学習者の状況・嗜好に応じた教材配信機能を有する体験連動型マルチリンガル外国語e-Learningシステムの実現

2012年2月27日
加嵜 長門
慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 修士課程

1. 研究概要

近年,無線通信インフラの整備やスマートフォンの普及に伴い,学習者の状況・嗜好などの動的なコンテクストに応じた教材獲得による新たな学習スタイル(“体験連動型”学習)を実現するためのモバイル環境が整っている.体験連動型学習に関連する既存研究のシステムでは,学習者のコンテクストに応じた教材を獲得するために,あらかじめコンテクストと教材との関連を記述したり,学習者が能動的に教材を選択する必要がある.しかし,コンテクストと教材との組み合わせは膨大であり,個人の興味関心まで考慮した場合には,予めコンテクストと教材の関連度を定義しておくことは難しい.そこで本研究では,学習者の体験と学習教材との相関量を動的に計算することにより,学習者の実学的知識獲得を実現する,体験連動型e-Learningシステムを提案する.


図1.様々な学習教材を日常生活の体験に応じて配信する e-Learing システム

本年度の研究では,実際の学習者を対象とした実働システムを実装し,システムの評価実験を行った.評価実験では,複数人の協力者の評価を用いて,実生活と教材との主観的な相関量を定義し,システムにより計算された相関量と比較することによる定量的評価を行った.また,評価結果の地図上への可視化,および,適合率の改善関数の有効性検証実験を行った.本年度の研究成果として,1件の国内学会と1件の国際学会発表を行い,国際学会(IES 2011)ではBest Student Paper Award を受賞した.

2. システム概要

本システムは,学習者の体験を表現するメタデータ,および,教材を表現するメタデータを,それぞれの特徴語を次元とするベクトル空間上に定義し,それらの相関量計算を行うことにより,体験と教材との動的な関連付けを実現する.本システムの特徴は,実空間の状況認識技術の革新や新たな教材の提供に対して,柔軟な拡張性を持つ点である.図2に示したように,本システムは,利用者の体験を表現するためのベクトルメタデータ空間を定義しており,その空間上の体験メタデータを生成するモジュールを切り替えることにより,新たな状況認識技術(位置情報分析,生活音分析など)を組み込むことが可能である.また,体験メタデータを各教材メタデータの次元に変換する機能を有するため,多様な教材の追加にも柔軟に対応することが可能である.


図2.新しい技術や教材に対して柔軟な拡張性を有する教材配信システム

本研究では,提案方式の具体的なプロトタイプシステムとして,学習者の時間的空間的情報に応じて外国語教材を自動的に配信するスマートフォン向けWebアプリケーションを実装した.


図3.スマートフォン上のブラウザでのシステム動作例

3. 評価実験

本研究では,日常生活の体験における学習者の要求に対する,システムが配信した教材ランキングの適合度を定量的に評価することにより,動的なコンテクストに応じた教材配信の実現可能性を示す評価実験を行った.さらに,システムの出力に対する適合度を向上させるための改善関数を設計し,関数適用前後における適合率を比較し,本改善関数の有効性を示した.

実験評価の際には,相関量計算により作成されたランキングの順位を考慮するために,ランキングの順位を定量的に評価できる指標であるNDCGを用いた.このNDCGを計算するために,あらかじめ実験区間に対する教材の関連性を複数段階の数値で定義した正解セットを作成した.


図4.ある地域を一定の距離・時間帯で区切ったメッシュ状の区間を設定し,実験地域全体に網羅的に正解セットを定義

ひとつの区間に対して,複数人の協力者を割り当て,一人一点の投票形式で正解セットを定義した.これは,個人の特徴に依存しない汎用的な教材配信を評価するために,複数人の評価を集約するためである.


図5.投票形式による汎用的な正解セットの定義

本研究では,正解セット作成のためのユーザインターフェイスを実装し,複数の協力者を募り,実験データの収集を行った.


図6.正解セット投票のためのWebユーザインターフェイス

3.1. 実験結果

実地域を対象とした実験を行うことにより,教材配信精度を可視化する地図を作成した.この可視化により,教材配信における地理的特性を分析することが可能となる.


図7.実験地域に対する教材配信結果精度の可視化

次に,配信精度の悪い地域に対して,改善関数を適用することにより,配信精度の改善を行う実験を行った.以下の実験結果から,改善関数の適用により,平均的な配信精度の向上が実現可能であることが示された.


図8.改善関数の適用による適合率の向上結果

4. 本年度の研究成果

本年度の研究成果として,1件の国内学会と1件の国際学会発表を行い,国際学会(IES 2011)ではBest Student Paper Award を受賞した.