2011 年度 森泰吉郎記念研究振興基金(研究者育成費)成果報告書

大洋州島嶼国における紛争要因に関する予備的調査

政策・メディア研究科 後期博士課程2年 

本多 倫彬

 

はじめに 

南太平洋に位置するソロモン諸島(首都:ガダルカナル)は、1990年代から武力衝突が起こり、現在でもオーストラリア軍が治安維持に展開する紛争(後)国である。この紛争の要因として、従来から同国を構成する複数の島の住民間対立が指摘されてきた[i]。しかしながら、居住地域に基づく住民間の対立は、それが暴力的紛争に至るか至らないかは別にして一般的に観察されるものである。とりわけ、ソロモンと同様の地理的特徴[ii]を持つ南大洋州の国家では、必ずしも武力紛争が発生しているものでもない。それではソロモンにおいて対立が武力衝突に至った理由は何であろうか。本研究の課題はこの問いを明らかにすることを目的とした。またこの課題は長期的フィールドワークが不可欠となるため、本研究は予備的調査と位置付け、今後の長期的調査研究の入り口になるものと考えている。

 

研究の枠組み・着眼点

ソロモンにおいて住民間対立を激化させ、武力紛争へと至らせたより構造的な要因を把握するには、そうした紛争が発生しておらず、@地理的に似ており、A社会構造も似ている、近隣地域との比較研究が有効であろうと考えられる。そこで本研究では、比較対象としてバヌアツ共和国を選択した。バヌアツは、観光業と農業を主要産業とするソロモンの南方に位置し、近年、豪州圏からの観光客により経済発展の目覚ましい国家である。またバヌアツおよびソロモンは、社会構造の基盤に地域ごとに存在する伝統的部族(ワントクWantok, One Talk、その名の通り同じ言葉を話す人々の集まり)を基盤とし、一種の自治を行っているという意味で、社会構造も似た構造にある。したがって、両国は比較に適していると考えられる。

 

調査の概要

2011828-29日 バヌアツ現地調査

2011830-93日 ソロモン現地調査

 

調査の結果

(1)バヌアツ共和国

バヌアツは、世界幸福度ランキングでNo.1になったこともある安定した国である。こうした状況を支える要因の1つには、近隣の豪州圏からの観光客を中心とした観光産業によって順調な経済状況である[iii]。具体的な調査においては、首都ポートビラおよび周辺の村落を訪問し、住民等へのヒアリングを行った。調査の中で、ワントク内では基本的な衣食住が保障されている状況や、また成功した人間がワントクに貢献することが自然になされていることを確認することができた。すなわち、ワントクというローカル・コミュニティの存在が、住民の意識レベルにおいても、また実際の状況においても、バヌアツの人々に広く共有されている状況を確認することができた。こうした状況の当然の帰結でもあるが、バヌアツの就業率は10%以下とのことであり、ワントクにフリーライドをする者も存在していると考えられる[iv]。なお、中央政府の権威は各ワントクが認めてはいるものの、基本的には各ワントクが自身の支配地域においては最高の権力であり、裁判等も長老が行い、またワントク区域内への立ち入りさえも許可が必要となるなど、ワントクにより分割されていることも確認できた。援助関係者によれば、事業を行う際もワントクの了承と協力のもと、運営がなされていたりするとのことであった。実際に主とポートビラの排出する廃棄物の処理場の視察を行ったが、当該施設の敷地もワントクの好意により設置・運営ができているとのことであった。こうしたことから、犯罪者が逃げ込む特定のワントクも既に存在しており、また一端ワントク内に逃げ込まれた犯罪者の取り締まりは中央政府では困難ということも聞き取りの中で明らかとなり、バヌアツの社会構造は実態としてはワントクにより分断されていることを認識できた[v]

 

