2011年度森泰吉郎記念研究振興基金・研究成果報告書
『映像と音声に特化した外国語学習環境の構築』
村田幸治
慶應義塾大学政策・メディア研究科修士2年


本報告について

本報告は、既存の外国語学習用IT教材を統合し、新たな学習環境を構築するために企画・制作された、音声と動画に特化したフランス語自律学習用Webサイト「frigo(http://frigo.sfc.keio.ac.jp/)」(以下frigo)について説明するものである。このWebサイトと、これが成立させる学習環境が直接的な成果である。研究の背景を述べた上で、具体的な問題を提示し、この解決を通してどのように新たな学習環境が構築されたか、またこの環境がどのような特徴を備えているかについて述べる。


目次

  1. 背景
  2. 問題提起
  3. 環境構築(制作)のための課題の設定
  4. 制作のプロセス
  5. frigoの特徴および利点
  6. 成果
  7. 課題

1. 研究の背景

昨今、回線のブロードバンド化によって、音声や動画といった大容量データの送受信が容易になり、そうしたデータを保存・実行するための端末が高性能化され、さらに視聴のためのソフトやプラグインの機能が強化されたことによって、映像や音声といった大容量コンテンツを享受する十分な環境が整ったと言える。このような環境の向上にしたがって、ITを利用した教材開発の態様も大きく変わりつつある。iPodをはじめとした携帯端末の出現と普及によって、学習環境の場が拡充していることも無視できるものではなく、教室外で展開する外国語学習のあり方を考えることが、ますます重要になってきている。

これまで音声や動画によって特徴づけられる教材は数多く制作されてきたし、筆者もこうした教材制作にあたってきた。しかし、教材の制作サイドは往々にして教材を作成して、Web上に「置く」ことに終始する傾向があり、学習者のアクセスとその後の利用方法まで十分考慮して、しかるべき工夫を施すというプロセスが不足しがちであった。この結果、Web上に置かれた教材が時を経ていつしか利用されなくなっていたというケースが常態化することになる。

こうした状況のなかで、本研究における「frigo」が担う役割は大きくわけて二つある。ひとつは、高度なIT環境に呼応した、利便性の高い、より学習者に身近な学習環境を構築することである。もうひとつの役割は、足早なITの発展のさなか、ないがしろにされがちであった既存のIT教材を現行の技術で洗練し、もう一度有効活用させようという試みである。ITの長足の進歩は常に新しいものを志向させる。新しい技術の仕組み自体が制作の切り口となる場合も少なくない。しかし、過去の教材もその時々の技術の枠組みのなかで、学習を支援する意図をもって制作されたものであり、その内容については必ずしも古びているとは限らない。日々更新される目新しい技術へのみ目を向けるのではなく、教材と技術の関係を再考する必要があるのではないだろうか。


2. 問題提起

SFCフランス語セクションは、これまで数多くのフランス語学習用IT教材を開発してきた。音源ファイルをダウンロードし、Webページ上のテキストを目にしながらリスニングの練習を行う「Civilisation Française」、スライド式の文法学習フラッシュ教材「フォローアップフランス語」、フランス語学習者一般向けに制作されたラジオ番組的体裁のPodcast「français 1001 nuits - SFC」、授業密着型のPodcast「フランス語インテンシブポッドキャスト」などがその代表的なものである。frigoの制作は、こうした、IT教材を顧みた際に浮き彫りとなった問題に対しての解決策であると言える。

