<bjリーグのチーム経営における地域資源の活用手法>
研究報告書

                         慶應大学大学院 政策・メディア研究所
                                      竹正 恵祐


1.概要
  日本においてもホームタウン制(*1)スポーツチームの活動が活発化する中、2005年、
 日本初のプロバスケットボールリーグであるbjリーグが誕生した。リーグは参入チームが
 増加する一方で、厳しい経営状況にあるチームは多い。
  本研究では、bjリーグを研究対象として、低予算運営などbjリーグ特有の事情を背景に
 したチーム活動を検証することで、低予算運営の中で地域資源を活用した持続可能性のある
 様々な取り組みが施されていることを検証した。

2.背景
 ●日本のスポーツ界の構造変化
   1936年の日本職業野球連盟の創設以来、長く日本のトップスポーツを牽引してきたのは
  プロ野球であった。またその他競技種目においても、多くの企業が福利厚生、広告宣伝を
  目的としてスポーツチームを抱えるようになり、 1960年代には次々とトップスポーツ
  リーグが誕生した。
   しかし、1993年の「地域密着」を掲げたJリーグの開幕以降、バブル経済崩壊など
  複合的要因も絡み、多くのトップスポーツチームが特定企業のスポーツチームという
  組織から、特定の地域をホームタウンと定め活動するプロスポーツチームへと組織の
  在り方を変化させている。

3.bjリーグ・プロフィール
 ●2005年 企業チームを主体とした既存のトップバスケットボールリーグであるJBLから分離
  独立するかたちで誕生
 ●ホームタウン制、地元密着型チーム経営を方針に運営するプロリーグ
 ●6チームで開幕し、現在は19チームまで拡大。今シーズンからの4チーム、来シーズン
  2チームの新規参入も決定し、その後も参入申請が続いている。
 ●低予算で運営されている:年間運営予算: 1〜3億円
  【参考】プロ野球:100〜200億円
      Jリーグ:15〜70億円(J1)
           3〜20億円(J2)
 ●黒字化を果たしているのは数チーム
  (高松、大分、東京など加盟チームの経営問題が報道されている。)

4.リサーチクェスチョン@ と 手法@
 ●リサーチクェスチョン@
  ・低予算運営せざるを得なかった制約要因は何か?
  ・低予算運営を実現させるためにとられたリーグのデザインはどのようなものか?
 ●手法@
  @インタビュー
   期日:平成23年6月17日、 6月29日、 9月8日、 9月9日、 9月16日、10月7日、10月31日、
      12月2日
   対象:(株)日本プロバスケットボール ディレクター 東英樹氏
      (株)ASPE 代表取締役 梶原健氏
      秋田プロバスケットボール(株) 代表取締役社長 水野勇気氏
      秋田SV-ハピネッツ リーダー 阿部幸之氏
      (株)ファイブアローズ 代表取締役社長 星島郁洋氏
  A現地調査
   期日:平成23年9月3日、9月11日
   対象:千葉ジェッツ vs 秋田ノーザンハピネッツ@船橋アリーナ(千葉県船橋市)
      秋田SV-ハピネッツ定例会@秋田県秋田市
  Bアンケート調査
   期日:平成23年12月7日〜12月16日
   対象:bjリーグ2010-11シーズン参加チーム 15チーム(東京アパッチ除く)

5.bjリーグを取り巻く制約要因 と リーグのデザイン
 ●親会社からの支援が見込めない。
 ●放映権、グッズ・商標権収入が見込めない。
   ↓
 ●予算に占める人件費の高騰を抑える必要がある。
   ↓
 リーグデザイン@
 ●サラリーキャップ制度の導入
  ・1チームに所属する選手のサラリー総額に上限を設けるもの
  ・2009-10シーズンのサラリーキャップは7,300万円
  ・資金力のあるチームとないチームでの選手獲得競争に公平性を与え、リーグ全体の
   戦力を均衡化し、最後まで勝敗がわかりにくい魅力的な試合を実現させるという
   効果もある

 ●公式戦開催会場の整備費用を抑える。
   ↓
 リーグデザインA
 ●公共施設の利用
  ・公式戦会場を特定の会場に固定しない市町村を巡業するスタイル
  ・市民団体との使用優先の問題解決、営業効果の創出の効果

