言語課題におけるサブリミナル効果の脳科学的研究―NIRSを用いる計測実験―

慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科修士1年 谷黒真央

 

 

研究概要

言語課題を用いてサブリミナル効果を脳科学的に研究する。具体的には、光脳機能測定装置のNIRSを用いて大脳言語野の活動をみながら、被験者に言語課題を行わせる。言語課題は、単語中の一部の文字を消して虫食い状態にしたものや、意味的・概念的に関係がある単語を、閾下呈示または閾上呈示する。この実験によって、閾下での単語呈示時に、見えているとはわからないにもかかわらず脳はその刺激を受容するのか、受容するならば閾下での刺激呈示がその後の言語課題にどのような影響を及ぼすのかということを明らかにできる。閾下での単語呈示でも脳がその刺激を受容する場合には、それを示す結果として計測装置のNIRSを通して大脳言語野の活動が確認できると考えている。本研究は、サブリミナル効果の存在や、閾下での刺激呈示が人間の認知活動に及ぼす影響を解明するための一歩ともなる。

 

研究の内容

 閾下刺激を用いた言語課題を被験者に行わせ、閾下刺激の有り無しで、言語課題の正答率や回答までの時間がどう変化するのかを実験を行い調べる。閾下刺激を呈示した場合に、被験者は見えたことがわかっていないにもかかわらず正答率が上がったり回答にかかる時間が短くなったりした場合には、閾下刺激が回答の手掛かりとなったことを示す結果とし、閾下刺激の効果があったということになりサブリミナル効果の存在をその結果から示すことができる。

 

進捗状況

・実験システムの作成

サブリミナル効果に限定せず、プライミング効果を対象とした研究論文を幅広く読み、実験デザインについて見直しをしつつ、プログラミングを行い実験に利用する閾下刺激の呈示システムを作成した。システムは、はじめに画面中央に注視点(x)を2000ms呈示し、次にプライミング刺激を16ms呈示、マスク刺激を500ms呈示、最後に言語刺激を2000ms呈示するというものである。プライミング刺激の呈示時間が16ミリ秒であるのは、画面が次の画面へと更新されるまでの一更新分の間呈示されているからである。32ミリ秒での実験も可能であったが、数人にアンケートを取った結果32ミリ秒だとプライミング刺激が見えてしまうと述べる人が多く、閾下刺激ではなくなってしまうと考えた。

 

・予備実験

 閾下刺激の呈示システムを用いて、閾下刺激にカタカナ語(ランドセル)、閾上刺激に虫食い状態になったカタカナ語(ラ□ド□ル)を呈示し、虫食い状態のカタカナ語の四角を埋めてもらう言語課題を用いた予備実験を行った。この実験では、被験者に言語課題に取り組んでもらいつつ閾下刺激が被験者に見えないように呈示されているか、被験者の入力をもれなく受け取ることのできるシステムになっているかを調べた。現時点ではシステムには問題は見つかっていないが、まだ被験者の数が少ないため今後はもう少し予備実験を重ねる。

 

・島津製作所でのNIRS利用

 NIRSの扱いに慣れるため、島津製作所東京支社にてNIRSFOIRE-3000)を利用して簡単な実験を行った。ここでは、その実験内容ではなく機器の利用に慣れることを目的とした。まず初めに、利用するNIRSの基本的な機能や特徴を実際にシステムを動かしながら学んでいった。その他にも、実際に機器に触れながら、被験者の基本的情報の入力方法・その内容、プローブの装着方法、実験時のNIRS機器の操作、実験に利用する設備、データの処理方法等、今後の実験において必要不可欠な知識を得た。

 これにより、プローブの装着方法、実験の前準備としてのデータ入力、実験中の操作を知り、実験初めの簡単な作業や処理を行えるようになった。また、詳細な解析は行わなかったが、NIRSの機能を用いたデータの簡易な処理方法についても学んだ。

 

今後の予定

 予備実験の結果を参考にして、実験デザインや用いる刺激の詳細を決定する。それに合わせて刺激の用意とプログラムの組み直しを行い、実験システムを完成させる。この作業を春休み中には終わらせ、来学期の開始と同時に本実験を始める。サブリミナル刺激を用いる場合には、時間分解能の高いNIRSであっても対応が難しいほど刺激の呈示が短時間となるため、NIRSでの計測の限界と閾下刺激の利用の両方に目を向けつつ、効果的な方法を考える。