森基金 研究成果報告書

慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 修士課程 1 年 81125317 宮崎圭太
(所属:Cyber Informatics)

研究課題名 複数の移動デジタルサイネージへのコンテキストに応じたコンテンツ配信

背景

近年、デジタルサイネージ(以下サイネージ)は電子看板として普及している。設置される場所は電車やバス、タクシ ーの中、駅や商店街,学校・病院・役所といった公共施設、イベント会場と多岐にわたる。サイネージは表示にデジタル技術を活用しているため、配信情報を変えることができる。すなわち、特定の地域や日時に特化して購入意欲を刺激する広告や、気温・天気・災害情報に応じて注意を促す情報を配信することができるため、従来の紙媒体の看板に比べて有益である。デジタルサイネージは位置、時間、環境状態から決定される状況(以下コンテキスト)に応じて配信する情報を操作できるメディアであり、コンテキストアウェアコンピューティングが実現された社会の形成につながる(図1)。

私は"不安定な無線環境に応じたコンテキストアウェア移動デジタルサイネージシステム"という題目で卒業論文を執筆した。移動体に設置されたデジタルサイネージにおいて、移動体の位置と時間に応じてコンテンツを表示するときに、動的にコンテンツを取得する必要があり、動的にコンテンツを取得するためには移動による通信品質の変動が問題であることを研究課題とした。この課題に対して、コンテンツ取得のための広域無線として地域WiMAXを用い、RSSI(電波の受信強度)とIPアドレスの取得状態に応じてコンテンツの取得制御を行うことで、取得効率の向上を定量評価した。

活動

研究活動をすすめる過程で実験機材に不具合があり、当初の予定であった複数移動体へのWiMAX MCBCS(Multicast and Broadcast Service)を用いたコンテンツの一斉配信が実現できないことがわかった。そのため、卒業論文の発展の内容として、RSSIとIPアドレスの取得状態に応じたコンテンツの取得効率を詳細に測定した。また、スループット(単位時間あたりの受信パケットの総バイト数)を新規に測定した。実験においては図2のような制御シーケンスを実装した。これは、予め設定した閾値に対して、RSSIが超えているかという条件1とIPアドレスが取得されているかという条件2に基づいて接続制御を行う。また、BS(基地局)にプログラマブルアッテネータ(RSSIを任意のレベルまで減衰させる装置)を介してCPE(接続端末)を接続し試験を行った(図3)。通常、実験環境の制約からシュミレーションで行わざるを得ないため、このようにエミュレーションで実験できることは他研究に比べ実験精度の観点から優位である。

実験環境として、移動体は校内シャトルバスSoKanKanの走行データを用いて実験を行った。この走行経路は経路中にRSSIやそれに伴いIPアドレスの取得状態が変動する(図4)。ここで注意されたいのは、RSSIが強い値になると即座にIPアドレスが取得されるのではなく、CPEのBSへの端末認証のプロセスの所要時間やそのプロセスを行うポーリング間隔により時間差が生じることである。これは弱い値になった際に、IPアドレスが解放されることについても同様である。このことから、IPアドレスが取得されていても、RSSIが弱い区間というのは存在し、特にこの際に通信を行うと電波強度が不良のため、CPEが受信失敗したパケットごとにサーバは再送パケットというものを送信しなければならず、また、この現象(輻輳と呼ばれる)が起きた際には、単位時間に送信するパケット数を減らす仕組みがTCPの仕組みとして実装されているため、輻輳が起きることでスループットが小さくなる。そのために図2のようにRSSIとIPアドレスの両方を監視制御する必要がある。

図2のようにサイネージ端末からCPEのIPアドレスの取得状態の監視と制御を行うことで、不安定な走行経路でも、IPアドレスが取得している状態にはコンテンツの取得を実現した(図5)。これは通常のアプリケーションの実装(C#におけるタイムアウト制御が行えないWebClientや、タイムアウト制御が60分に設定されているWebBrowserのコンポーネントを用いた実装)では成し得なかったことである。

また、今回の実験で選んだ走行経路では、RSSIの閾値を-86dBmに設定することで、設定していないときにくらべて、TCP Throughputが29%向上することをしめし、コンテンツの取得効率向上を果たした(図6)。これにより、一台あたりのコンテンツの取得効率が向上するため、限られた無線リソースにおいて、複数台のサイネージシステムでもコンテンツをより多く取得できるようになる。


図1 移動デジタルサイネージシステムの全体像

図2 シーケンス図

図3 実験図

図4 走行経路

図5 IPアドレスに基づいた周回毎のコンテンツ取得数

図6 RSSI値に閾値を設けた際のスループット

対外活動及び結果まとめ

2011/6/17 CJK Workshopの発表

2011年6月17日にFudan University(Shanghai)で行われた14th CJK Meetingにて発表を行った。CJK Meetingとはアジア圏のAuto-ID Lab. Japanで合同で行われるワークショップで、Keio University, Korea Advanced Institute of Science and Technology, National Taiwan University of Science and Technology, Fudan Universityの4大学の合同で行われる。内容は卒業論文と同等のものを英語にしたもので"Context aware mobile digital signage system in unstable radio environment"という題目で発表し、Best presentation prizeを獲得した。

2011/10/21 IEEE 75th Vehicular Technology Conference 2012への投稿

2012年5月6〜9日開催予定の国際学会IEEE 75th Vehicular Technology Conference 2012にて、"Optimization of Cross-Layer TCP communication control over unstable mobile WiMAX network"との題名で投稿を行った。内容は本研究報告書の通りである。査読結果は、Possible acceptが2名、Rejectが1名により結果はrejectとなった。査読評価の総括としては、図の書き方等に不明瞭な部分があるが、内容は本学会に充分適しているとのことである。来年の本会議を目安に修正を行い、再投稿する予定である。

2011/11/5 CJK Workshopの発表

2011年11月5日にKorea Advanced Institute of Science and Technologyで行われた15th CJK Meetingにて発表を行った。CJK Meetingとはアジア圏のAuto-ID Lab. Japanで合同で行われるワークショップで、Keio University, Korea Advanced Institute of Science and Technology, National Taiwan University of Science and Technology, Fudan Universityの4大学の合同で行われる。内容は本研究報告書の通りである。