6.アンケート調査
  2010-11シーズンに参戦した全チームに対し営業収入の概要を調査するための
  アンケート調査を実施した。アンケート対象は15チームであり 、11チームから
  回答を得た。

  【bjリーグ平均】
   科目       2010-11  2011-12   将来
   チケット収入    28.28%   31.93%  41.53%
   スポンサー収入   50.70%   48.75%  33.49%
   スクール収入    3.23%   3.98%   9.18%
   リーグ分配金    1.69%   1.41%   2.45%
   その他       16.10%   13.94%  13.53%
   計         100%    100%   100%

  【2010-11シーズン】
   1.スポンサー収入(50.70%)
   2.チケット収入(28.28%)
     島根以外の全チームの第1位科目がスポンサー収入であったことから
     このような結果となった。第2位となったチケット収入については、
     島根のみが第1位科目となっていた。
     その他第3位で10%超となるものは、富山や宮崎の助成金、大阪の
     スクール収入、島根のブースター、福岡のイベント・ロイヤリティ、
     宮崎の直営カフェ。

  【2011-12シーズン】
   1.スポンサー収入( 48.75 %)
   2.チケット収入( 31.93 %)
     昨シーズンに引き続き、スポンサー収入が第1位科目となった。
     島根と宮崎を除く全チームにおいて第1位科目である。第2位となった
     のは同じくチケット収入であり、島根に加えて宮崎も第1位科目と
     している。
     第3位で10%超となるものは、富山の県助成金・イベント、島根の
     ブースター、宮崎の直営カフェ。

  【将来】
   1.チケット収入( 41.35% )
   2.スポンサー収入( 33.49% )
     大阪と沖縄を除く全チームにおいてチケット収入が第1科目である。
     第2位はスポンサー収入で、大阪と沖縄で第1科目、その他のチームに
     おいては第2位科目となった。
     第3位で10%超となるものは、新潟、富山、浜松、大阪におけるスクール
     収入、新潟の後援会財政支援、島根のブースター、福岡のイベント・
     ロイヤリティ、宮崎の直営カフェなどがあげられる。

  【考察】
   現状はスポンサー収入が最たる収入源であり、それに続くのがチケット収入である。
   将来的には、両科目のバランスをとりながらチケット収入を最たるものとしつつ、
   第3の収入源を確立することが検討されている。
     ↓
   低予算運営は制約要因の中で持続可能性を追求するために何とか作り上げたモデル
     ↓
   放映権、商法権などが収入源として期待できないマイナースポーツにおいても、
   地域資源を活用することで新たな収入源を確立しつつ、持続可能性のある新しい
   ビジネスモデルが構築されているのではないか?

7.リサーチクェスチョンA
 ●リサーチクェスチョンA
  ・新しい収入源が確立されているのではないか?
  ・低予算運営をせざるを得ない中でも、bjリーグ特有の取り組みが成果に
   つながっている例があるのではないか?

8.対象選定
 ●滋賀レイクスターズ
  ・bjリーグで最もスポンサー数が多い(地元中小企業を中心にしている)
  ・黒字化を達成しているチームの一つ

   科目       2010-11  2011-12   将来
   チケット収入    33.0%   36.0%   30.0%
   スポンサー収入   48.0%   45.0%   40.0%
   スクール収入    5.0%   8.0%   20.0%
   リーグ分配金    1.5%   1.0%   5.0%
   その他       12.5%   10.0%   5.0%
   計         100%    100%    100%

 ●島根スサノオマジック
  ・bjリーグにおいて、チケット収入の占める割合が最も高い
  ・チケット収入と密接に関連するとされるブースター数が最も多い
  ・黒字化を達成しているチームの一つ

   科目       2010-11  2011-12   将来
   チケット収入    42.0%   38.0%   40.0%
   スポンサー収入   30.0%   35.0%   30.0%
   スクール収入    0.0%   0.0%   5.0%
   リーグ分配金    0.0%   0.0%   0.0%
   ブースター     15.0%   17.0%   20.0%
   その他       13.0%   10.0%   5.0%
   計         100%    100%    100%

8.手法A
 @インタビュー
  期日:平成23年11月9日、11月27日、12月13日
  対象: (株)滋賀レイクスターズ 代表取締役 坂井信介氏
     大原薬品工業(株) 代表取締役社長 大原誠司氏
     (株)ビイサイドプランニング 代表取締役 永田咲雄氏
     (株)山陰スポーツネットワーク 代表取締役 赤池大介氏