問題1:教材の分散による、アクセスの非効率性

まず第一の問題は、教材の分散による、アクセスの非効率性である。総じてSFCのIT教材は「教員と学生と技術」の結びつきによって成り立っている。教材内容へのアドバイスや、技術的な提言といった教員のサポートのもとに、学生は教材を案出して、開発のためのプロセス化と実装を行っていくわけであるが、開発の主体となる学生たちの、参加と脱退(主として大学卒業)のサイクルが比較的短いため、企画ごとの開発期間が短くなりやすく、それぞれに独立した教材が増える傾向にある。こうした環境にあっては、教材開発が「単発」のものに陥りやすい。教材はそれぞれに異なるドメイン名と領域が用意され、それぞれにまとめられる。こうして教材の分散を招くことになる。教材の分散は、学習者が自らに適した教材にたどり着くことを難しくする。個々の教材における見取り図は示されているにしても、教材全体の見晴らしの確保と明示については不十分な現状がある。このようなアクセス環境のなかでは、学習者が教材を選びとり、教材全体のなかに自らを位置づけ、学習行動を開始し、継続していくということが難しい。

管理の面においても、管理者が複数のサーバやドメインにアクセスし、更新・維持を心がけなければならない。そして、この管理者は定期的に入れ替わらざるをえない。教材の技術仕様は常に同じとは限らず、バケツリレー式の知識伝達はやがて管理自体を難しくしていく。言語を専門に取り扱う外国語セクションは、そもそも習熟度の高い技術者の恒常的な参加を見込みがたい。そのような状況下で、ときに学生個人の領域に置かれた教材が、学生の卒業とともに領域もろとも失われることさえあった。

問題2:技術的に古びてしまった過去の教材が利用されなくなっている状況

第二の問題は、技術的に古びてしまった過去の教材が利用されなくなっている状況である。たとえば、インタラクティブ性を指向してしばしば作成されていた、チェックボックスやラジオボタンを用いた正誤判定問題といった教材は今日ではまずつくられることがなく、利用を促すことも難しい。しかし、こうした教材はあくまで技術形式的に古くなったということであって、内容の部分は必ずしもそうであるとは限らない。音源とテキストをダウンロードする形式であるために、音声再生用のソフトとテキスト表示用のソフトを同時に操作し、意識する必要のある「Civilisation Française」も、その内容はフランスの文化、政治、歴史などといった、真に外国語を学習するうえで有用なものであって、なおかつコンパクトにまとまっており、学習資源としての価値は決して低いものではない。こうした、いわば倉庫でほこりをかぶっていた資源を、再び有効活用させることには大きな意義があるのではないか。

問題3:教材どうしの潜在的な参照可能性が不活性

第三の問題は、教材どうしの潜在的な参照可能性が活かされていないことである。たとえ、教材として採用しているアプローチが異なっていても、内容においてはその特徴になんらかの共通性をもつ場合が多い。広い意味で言えば、学習レベルが教材間で共通しているという場合が挙げられる。他にもたとえば、教材や、教材のなかの一部において、フランス語の「数の表現」という文法項目に特化しているという点で特徴が共通している場合がある。フランス語の数のつづりと発音を1から順に確認し、身につける教材がある一方で、フランス人と日本人の体重や身長を実際の数値で比較しながら数の表現を具体的に学ぶという教材がある。

難易度、文法的知識、扱うテーマといったスキーマで、教材や、その中身のひとつひとつが関連づけられていれば、学習者は指向する分野に対して、より様々な角度から取り組むことが可能になり、補完的な学習が実現されうる。ひとつの教材を学習し終えたあとの、別の教材への橋渡しともなるはずである。教材どうしがより深く結びつき、その関係が示されることで、教材と学習が単なる一対一の対応を越える。学習行動が教材の終端とともに落着せず、さらに継続的な学習が促されうる。また、教材内容の特徴の把握のみならず、その違いを相対的に認識することは、第一の問題にて挙げた、学習者自らの教材のなかへの位置づけを手助けすることにもつながる。


3. 環境構築(制作)のための課題の設定

三つの問題を解決するための概念として「統合」というキーワードを導入し、新たな学習環境を構築する上での課題を設定する。以下の三つの課題は、上述した問題に対応するものである。

