腸がん検診受診者数」「衛生教育参加延人員総数」「衛生教育(母子)参加延人数」「衛生教育(成人・老人)参加延人数」「衛生教育(栄養・健康増進)参加延人数」「衛生教育(歯科)参加延人数」「衛生教育 (再掲:地区組織活動)参加延人数)」の13指標である(上記の理由により、個別訪問指導等は指標から除外した)。これらの指標それぞれについて、2009101日時点の市区町村別推計人口10万人当りに換算したうえで、平均値を算出し、「あり」群と「なし」群の差をt検定により検定した。なお、自治体の人口規模によって、これらの保健活動の実施率に差があることが考えられるため、自治体の人口規模を「1万人未満」「1万〜3万人未満」「3万〜10万人未満」「10万人以上」の4区分に分け、それぞれの人口区分において分析した。

分析の結果をまとめたものが、下記の表1である(表では、各指標について、人口規模区分ごとに、平均値の高い方をオレンジ色に塗ってある)。

 

表1 「健康づくり推進員組織」有無別の保健事業実施率の平均(2009年)

 

結果をまとめると、下記のようになる。まず、どの人口区分においても、ほとんどの項目において、「なし」群に比べ「あり」群の実施率が高い。特に、人口区分「1万〜3万人未満」「10万人以上」においては、「衛生教育(母子)参加延人数」を除いたすべての項目において、「あり」群が高い。次に、平均値の検定結果をみてみると、人口規模が「1万人未満」では、有意な差のある指標が1つもない一方で、それ以外の区分では、4〜5指標において、「あり」群が有意に高い結果となっている。特に、「10万人以上」においては、「集団健康教育参加延人員」「衛生教育(成人・老人)参加延人数」「衛生教育 (再掲:地区組織活動)参加延人数)」の3項目が有意水準1%以下である。すべての指標において有意差は出ていないものの、これらの結果から、推進員がいる市町村ほど各種保健事業の実施率が高い傾向にあり、地域の健康度にも良い影響を与えている可能性があると考えられる。

 

【結果2】

上記の結果によって、推進員活動が、地域の健康度に何らかの影響を与えていることが示唆されたといえよう。では、時系列的にみた場合、推進員活動の影響は本当にあるのだろうか。

このことを確かめるために、第二段階の分析として、東京都H町の推進員活動と国保老人医療費との関係をみた。H町は、東京都の西端に位置する西多摩郡のうちの1町で、人口は16,368人(2009101日時点)である。この町では1992年に「健康づくり推進員」組織が設置され、町内27の自治会からそれぞれ2〜3名、合計約55名の推進員が任期2年で選出されている。活動で特徴的なのは、推進員自身の健康学習に力を入れているということである。例えば2000年においては、「初期学習会」として、任期最初の年の4月から6月までに計14回の学習プログラムが組まれており、その後は月1回の「定例学習会」が用意されている。推進員は、これらの学習会で学んだことをもとに、各自治会において、健康教室の企画等の活動を実践するという役割を担う。2002年に西多摩郡で実施された「西多摩健康フォーラム2002」における発表資料によれば、「健康づくり推進員」活動が開始されて以来、国保の1人当り医療費が横ばいになる傾向がみられたとのことである。

そこで、こうした傾向をより長期に確かめるための分析を実施した。まず、医療費の指標として、国民健康保険中央会が発行する『国民健康保険の実態』より、老人保健法が施行された後の1983年から2006年までの医療費関連指標(一般・退職・老人の区分における入院・入院外・歯科の各種指標)を収集した。収集したのは、H町を含め、東京都西多摩郡を構成する8市町村(1994年以前は9市町村)、および、東京都と全国の数値とした。そのうえで、それぞれの市町村における各指標の推移を確認した。

以下の図2は、このうち、1人当り老人医療費に着目して、H町と東京都、全国の数値の推移を比較したものである。その結果は一目瞭然であり、H町は1988年に大幅な減少があった以降、1人当り老人医療費が東京都、全国と比較してかなり低い水準で推移していることがわかる(1998年時点の減少傾向の原因については、今後精査したい)。ここで注目したいのは、H町で健康づくり推進員の活動が開始されてから3年経った1995年頃から、1人当り老人医療費が横ばいになっていることである。2000年の介護保険制度施行に伴う一時減少の傾向はあるものの、老人医療費は全国的に、増加の一途をたどっているのが近年の傾向である。そしてそれは、東京都においても例外ではない。それにも関わらず、H町の1人当り老人医療費には、そうした傾向はみられない。これは、西多摩郡の他の市町村と比較した場合もいえることである。詳細は精査が必要であるが、病院数や医師数等、医療費に関連する諸条件を考慮したとしても、健康づくり推進員の活動が、老人医療費増加の抑制に少なからず関連しているといえるのではないか。

 

図2 国保1人当り老人医療費の推(1983年〜2006年)

 

考察と今後の展望

以上、本研究で実施した2つの分析の結果を述べた。第一の分析においては、「健康づくり推進員組織」がある市町村は、ない市町村に比べ、保健活動の実施率が高くなるという結果が示された。また、東京都H町に着目した時系列推移の分析では、健康づくり推進員の活動が開始された3年後より、町の1人当り老人医療費が横ばい傾向となっていることが明らかとなった。これらの結果をみる限りでは、住民組織が、地域の健康度に少なからず影響を与えていると考えられた。

もっとも、このことをより明確に示すためには、より詳細な分析が求められるだろう。例えば、分析1では、医療費や健診結果等、地域の健康度を直接示す指標との関連が必要である。また、分析2では、他の要因も考慮しながら、健康づくり推進員活動のどのような要素が、どのような経路で老人医療費の抑制に結び付いたのかを精査しなければならないだろう。これらについては、今後の課題としたい。