2011年度 森泰吉郎記念研究振興基金

研究者育成費(博士) 活動報告書 

慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 博士課程3年 辰巳 奈央 (石崎研究室所属)

研究題目

連想概念辞書を用いた言語実験の脳計測と実験結果の応用

本研究では光脳機能計測(NIRS; Near Infra-Red Spectroscopy)を用いて自然言語の認知・処理過程における脳内活動を評価し,そこで得られたデータを分析することで,人間の脳内での言語理解のプロセスモデルを構築することを目標としている.

NIRS装置では,近赤外線を頭皮から照射し脳皮質の毛細血管内の血液が光に散乱反射する現象を検出する.酸化型・脱酸化型ヘモグロビンの光吸収係数の違いより酸素交換の現場をほぼリアルタイムで計測でき,神経活動が生じた(思考や発話で酸素が消費された)部位とその時系列変化の検出が可能とされている.本研究では脳内で語が処理される時系列変化の検出を大きな目標としており,空間分解能とリアルタイム性が重要であるため NIRS はこの研究に適した計測方法だと言える.

従来から行われている人間の脳内での言語処理の研究では,単語の属性や単語間の概念関係に注目した脳科学的研究が少なかった.しかしながら私達が日常使っている単語には上位や下位,属性や場所といった概念関係が存在しており,言語認知に重要な役割を果たしている. 本研究では昨年度までも研究を続けている「語と語の概念関係に注目した単語・文理解の脳内処理」について,光脳機能計測装置(NIRS-Imaging)を用いた更なる計測実験・解析等を行いながら研究を進めた.また計測データの表現方法としてニューラルネットワークモデルの構築と,調査・テストデータへの応用を試みた.

研究活動

春学期はサーベイと計測装置を用いた予備実験,秋学期は本実験とデータ解析・応用を行うというスケジュールで研究を進めた.計測実験は三田GCOE実験室と計測装置会社の協力を得て行った.また解析方法のディスカッションを定期的に共同研究先に出向いて行った. なお三田GCOEでの実験は三田キャンパスの実験倫理委員会の承認,計測装置会社内での実験はSFC実験倫理委員会の承認を受けて行っている.

計測実験

昨年度に行った関連実験による結果から実験計画を検証し,予備実験を行った.その後問題点の検討を行い,本実験を実施した.

データ計測

データ解析

計測で得たデータの解析を随時行った.解析のステップは以下の通りである.

学会活動

学会・研究会への参加

国内学会や研究会へ参加し,最新研究動向調査並びに発表者や参加者とのディスカッションを行った.
以下は抜粋である.

NIRSシンポジウムへの参加

研究に使用しているNIRS装置製造元主催のセミナー/シンポジウムに参加した.

研究進捗

実験内容

本研究では健常成人を対象に,被験者に対し刺激語として単語・単語ペアおよび単文を提示し,判断課題や連想課題中の脳内での酸素交換機能の活動を計測する実験を行った.概念連想関係に注目した刺激単語・文の提示を実現するために,実験刺激として連想概念辞書を用いた実験をデザインした.
連想概念辞書とは連想実験で大量に収集した連想語を構造化した辞書で,刺激語と連想語との距離を定量化したものである.連想概念辞書は他の辞書と比べて語と語の関係に注目している点で本研究に適していると言える.

実験

NIRSを用いた計測実験・解析により,人間が言語を認知する際に重要と考えられる 「語と語の概念連想関係」 と脳反応の関係を検討するために,単文および単語ペアの視覚提示実験を行った.

データの計測

実験被験者はSFC 所属の学生とし,測定と発表等に関しては慶應義塾大学SFC 実験・調査倫理委員会および三田キャンパスの倫理委員会によって承認された手続きに基づき,文書で了承を得た後に行った.計測装置は原則として島津製作所のFOIRE(NIRStation)を使用した.予備実験の一部は日立メディコETG-7000も用いている.計測範囲は,三角法をもとに両側の前頭葉後部から側頭葉(BA44 からBA22 後部)を広くカバーする範囲を計測した.

実験結果

連想距離別の解析では,特に左側後半のBA22(ウェルニッケ野)周辺deoxy-Hbデータおいて統計的に有意な差が多く見られた.特に動詞のタスクにおいては,連想距離が短い群と最長群のデータ間で有意差があることが示唆された. また名詞のカテゴリ別での解析で優位差が見られたため,その単語をキーとした単文を製作し,認知判断実験および自由連想課題の実験を行った.本実験のデータに関しては現在解析中である.

本年度の結果について春期休業中・来年度に掛けてより詳細な解析を続ける.また単純な認知課題で有用性が認められるモデルを作成の後,本データへの適用を進めるつもりである.

実験データの脳表抽出データへの適用

本研究では,MRIデータから構築した3D脳モデルに対し,デジタイザにて取得したNIRS計測地点をプロットすることで,空間的に不明瞭というNIRSの弱点をカバーしている.今後統計処理を行ったデータを,3D脳表にマッピングする作業をする予定である.

計測データの応用研究

連想概念辞書とNIRSデータの関係性 -Computational Neurolinguistic-

石崎研究室では心理学・計算機科学的手法を用いた連想概念辞書研究が行われているが,それに対する脳科学的な検討は行われてきておらず,脳科学的アプローチや本研究分野の更なる発展が期待されてきた. これまでComputational Neurolinguisticsの分野で用いられるデータはfMRIやEEG/ERPが殆どであるが,時間解像度と空間解像度をともに一定確保できるNIRSを用いた検証のためのデータ取得を行った.

NIRSデータのネットワーク的解析手法の検討

時系列データの解析結果を解析,視覚的に表現する方法としてニューラルネットワークへの応用を試みた.先行研究では変分ベイズ法を用いた解析が研究されているが,近年他のモダリティで用いられることが増えてきた手法を試した. 複雑な認知課題のデータではプログラムの有効性が判断しづらかったため,認知負荷が高く課題によってヘモグロビン動態が異なることが確認されているデータへの適用を行った.

今後の研究予定

他刺激への応用

本研究では単語と単語の関係を重視する立場から連想概念辞書を使ったが,連想概念辞書の有用性の検討という意味で,親密度データなどの他の辞書との比較も面白いと考えている.
また今回の実験では日本語のみを刺激語としたが,同デザインで外国語の実験も考えられる.例えば,日本語・英語刺激文に関して実験することで,これらの文を処理している時の脳内活動,また英語習熟度による違いを検出出来る.概念関係に注目して単語の繋がりを捉えることで効果的な文・単語の提示法を考え,教育への応用が期待出来る.