課題1:既存の教材の、Web上の所定の領域への物理的集約

「統合」とは第一に、教材をWeb上の所定の領域に物理的に集約することを意味する。そうすることで、ファーストアクセスをボトルネック化し、アクセスを集中させる。教材を同一ドメインのディレクトリに置くことによって、管理が大幅に簡略化されるうえ、教材を失うリスクも大きく低減する。ただし、複数の教材を制作した際に、しばしばWebページを用意して、紹介文を添え、それぞれの教材へのハイパーリンクを貼るということで教材のまとめがなされることがあるが、この方法は採らない。また、それぞれの教材をフォルダわけなどして、同一ドメインのディレクトリ下に配置するという方法も採用しない。こうした方法では、第二、第三の問題を解決できないからである。

課題2:教材の中身をブラッシュアップして、形式を共通化したうえでのユニット化

第二の課題である「過去の教材の再利用」には、技術的なブラッシュアップが必要になる。しかし、当然ながらブラッシュアップを施した教材が将来的に再び技術的に古びてしまうことは極力避けなければならない。本制作では長期的な利用が見込まれる教材の形式に、音声と映像を提案する。これまで、インフラや機器、また技術の制約によって、声や映像の取り扱いには各種のコストがかかっていたため、音声や映像を十全に学習環境に据えることが難しい状況があったが、外国語学習に資するということが自明である。

では、過去の教材をどのようにブラッシュアップし、映像と音声という形式に落とし込むのか。教材の特徴はその総体のみならず、中身ひとつひとつにも見出される。文法を主として扱っているということで特徴づけられる教材も、その実重要なのはどういった文法項目がリストされ、含まれているかではないだろうか。アニメーションの付加された文法書といった体裁をとるFUFはまさしくこうした教材で、文法項目が細かく網羅的にリストされており、必要に応じて内容を参照できるというリファレンス的な側面が強い。教材の中身のひとつひとつに価値を認め、個別にアクセスができる単位でまとめることもブラッシュアップのひとつとなる。以上のように、過去の教材を音声と映像という形式で共通させ、その内部の個別の内容にしたがってユニット化することが第二の統合であり、これは第三の問題から提示される課題「教材間の関連づけ」にも関係している。

課題3:統一された利便性の高い関連づけの仕組みの実装

教材の関連づけ自体はこれまでにも意図され、実際に仕組みとしてしばしば実装されてきた。単一の教材内については、たとえばFUFにおいて、比較的難易度の高い文法項目を扱う際などに、その前提となる文法項目にリンクを貼るということがなされている。しかし、これは教材内の、同一のアプローチでつくられた教材内のいわば縦の関連づけであって、異なる角度からの学習を促すような、教材をまたいだ関連づけ、すなわち横の関連づけではない。複数の教材へのリンクを貼ったWebページを用意することも関連づけのひとつと言えるが、構成や仕様の著しく異なるWebサイトを渡り歩いて利用する手間は、アクセシビリティを大きく低下させかねない。第一の統合にて言及した、それぞれの教材をフォルダわけなどして、同一ドメインのディレクトリ下に各々配置するという方法も、ドメインの正統性が増すだけであって、それだけでアクセシビリティが向上するわけではない。まとめれば、こうした環境では関連づけの仕様自体に一貫性がないために、関連づけが甘く、その距離が長いうえに、相互の参照可能性が保証されないのである。

教材内の中身ひとつひとつをユニット化する意義は第二の統合の項でも述べたが、以上のような考察から、さらにこうしたユニットどうしを、ユニットの特徴を表す様々なスキーマで関連づけるような、統一された仕組みを導入すべきであることが理解される。この統一的な関連付けの仕組みの確立が、第三の統合である。


4. 制作のプロセス

課題を受けて制作されたのがfrigoであり、これはWebサイトのサイト名であると同時に学習環境自体を指す。「3. 課題の設定」を、新たな学習環境の構築のための技術的プロセスとして集約すると以下のようになる。