 A現地調査
  期日:平成23年11月6日、11月27日
  対象:滋賀レイクスターズ vs 島根スサノオマジック@滋賀県立体育館(滋賀県大津市)
     滋賀レイクスターズ vs 高松ファイブアローズ@野洲市総合体育館(滋賀県野洲市)

9.滋賀レイクスターズ
 ホームタウン :滋賀県
 代表者 :(株)滋賀レイクスターズ 代表取締役 坂井信介氏

 【戦績・観客動員数・収支・スポンサー数の推移】
       戦績               観客動員数   収支   スポンサー数
  2008-09 19勝33敗 西5/6位          1,503人  -6,500万円   101社
  2009-10 29勝23敗 西4/7位(プレーオフ進出) 1,626人  -2,500万円   216社
  2010-11 30勝20敗 西4/9位(プレーオフ進出) 1,844人   黒字     285社
  2011-12  ―                 ―     ―      306社
  ※スポンサー数のリーグ平均:96社
  ※2011-12シーズンのスポンサー内訳
   大口・・・31社
   中口・・・54社
   小口・・・221社

 ●成約要因
  ・大口スポンサーの獲得難航
   現在では大口スポンサーとなっている企業も当初は、bjリーグやチームの理念には賛成
   ではあるものの、事業計画や地域に与える経済効果など費用対効果の面などからも支援に
   懐疑的であった。
    ↓
  ・小口スポンサーの獲得
   一方で小口スポンサーを広く集めることが、中口スポンサー、そして大口スポンサーの
   獲得につながり始める。
    ↓
  ・スポンサーの意識
   小口スポンサーがチームに期待するものは、経済的リターンよりも社会的リターン。
   また、出資額が大きい場合には情報公開を求める。

 ●スポンサーの声
  ・(株)ビイサイドプランニング 代表取締役 永田氏
   「自分は元リクルート勤務であり、スポンサーシップによる広告宣伝効果とはどのような
    ものか知っているが、広告宣伝効果というものは期待していない。地域の公共財である
    チームの経営が安定することに貢献できればとの思いから出資している。同じように
    まわりの小口スポンサーもチームの社会貢献活動に期待している。」
  ・大原薬品工業(株) 代表取締役社長 大原氏
   「経済的リターンは全く求めていない。子供たちへの投資という視点でスポンサーに
    なっている。また、年間運営予算が3億におさまることに魅力を感じ、その1%まで支援
    する理念でやっている。」

 ●レイクスターズの地域戦略
  ・小口スポンサーを集めるためのメニューを整備
   最低金額の引き下げ:5万円 → 3万円
  ・ホームタウン内の巡業にあわせて、小口スポンサーを獲得するために特別協賛を開始
   ※現在では、特別協賛社がスポンサー収入の1/3を占める。
  ・地域貢献活動の拡大と継続
   学校訪問やクリニックとあわせて、「レイクス・スポーツファンド」を創設。
   チーム収入から年間300万円を積み立て、ホームタウン内のあらゆるスポーツ団体、
   個人に助成。
  ・情報公開の徹底
   過去3シーズンにわたるシーズン報告書の作成、公開。
   ※bjリーグの他チームではない取り組み。

 ●地域貢献活動の実績
  ・エキシビジョンマッチ
   08-09 34試合 68チーム、09-10 52試合 104チーム、10-11 60試合 98チーム
  ・エスコートキッズ
   08-09 小学生32チーム 約480人、09-10 小学生37チーム 約600人、
   10-11 小学生21チーム 約220人
  ・レイクスキャラバン
   08-09 19校 約1,800人、09-10 26校 約2,000人、10-11 24校 約2,400人
  ・マグニー保育園・幼稚園訪問
   09-10 16園 1,300人、10-11 6園 702人
  ・イベント出演
   08-09 5市 21イベント、09-10 6市 20イベント、10-11 8市 30イベント
  ・ホームゲーム共済・後援 10団体
  ・ふるさと雇用再生特別事業など
  ・バス貸出 15団体

 ●展望
  ・専用スタジアム「レイクスアリーナ」構想
   公共体育施設の老朽化もあるため、10年以内の建て替えの際に指定管理者となる方針
  ・ソシオ会員構想
   ヨーロッパサッカーの強豪バルセロナなどを参考に、1万円会員をソシオに移行

