2011年度 森泰吉郎記念研究振興基金 研究成果報告書

珪藻の被殻形態パターンを再現する自己組織化モデル


氏名:石田 花菜

所属:慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 修士課程2年


【要旨】

 生物の殻・爪・歯・骨などの硬組織形成(バイオミネラリゼーション)は,無機物と生体高分子との相互作用による自己組織化現象のひとつである.形成された硬組織は,マイクロ〜ナノメートルレベルで制御された緻密な階層構造を持つ.単細胞の微細藻類である珪藻はバイオミネラリゼーションのはたらきにより,美しく幾何学的な構造をした珪酸質の細胞壁(被殻)を生成する.珪藻の被殻に見られる形態パターンは実に数十万種以上にも及ぶとされ,多様性の存在が明らかになっている.一方,パターン形成の分子機構に関する知見は極めて少ない.
 本研究では,放射相称のようなパターンを特徴とする中心珪藻に焦点を当て,被殻形成過程を再現する数理モデルを提案し,その振る舞いを検証する.被殻の形態パターンが局所の分子間相互作用の総和として現れる自己組織化現象であるとの仮定に基づき,相互作用によって移動する要素が被殻領域内において各々の位置を変化させていく動的モデルを作成し,時間経過とともに現れる形態パターンを観察した.その結果,数値シミュレーションで得られた要素配置パターンの中に,現実に存在する珪藻の被殻の形態をよく模倣したものを複数見出すことができた.これらの結果は,単純な支配方程式のセットによってパターンの再現を試みた先行研究では再現できない,実際の珪藻に見られる局所的なパターンのゆらぎをよく再現していた.また本モデルでは,要素は中央付近に初期配置され,要素間相互作用によって移動可能な領域が予め確定していることが,限られた時間内でより自己組織化の進んだ精密なパターンを形成するために有利な条件であることが示された.これを現実の珪藻に適用すると,モデル内の要素は被殻の珪酸沈着に先立って相互作用して位置関係を調整し,その後に新生されて確定する被殻パターンの鋳型として機能することが考えられる.つまり珪藻の被殻パターンは,バイオミネラリゼーションによって硬組織が形成されはじめる前に,予め決定されている可能性を示唆している.
 本モデルは,単細胞生物の生体システムが備え得る単純な分子間相互作用に基づいて,珪藻の被殻に類似する自己組織化パターンを形成できることを示した最初のモデルであり,今後のバイオミネラリゼーションおよび珪藻の被殻形成メカニズムの解明に寄与することが期待される.


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