①既存の教材の動画・音声への加工、ユニット化
②映像を視聴できる機能・コンテンツを関連づける機能を備えたWebサイトの制作
③コンテンツのアップロードと、コンテンツの特徴を踏まえた具体的な関連づけ
④コンテンツのポッドキャスト配信

①既存の教材の動画・音声への加工、ユニット化

SFCフランス語セクションの過去の教材は「テキスト+音声」タイプ、「ポッドキャスト」タイプ、「フラッシュ」タイプに大別できる。「Civilisation Française」が「テキスト+音声」タイプの代表的な例であり、Webサイト上で、音声をmp3ファイルで、テキストをWordファイルおよびPDFファイルでダウンロードしてもらう体裁をとっている。内容はフランスの地理、歴史、教育、経済、芸術など文化的な色彩の強いもので、これを元に項目立てもなされている。これらの項目にそれぞれにページが設けられ、その音声・テキストファイルのダウンロードのためのリンクが貼られている。実際のユニット化も、この項目立てに従って行う。ただし、テキストに対するナレーションとしての音声ファイルが、当時のインターネット環境に合わせて細かく分割されており、これを接合する。

「ポッドキャスト」タイプは、ポッドキャスト自体が元来動画や音声を配信する形態であるので、あらためて必要となる工程はほとんどないと言ってよい。ただし、音声のみで配信されていた項目については、Webサイト上での映像として閲覧できるよう、適切な画像を用意し、テキスト字幕を用意する。技術的には、映像編集ソフト上で音声とテキスト字幕を同期させることになる。また、ひとつのポッドキャストにテーマのまったく異なる「番組」を複数含めて流していたものを解体し、テーマごとに配信できるように調整する。

次に「フラッシュ」タイプの説明に移る。ここではその代表的な教材であるフォローアップフランス語を取り上げる。フォローアップフランス語は、スライド式の文法学習教材であり、学習者は任意にスライドを送りながら視聴する。イラストやアニメーションがふんだんに使用されている点が大きな特徴である。イラストでフランス語と実際の物とを直接結びつけて示したり、アニメーションを通して、現在形を過去形に変化させるプロセスを見せたりと、より視覚的な学習が可能な環境を提供している。また、一部につづりを記述する形式の穴埋め問題を挟み込み、インタラクティブな学習を部分的に実現している。内容としては、フランス語における文法が網羅的に扱われており、文法項目がそのままリストされている。総じて参照性の高い教材であると言える。

映像・音声へのパッケージに際してはこの項目のリストに従う。フラッシュには様々な用途があるが、代表的で最も使用例が多いのは、ブラウザ上で再生できるフラッシュ動画ファイルである。この場合は動画ファイルとしてコピーし、エンコーディングを施すなどして二次利用するのが容易であるのだが、フォローアップフランス語はクリックに応答してスライドを送る仕組みや、インタラクティブな機能が含まれているため、この方法は利用できない。またオリジナルの編集ファイルに当たって素材を取り出し、映像編集ソフトで再度組み立てていく方法もあるが、これは現実的ではない。そこで、Macintosh用のキャプチャソフト「SnapZ Pro」を活用する。SnapZ Proは、デスクトップ上の映像・画像・音声を、範囲を指定して録画・録音することが可能で、任意の形式と質でアウトプットすることができる。このソフトを用いて、フォローアップフランス語をひとつずつブラウザ上で再生し、スライドを送りながら録画を行う。ただし、録画したままのものには、必要のない部分や間が発生することになる。映像として不自然でないように、編集上で細工を施して書き出す。

