2011年度　森泰吉郎記念研究振興基金研究助成金　研究成果報告書

研究課題名

ベトナム戦後復興史：

地方史アプローチから見るベトナムの現在

慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程2年

芹澤 学

81025900

1．研究の概要

　本研究はベトナム戦争以降、ベトナムがいかに復興していったのかを地方史のアプローチを通して明らかにすることにある。ベトナムの経済発展は東南アジア諸国の中でも著しく、同地域内で「優等生」として捉えられている。この中で多くの先行研究は86年に施行されたドイモイ政策の波及効果によっていかに経済発展がすすみ、その中でどのようなひずみが出て来たかを明らかにしてきたが、戦後復興としての経済発展という着目は今までおこなわれてこなかった。またベトナム、ダクラク省バンメトート市は少数民族が多く居住する地域であり、少数民族のみに焦点をあわされて研究されることが多い地域である。以上をふまえ本研究では地域史として、ベトナムの戦後を描くことにある。

２．研究の背景

　1976年、ベトナム戦争を経て南北に分裂していたベトナムは、社会主義国家として統一を果たした。統一を果たしたベトナム政府は、南部の急速な社会主義化、重工業化政策を行った。一方で対外的には、カンボジア侵攻、中越戦争を行った。度重なる戦争によって国民は疲弊し、軍事支出によって国民生活が圧迫された。南部における社会主義化政策は遅遅として進まず、とりわけ農業の集団化は農民の労働意欲を減退させ、サボタージュなどの抵抗運動が発生した。一連の政策の結果、農業生産性は著しく低下し中部を中心に飢饉が発生した。以上のような状況で、1986年ドイモイ（刷新）政策への転換が行われた。それまでの社会主義路線を修正し、政治面での共産党一党支配・社会主義体制を維持しつつ、経済面で市場原理の導入が行われた。市場の自己調整機能による経済の合理化を目的とし、私営企業の設立が認められ、資本主義的経営が可能となった。カンボジア侵攻、中越戦争によって国民は疲弊し、中越戦争のために国際的に孤立し援助を受けられず、国内で悲惨な飢饉が発生していたので、それまでの重工業優先路線から、農業を基本とした食料の増産、生活消費財の拡充が図られた。農村地域の復興として重要な意味合いをもつ土地制度に関しては、「1980年憲法」の基本路線を踏襲し、

国家による統一的土地管理が原則となっているが、ドイモイ政策のもとで制定された「1987年土地法」および「1988年第10号決議」によって、既存の合作社（協同組合）だけでなく個々の農家が農業経営単位として認められた。また、それまで、地方行政単位を越えた、物資、労働力、商品の移動は禁止されていたのだが、87年から89年を通し、それらを禁止していた規制が撤廃された。対外開放政策も行われ、外国資本の参入が可能となった。

　このような一連の改革によって農家の生産意欲は大幅に上がった。ベトナム政府は商品作物のコーヒーや胡椒の生産を奨励し、より効率的な農業生産を指向し、人口密度の高い平野・都市部から、人口密度が低い中部高原地域などへの大規模な移住政策を実施した。特に国内からの移住者流入が顕著だったのは、中部高原地域のダクラク（Dac Lac）省であった。ベトナムの中部高原地域は土地が肥沃で、コーヒー、胡椒、ゴム等の商品作物の生産に適していた。1990年代になると、国際市場でのコーヒー価格が高騰を受け、経済的チャンスを求めて、移住政策による移住者だけでなく、非合法移住者が多く流入するに至った。

　結果としてダクラク省の世帯数は、99年には75年の4.64倍にまで急増した。ダクラク省の省都であるバンメトート市はベトナム戦争時に大きな戦いがあった場所の一つである。同地域はベトナム戦争期に第二軍管区が所在した場所であった。またホー・チ・ミンルート、及びサイゴン進行の際に要になった都市であった。また同地域は古くから少数民族エデが生活を営んでいた地域であった。多くのこのような移住民の増加、急速な農業開発は中部高原地域に多くの問題をもたらした。とりわけ同地域に居住していた少数民族エデに与えた影響は計り知れない。エデは古くから中部高原地域の森林で生活を営んでおり、森林での動植物の採取、焼畑（周期的移動耕作）により、生活の糧を得てきた。しかし先述の移住政策と農業開発の結果、森林は切り開かれ、より生産性の高い近代的大農場として整備された。多くのエデ族は、森林の使用権を政府に交付されていなかったため、移住者の土地囲い込みにより既存の生活基盤であった森林を失い、彼らの多くは農業労働者とならざるをえなかった。

このような現状をふまえ、2001年1月下旬から2月上旬にかけて、ベトナムの中部高原地域において、土地の返還を求め、エデ族を含めた少数民族の暴動が起きた。この運動は南北統一以来最も大きな抵抗運動とされ、ベトナム政府に大きな衝撃を与えた。

３．調査成果

上述の課題を明らかにするため、以下の調査を行った。

・先行研究の整理

・ 文献調査

・ ベトナム戦争史及びインドシナ植民地政策史の調査

・フィールドワーク（2011年8月19日~9月17日）

ベトナムダクラク省バンメトートにて約一ヶ月程フィールドワークを行った。インフォーマントを「ベトナム戦争を経験」した５０代以上の人に絞り、聞き取り調査を行った。この地域では古くから少数民族が多く生活する地域ではあるが、あえて少数民族に絞り調査するのではなく、同様に狭義の意味でのベトナム人に対してもインタビュー調査を行った。