2011年度森泰吉郎記念研究振興基金 研究成果報告書

「台湾の社会的企業の現状と課題 −障がい者雇用分野を中心に−」

 

政策・メディア研究科 後期博士課程1年 伊藤健(81049335

itok@sfc.keio.ac.jp

1.              テーマ

 

「台湾の社会的企業の現状と課題 −障がい者雇用分野を中心に−」

 

2.              調査概要

 

調査期間              201197 2011910

活動場所              台湾台北市

 

3.              調査の目的

 

本研究では、台湾の社会的企業について、特に障がい者雇用分野を中心にその現状と課題について分析を考察を行い、日本の社会的企業による障がい者の雇用課題解決に資する示唆を得ることをその目的し、現地でのヒアリングとインタビューを行った。

 

4.              台湾における障害者雇用の社会的背景

 

台湾における障がい者雇用促進政策は、1980年に制定された「残障者福利法」およびその1990年に行われた改正による、罰則規定を伴う事業主への障害者雇用の割当制度がその根拠となっている。制度では、50名以上の従業員を持つ公的機関は2%100名以上の民間企業は1%の障害者雇用率を達成しなければならず、それに未達の場合には、代償納付金を支払うことが義務付けられている。しかしながら、これらの政策は地方自治体の社会局が企業の労働実態を把握できないところが多く、実施に困難があったため、1997年に「身心障碍者保護法」が制定され、責任当局の明確化、就業政策の労働局への移管等の措置により、障害者の社会参加と自立のために、特に就業によるその課題解決がクローズアップされた。雇用率は現在では公的機関が67名につき2名、民間企業は1名という比率が義務付けられている。

 

これらの法的根拠に基づいた施策により、台湾の障害者雇用率は90年代後半から上記の目標を上回る実績(2010年統計では目標に対して130.51 %)を挙げており、特に首都である台北市においては社会的企業が障害者の雇用創出と社会参加を目的に事業を展開し、積極的に障害者を雇用している。今回の調査では、それら社会的企業の事例として、勝利グループの異なる事業部を中心とした社会的企業に対するヒアリングとインタビューを行った。

 

5.              訪問団体とヒアリングのサマリー

 

今回の調査では、(1)若水社会企業開発有限公司、(2)勝利身心障害潜在能力発展中心、(3)勝利加油站、(4)V視覺設計中心、(5)台北餐廳ENJOY Café(6)勝利資料鍵中心、(7)勝利手工琉璃、(8)桃園脊椎損傷中心、(9)愛盲基金會、(10)酷V使社會企業公司の10箇所を訪問、関係者へのヒアリングとインタビューを行った。このうち2-76箇所が「勝利身心障害潜在能力発展中心」の関連企業である。

 

勝利身心障害潜在能力発展中心は、1963年に小児麻痺の子供たちのケアを目的とし設立された「勝利之家」を母体にし、2000年に障害者雇用に特化した非営利組織として設立された。現在、飲食業、ガソリンスタンド、データ入力、ホームページ設計等多様な領域で心身障がい者が活躍できる職場を提供している。事業は多様化し、グループ全体で100名以上の障害者を雇用しているが、本部スタッフは6名のみで、各事業部の経営権限の譲渡が進んでいる。

 

事業部の最大の雇用は、ガソリンスタンド事業である勝利加油站(3店舗で47名を雇用、うち75%が障害者)であるが、台北市から3年契約で借り受けた事業用地を活用、障害者の就労に合わせて設備の改修等を行ったうえで営業している。うち一店舗は中国石油との協力により、福祉的就労を経て一般就労を行う場として位置づけられている。

 

ガソリンスタンド事業に次ぐ規模となるのが87年に設立されたデータ入力事業であり、台湾のクレジットカード最大手の中国信託銀行のカード顧客情報の入力業務の8割を請け負い、15名の障害者を雇用、99.9997%の精度を維持している。また、Vデザインでは、グラフィック・デザインの職業訓練と、外部の顧客に対するデザインのサービス提供という2つの事業で18名を雇用している。Vデザインにおいて特筆すべき点は、身体障害者へのオンライン・トレーニングコースを自ら開発し、1年間で1500時間のトレーニング、18ヶ月のOJTを経て、30名の参加者のうち10名前後が就業するという実績を残していることである。

 

この他にも、勝利グループの飲食部門であるEnjoy Café、社会的企業に対する社会的投資会社である若水国際、台湾でダイアローグ・イン・ザ・ダークを運営する愛盲基金会、障害者を雇用した古着の販売店を経営する緑天使社會企業等を訪問、ヒアリングを行った。

 

6.              調査によって得られた知見

 

勝利を中心とする台湾の社会的企業では、政府の助成金等を活用しながらも、事業として一定の採算が見込め、持続可能な運営ができる領域に積極的に進出、その領域のビジネスのエキスパートと、障害者雇用の独自ノウハウを組み合わせることによって、自立収益型のモデルを複数ポートフォリオとして構築し、バランスの取れた事業経営を行っている。

 

また、特にガソリンスタンドや飲食部門ではサービスのフロント業務にも積極的に障害者を配置し、社会的な認知を求めると共に、障害者と健常者が共存する社会の実現というメッセージの発信にも力を入れる姿勢は、日本で障害者雇用に取り組む社会的企業にも参考になるのではないか。