②映像を視聴できる機能・コンテンツを関連づける機能を備えたWebサイトの制作

新たな学習環境を提供するWebサイトに備える仕組みとして、映像をブラウザ上で視聴できる機能、コンテンツどうしを関連づける機能が必要となる。こうした機能を備えたWebサイトの制作にあたってはじめに決定したのは、CMSの採用である。これは、要件である二つの機能に加えて、制作サイドの管理・更新を考慮してのことである。CMSを利用すれば、FTPを介してサーバと個別の端末を接続し、ファイルをアップロードしたり、更新したりする必要がなく、用意されたWeb上の管理ページ(バックヤード)での手軽なテンプレート変更や更新作業が可能となる。Webサイトが将来的に後進に引き継がれた際の、管理と更新の環境が保証される。こうしたシステムとして、動画共有Webサイト用CMSであるPHPmotionを採用する。このシステムを利用して具体的にどのようなWebサイトが実現されるかは次節に譲り、ここではその導入方法と各種仕様、システムの特徴について述べる。

日本での教育目的でのPHPmotionの導入事例はほとんどない。これは、PHPmotionが要求するサーバの構成要件が、一般的なブログ用CMSに比して厳しいためであると考えられる。frigoのWebサイト構築は、Webホスティングサーバの設置と構築にはじまる。サーバマシンにはCent OS (5.3)をインストールしたMacminiを使用し、要件となるデータベースやプラグイン、コーデックを導入する。この準備ののち、PHPmotionをインストールする。ドメイン名を割り当て、アクセスを確立した時点でWebサイトとしての結構はできあがるが、ここに、コンテンツのサーバへのアップロードとこれに伴うコンテンツの属性の決定が加わることで学習のための環境がはじめて成立する。また、PHPmotionは動画配信ではなく、動画共有用CMSであり、Webサービスに登録したアカウント保持者がコンテンツをアップロードできる機能を有しているが、学習コンテンツの配信として環境を制御する必要があるため、こうした機能を省き、調整する。

③コンテンツのアップロードと、コンテンツの特徴を踏まえた具体的な関連づけ

PHPmotionはWebサイト上の管理画面でコンテンツをアップロードすることが可能であるため、この機能を通してコンテンツを加えていく。アップロードの際に、コンテンツに「カテゴリ」と「タグ」というラベルづけを行う。カテゴリは、既存の教材のまとまりの単位であり、先に述べたコンテンツシリーズということになる。このリストがWebサイトのトップページにリンクとして表示され、クリックすることでその教材のコンテンツのリストのページに飛ぶことができる。

カテゴリは過去の教材のタイトルに従って自動的に決まるものであるが、タグはそれぞれのコンテンツの特徴・属性を表すものであり、まさしく教材の中身ひとつひとつ(コンテンツ)のあいだの関連づけを実現する機能である。タグの内容としては「難易度」、「文法項目」、「扱っているテーマ・内容」、「出演者」などであり、このタグリンクをクリックすることで、当該タグが共通して貼られたコンテンツのリストされたページへと飛ぶことができる。

④コンテンツのポッドキャスト配信

コンテンツはポッドキャストとして配信するが、本制作の主たる内容ではないので、細かな制作プロセスは割愛し、利点を述べることでその必要性を明らかにする。ポッドキャストの長所には主として、配信されている映像・音声ファイルとそのリストを容易に、あるいは自動で取得でき、整理された一覧性の高い状態でローカルサイドに保存・貯蔵できること、そうしたファイルの利用に特化したソフトウェアで操作できることが挙げられる。プレイリストを利用すれば、任意の順でコンテンツを視聴することが可能であるし、設定によって同じものを自動でリピートすることもできる。Webサイト上での映像視聴と異なり、ダウンロードしたコンテンツはオフラインで利用することができるうえ、メディアプレイヤーでの視聴にはコンテンツ再生時のロード時間が存在しないに等しい。こうした点から、Webブラウザよりも、メディアプレイヤーのほうが「繰り返し」の視聴に向いていると言える。さらに、iPodをはじめとした携帯端末と内容を同期させれば、場所を選ばずに視聴できることが大きな利点となる。


5. frigoの特徴および利点

ここでは、先に提示した課題がどのように克服されたか、また制作物がどのような特徴と利点を備えるか、そして、frigoという環境下でどのような学習モデルが実現されうるのか、について述べる。実際の利用については、frigoのWebサイトを参照頂きたい。