 ●課題
  ・専用スタジアム「レイクスアリーナ」建築
   現在の集客力では 2〜3,000人規模が限界であり、会場演出なども2〜3,000人収容の
   会場をどう盛り上げるかを考えてつくられている。大規模集客に対応できるノウハウの
   蓄積が必要。
  ・ソシオ会員構想
   1万円以下の年会費のブースター獲得でもまだ成果が出ていないため、ブースター獲得
   戦略の構築が必要。

10.島根スサノオマジック
 ホームタウン :島根県
 代表者 :(株)山陰スポーツネットワーク 代表取締役 赤池大介氏

 【戦績・観客動員数の推移】
       戦績               観客動員数
  2010-11 24勝26敗 西6/9位(プレーオフ進出) 1,752人 
  2011-12  ―                 ―   
 【ブースター数】
  6,228人
  ※bjリーグ他チームのスポンサー数はほとんど公開されていないが、公開されている
   ものは以下のとおり
   秋田ノーザンハピネッツ:4,099人    滋賀レイクスターズ:2,247人

 ●成約要因
  ・スポンサー候補が少ない
   ※島根県の経済基本データ
    人口  :716,354人(全国46位)
    県内総生産  :2,487,486百万円(全国45位)
    一人当たり県民所得:2,437千円(全国38位)
    企業数  :26,281社(全国46位)
    企業数(大企業) :29社(全国45位)
    企業数(中小企業):26,252社(全国46位)
    ↓
   2007年 加盟申請の落選
    ↓
   2009年加盟決定
   運営会社が(株)山陰スポーツネットワークに変更され、赤池氏が代表となる。
   赤池氏がbjリーグのブースターの呼称の発案者。
   ブースター獲得をチームの地域戦略の中心にすえる。

 ●スサノオマジックの地域戦略
  ・メディアミックス
   ネームバリューのあるコーチ、選手を獲得し、島根に縁のある著名人を次々と
   名誉ブースター として紹介
   「ブースター3万人プロジェクト」を立ち上げ 、地元メディアを一堂に集めた
   ところで県知事、松江市長らもブースターに登録するというイベント実施
  ・社会的リターンの継続提供
   1万人フリースロー大会
   夏祭り、商店街、トークショーなどイベント参加
   クリニック開催
   食育、テーピング教室開催
   ダンスチームによるワークショップ開催
   人権大使 など
  ・行政との協働
   市役所、自治会によるブースター会費の回収
   県庁、市役所内のブースタークラブ設置
   知事、市長をブースタークラブ会員に入会させ、同時に県庁、市役所内に
   ブースタークラブを設置することで、行政と一体となった活動を展開している。
   同時に、自治会や地元有力者による地縁を活かしたブースタークラブの勧誘と
   会費回収を行っている。
   次年度以降は、一度入会した場合の永年会員構想もある。
   公式戦開催自治体による観客動員要請
   スサノオマジックを地元自治体で開催する場合、公式戦会場の収容人数の収容
   人数の10%動員を要請している。

 ●展望
  ・専用スタジアム構想
   4年後に新アリーナを建築予定。コンサート、文化活動にも利用予定。
  ・スサノオマジックコミュニティの構築
   スサノオブースター3万人からなるコミュニティ構築を目標。

 ●課題
  ・専用スタジアム構想
   現在の集客力では 2〜3,000人規模が限界である。
  ・スサノオマジックコミュニティの構築
   3年間を事業計画の単位にすえているため、来年がその3年目にあたり、
   ブースター獲得の増加率をさらに向上させないといけない。

11.結論
 ●明らかになったこと
  ・現在のbjリーグに見られる低予算運営は、様々な制約要因の中で誕生したものである。
  ・低予算運営はリーグを持続させるための苦肉の策ではあったものの、一方で低予算運営の
   中で地域資源を活用した積極的な取り組みから成果を出しているチームも存在する。
  ・積極的な取り組みが成果につながる例があることから、今後のbjリーグのスケール
   アップの可能性を示唆した。ただし、取り組みが成果につながったのは低予算の範囲
   だからであり、スケールアップのための取り組みを中長期の視点で開始しなければ
   ならない。

 ●限界
  ・対象が2チームに限定されている。積極的な取り組みが行われていても、成果が
   出ていないが同じことをやっているチームがあるかもしれない。
  ・インタビューアにスポンサー、ブースター、地域住民、行政が含まれていない。