(2)ソロモン諸島

ソロモンでは、一般に首都のあるガダルカナル島と、その対面に位置するマライタ島の住民対立が要因となって衝突に至ったと言われている[vi]。ガダルカナル島のワントクについての援助関係者への聞き取りでは、権力者による縁故主義の横行や自身のワントクへの露骨な利益誘導などが指摘された。また、何か事業を行おうとした場合、関連して自身の利益を主張する人間が次々現れ、結果、事業がうまくいかないといった話も聞くことができた[vii]。また、複数の村落において聞き取りを行い、ワントクに対する住民の帰属意識の強さ等がバヌアツと類似のものであることを確認した。実際に、ある村の村長に聞き取りを行った際には、彼が選挙で応援していなかった候補が当選した結果、何も事業が進まないといった諦観[viii]に近い感覚を持っていることも確認できた。

また、滞在中に話を聞いた援助機関に雇用されている現地の方は、子供が30人近くいるとのことだったが、よく聞けば(良い職を得ている彼が)面倒を見ている子供たちの数とのことであった。正直大変だとは言いつつ、面倒をみることは当然だとも話すなど、ワントクによる共助システムを成功者も受け入れている様子が窺えた。

 

まとめと今後の方向性

紛争アセスメントを行う際、一般に「引き金要因」と「構造的要因」に区分する。先行研究において明らかとなっているようにソロモンでは、同国を構成する島同士の対立があり、そしてこの対立が武力衝突に繋がったことが紛争の直接の引き金であったとされる。このことは、そもそもワントクに基づく社会構造と、ワントク間の対立という構造的要因が存在すると考えられる。一方のバヌアツには武力紛争は存在していないが、ソロモンと同じワントクを基盤とした社会構造にある。バヌアツのワントク間での対立の有無やその要因等については本調査からは明らかとしていないため、今後さらに調査を行いたい。

本調査にあたり、ソロモンの武力衝突の要因を武力衝突のない地域との対比から検討することを設定したが、バヌアツにおいて武力衝突が存在しない理由の1つとして、経済が好調であるがゆえに熾烈な利権獲得や縁故主義に走らなくとも、皆がそれなりに生活をしていけることに依拠しているのではないかと考えている。つまり、経済が好調であり続けることがバヌアツの安定の条件となっており、ソロモンにおいても経済復興が進むことで紛争の構造的要因は変化せずとも紛争そのものを抑止することができるのではないかということである。今後、より構造的要因そのものに焦点をあてた調査を継続していきたい。

 

おわりに

本調査は、経済発展を通じた問題解決を志向する日本の経済協力が、その方向性そのものが紛争(後)国において説得性を有するのかという、より大きな問題関心に基づいて実施したものである。調査により、暫定的ではあるが一定のポジティブな結論を得ることができ、博士課程における研究そのものを進めることが可能となりました。本調査を支援して頂いた森泰吉郎記念研究振興基金の関係者の方々に、記して感謝を申し上げます。

 



[i] 小柏葉子「ソロモン諸島における民族紛争解決過程 : 調停活動とその意味」『広島平和科学』第24号、2002年。

[ii] ここでは、多数の島嶼によって構成される南大洋州の国家と規定

[iii] 幸福さを表す象徴的な言葉として「売春婦と物乞いがいない世界唯一の国」という言葉も耳にした。また実際に首都ポートビラの港内には多くのクルーザーが停泊しており、また町中にも一見してバカンスと思われる多数の豪州人がみられ、観光地として賑わっている状況を確認できた。

[iv] 実際に、同国の至る所に昼間から何もせずたむろしている就業年齢の者を目にする機会は多い。

[v] ここでいう犯罪者とは、基本的に観光客(外国人)を対象に窃盗等を行った者が中心とされる。

[vi] 注@参照

[vii] 事業計画地の地権者(厳密になっていないため、権利を主張する者も複数存在する)はもとより、地域の有力者や住民等が当該事業による利益を得ようとし、うまくいかない場合は妨害に至ることも頻発するという。

[viii] 彼の言を借りれば”It’s Solomon”ということであった。