Web上でのコンテンツ視聴とポッドキャスト

frigoは、Webサイト上での映像コンテンツの視聴と、ポッドキャストでの映像・音声の視聴を合わせもつ学習環境である。過去の教材をブラッシュアップして集約したコンテンツシリーズには以下のようなものがある。音声とテキストのみから構成される映像コンテンツは、ポッドキャストの際には音声コンテンツとして配信する。

以上は過去に1001 nuits – françaisというラジオ的体裁のポッドキャストで各回順繰りに配信していた音声コンテンツであり、上記のとおりその内容はそれぞれで大きく異なるため、再ポッドキャスト化の際にまとまりを解体した。これは、それぞれのコンテンツの将来的な追加の可能性も加味してのことである。内容はすべて教員によるもので、技術的なパッケージングを筆者が担当している。

Civilisation Française、インテンシブポッドキャスト、Les mini-chroniques de Louis MITAKÉは教員が、ルイが教える!フランス人に伝わる発音講座、Ecoutez !は学生が、それぞれの内容を担当している。

frigoでは、こうしたコンテンツシリーズの各回ごとのコンテンツに関連づけのためのタグが付加されており、タグという明示的な提案から次のコンテンツに移ることができる。また、関連コンテンツそのものが表示されるので、ここから任意のコンテンツを選ぶこともできる。こうした仕組みからどのような学習モデルが想定されるかを次節で説明する。

関連づけ機能が促す継続的な学習モデル

frigoという学習環境は、映像・音声の視聴という学習スタイルを前提とし、多数のコンテンツが集約され、それぞれが関連づけられていることによって、継続的な学習モデルが実現することを想定している。

たとえば、コンテンツシリーズAのA1回が「国籍を網羅的に学習するコンテンツ」だとする。A1には当然国籍というタグが付加されている。一方コンテンツシリーズのBはサッカーをテーマとしたものであるが、B3では、フランスリーグで活躍する各国の外国人選手が取り上げられており、国籍の表現が実際の会話の流れのなかで出てくる。こうした場合、B3に国籍というタグを付加しておけば、A1とB3が関連づけられる。たとえば、A1で文法的に国籍を学び、その後にサッカーというテーマのなかでの具体的な流れのなかで国籍表現がどのように使用されているかを知ることができる。逆に、具体的な使用から、もっと基礎的に国籍表現のバリエーションを学ぶという流れもありうる。

コンテンツシリーズBを進めていく。サッカーには当然野次がつきものである。これに俗語タグを付加しておく。ここから、フランス語の俗語のおもしろさを追求するために俗語のコンテンツシリーズCに移っていく。野次を俗語として定義するのは、俗語のシリーズが存在することを前提とした意図的、戦略的なものである。タグによる関連づけという発想と機能は特段珍しいものではない。しかし、これを戦略的に設定しておくことで学習が継続的なものになっていく。そして、この視聴フローは各人各様の自由なものであり、学習者自らが学習ルートを形成することができる。これがfrigoが実現する新たな学習モデルであり、この環境の最大のメリットである。

frigoの可能性 − オブジェクト指向的な外国語学習

frigoは、学習者の選択によるオブジェクト指向的な外国語学習を実現する可能性をもつ。すなわち、フランス語自体の学習のみならず、フランス語で具体的な何かを知り、学ぶという態度を醸成できるのではないか、ということである。frigoにおいては、様々な具体的な内容を含んだ、学習者個人それぞれが潜在的に興味を抱いているようなコンテンツが多数用意され、またそれが関連づけられ、多くの気づきのチャンスが設けられていることで、一般的な学習理由を越えた、外国語学習の初期段階からそれを足がかりに学習を継続していけるような学習者個人個人の内発的な動機づけを誘発することができるものと考える。こうした環境下で、フランス語という言語自体の学習のみに終始しない、フランス語を使った学習へと、学習態度が形成的に変化することを想定している。

制作サイドの利点

第一に、教材の集約により、その散逸を防止できる環境が整ったことが挙げられる。ただし、これは既存の教材やそのあり方を否定するものではない。映像という形式が幅広くマテリアルを吸収し、表現できるという利点から、技術的なブラッシュアップを施してfrigoに取り込むということを行ったにすぎない。また、当然ながらfrigoとは別に展開される新たな教材を否定するものでもない。

第二に、アクセスをボトルネック化して集約したということは、同時にコンテンツの追加(アップロード)というプロセスが一本化され、制作のフレームワークが確立されたことを意味する。4.3で述べたように、過去の教材の集約のみならず、将来的にも映像コンテンツの内容を案出し、作成して、その数を増やしていくことは、frigoという環境の価値を向上させていくための眼目となる。


6. 成果

これまでのSFCフランス語セクションにおけるIT教材開発の問題として、教材の分散による、アクセスの非効率性、技術的に古びてしまった過去の教材が利用されなくなっている状況、教材どうしの潜在的な参照可能性が活かされてないことを指摘し、この解決にあたって設定した課題、すなわち、既存の教材をWeb上の所定の領域に物理的に集約すること、教材の中身をブラッシュアップして形式を共通化させ、ユニット化すること、統一された利便性の高い関連づけの仕組みを実装すること、この三つの統合をfrigoという新たな学習環境の構築を通して果たした。殊に映像に特化したCMSを採用し、学習環境に取り入れた点において新規性がある。また、広く一般に学習資材を提供するプラットフォームを形成した点において社会的意義があると考える。

frigoの機能を活かした、戦略的なコンテンツの関連づけによって、選択できる度合いの高い、継続的な学習モデルを提案することができた。同時に、教材の集約と、新たなコンテンツの創出が統一され、簡略化された制作環境を形成した点において、ひとつのモデルを構築したと言える。


7. 課題

ある学習環境において、学習を先導し、指針を示す者と学習者のコミュニケーションは欠かすことのできない要素である。SFCでfrigoを利用する場合は教員の指導が得られる。しかし、frigoは同時に広く一般のフランス語学習者に公開し、自由な利用を促すものである。Webサイト上でのコンテンツシリーズの紹介、およびTwitterでの応答で教育上のコミュニケーションを図り、情報を提供することが可能であるか検証する必要がある。

また、学習者どうしのコミュニケーションが活性化することで、協調的な学習環境の形成、およびモチベーションの維持が促される傾向が見受けられる。frigoの採用するCMSであるPHPmotionはyoutubeと同じく、映像コンテンツの投稿機能や、コメント機能を有している。これらを省くよりも、むしろ有効活用する道を模索すべきではないのか。

フランス語という言語自体の学習のみに終始しない、フランス語を使った学習へと、学習態度が形成的に変化する可能性を挙げたが、これは一重に良質なコンテンツをいかに多く提供できるかにかかっている。現状では、過去の教材がコンテンツの中心であり、効果を必ずしも期待できない。学習者の潜在的要請を見極め、新たな魅力あるコンテンツの追加によって、日々環境を向上させる必要がある。外部の教育機関などと連携して、コンテンツを創出していくといったことも考えられる。以上のような制作を進め、同時に環境を維持する体制を整えなければならない。

教材である以上、学習効果の測定、検証が必要となる。しかし、frigoは教材を多数内包してコンテンツシリーズとして打ち出しており、利用者のコンテンツ間のアクセス遷移が重要なポイントであるため、統一的基準を設定し、総括的な評価をすることが難しい。利用者を限定していないこともこれに拍車をかける。frigoは教材であり、学習環境であるのと同時に、コンテンツの追加という更新を前提にしたサービスという側面をもっているとも言える。よって、メールフォームやTwitterで、どのような学習効果を得られたか、学習態度に変化が見られたかといった意見を個別に集め、要望と改善案を収集し、アクセス解析と合わせて、よりよい学習環境のためのフィードバックとしていく。