2011年度森基金研究成果報告書

 

日本の鉄道輸出促進に向けて

 

2012229

政策メディア研究科

修士課程2

高木信太郎

 

 

1.春期休暇から春学期にかけての活動概要

31日 TUV SUDジャパン鉄道規格セミナー参加

 TUV SUDはドイツの基準認証機関(CAB)であるが、欧州に進出する日本企業をビジネスパートナーとして、欧州EN規格の認証を日本語で行っている。日欧相互承認協定が存在するにもかかわらず、日本市場において影響力を強めている。彼らの説明によれば、世界シェアについても上位10社のうち9社がEN規格圏内の企業という。

 セミナーにおいては、実際の認証過程やEN規格とJIS規格との考え方の違いなどを、進出希望メーカーを相手に講義形式で説明された。また、DIN規格やBS規格といった域内の国内規格とEN規格との関係性について、運行システム関連の規格を例にとった説明があった。

 

2月から3月にかけて

 鉄道関連メーカーの就職説明会に潜り込み、各社の海外戦略について質問した。多くの企業が新興国進出を行っているものの、価格競争力に悩まされている状況が浮き彫りとなった。他の新興国企業が納入している製品と性能を同等にするダウンスケールの必要性が叫ばれているが、実際の生産ラインでわざわざダウンスケールした製品を製作すると生産工程が増え、コスト削減に繋がらないという。そのためダウンスケールには否定的な企業が多かった。

 

6月より

 TPPに関する単行本の「政府調達章」、「基準・規格認証章」を執筆(暫定稿を末尾に添付)

 

74日 第108WTOフォーラム

(外務省経済局飯島国際貿易課長「ドーハラウンド交渉の混迷とWTOの今後」

 最新の交渉状況を報告して頂いた。交渉がまとまらない中で、落とし所をどうするのかという議論が続いており、当初の挑戦的な目標の修正を迫られているということであった。一括受諾(single under-taking)からアーリー・ハーベストへの流れ、”developing agenda”という題目から、最低限LDC関連のイシューを成立させることなど。政府調達協定のようなプルリ協定の形式も現状を打破するための1つの手法として注目されているとのことだった。

 

713日 BBLS発表(発表資料は末尾に添付)

○発表の概要:

インフラ事業の海外展開に際して、日本企業の競争条件を改善するにはどのような施策が必要か、国際経済法の観点から明らかにする。事例として交通インフラ事業に着目するが、提言のcoverageはより広いものになり得る。

現行の競争条件は国際法のレベルにおいてはWTO政府調達協定で定められている。しかしながら本発表では、インフラ事業を巡るいくつかの問題に現在の体制では対応しきれていないことで競争条件の公平性が保たれていないことを論証し、その上で問題解決の手法を検討する。

○参加者からのコメント:

・「競争条件の改善」というのは、あくまで他国との公平性を意識したものなのか、それとも潜在的には他国との「競争」を意識し、現在の状況よりも相対的に他国と比べ優位に立とうという意識を持ったものなのか。→()「競争条件の改善」という語自体は前者の意味で使用しているが、研究の目的意識の中には後者の側面が少なからず含まれている。

・発表のスピードが速い。

・最も言いたかったことは何か。→()現在発生している幾つかの問題を解決するには、政府調達協定の改正及び参加国の拡大、国際規格化交渉への取組みというマルチへのアクセスが重要となるが、これに1国が直接アクセスしようとしているから問題の解決に向けた進展がないのであり、TPPのような地域的取極めをブレイク・スルーとして活用すべきである。

 

721日 副査の西山敏樹先生を訪問

・研究の内容は工学系の教員にとっても興味深いものである。したがって、彼らが指摘し得る点についての対策が必要である。具体的には、この論文の客観的評価を外部の人間にしてもらうことである。これについては、日立、JR東日本、運輸調査局の担当者を紹介する。

GRというプログラムの特性からして、フィールドワークのようなことをやっておくのが無難ではないだろうか。上に挙げた担当者のほか、インタビューを行いたい人々がいれば紹介する。

・自動車、船、飛行機の状況も知っておいた方がよい。これらの分野の状況が鉄道とどう違うのか、また共通点は何かなど。

 

 

2.秋学期の活動概要

2011年度秋学期には、修士論文執筆のほかに重要な活動としてJR東日本及び日立への聴取、現行のTPP協定文の和訳を行った。本報告では2社からの聞き取りの詳細を記す。

 

2.1 東日本旅客鉄道株式会社ITSuica事業本部への聴取

実施日時:20118410001100

実施場所:東日本旅客鉄道株式会社(以下JR東日本)本社23ITSuica事業本部応接室

聴取対象者:JR東日本ITSuica事業本部担当者

聴取目的:JR東日本のICカード調達はWTO政府調達協定(以下GPA)違反であるとして、米モトローラ社がGPAにおいて予定されていた紛争処理システムの一つである苦情検討委員会に申し立てた案件につき、JR東日本の担当事業部の主張と今後の対策を聴取する。この聴取から日本の鉄道事業者のGPA対応の現状と今後の課題を明らかにする。

 

○処理速度を巡る問題

海外の改札機は、機械の中に一人しか入れないターンバー式で、1分に30人しか処理できない。それに対して

日本の改札機は機内に複数人居ても処理可能で、一分に60人まで処理が可能である。したがって、日本の改札機では高速処理が必要となるが、当時のType-BType-Aではこの要求に応えられなかった。

 

OSC(Operational Safety Clause)

処理速度の遅い機械を置いた時、駅構内でどのような危険が発生するかシミュレーションをした。その結果、処理速度の速い機械では人が滞留しないのに対して、遅い機械ではラッシュ時に人が構内に滞留し、ホームの混雑から線路への転落の危険性があることが確認された。

苦情申立ての過程でこの結果を発表したものの、最終的にはOSCを理由とした主張は行わなかった。これは、一台あたりの処理速度が遅くても台数を増やせば安全上の問題はなくなるという反論が考えられたためである。もっとも、狭隘な駅構内における改札機の増設はあまり現実的ではない。また、この問題はOSCの主張としては間接的であることも考慮した。

 

ICカードのサンプルについて

モトローラは期限までにサンプルを提出せず、遅れて1枚だけ提出した。100枚単位で要求したのに1枚しか提出せず、提出したものもICの入っていないただのプラスチックだった。実際は1千万枚単位で製造するため、数を作ってもらい能力を確かめる必要があった。

 

○処理速度に関するモトローラ社の主張について

カタログ値では困る。モトローラ社製品がカタログ値通りに動いていないという話も他国ではある。実際の値で見なければ話にならない。

 

○モトローラ社に落札する気はあったか

あっただろう。当時既に300億円―400億円規模のビジネスになると言われていたので、このうちの一部には食いこめると考えていたのだろう。

 

○助言の不正使用

研究と調達の分離が一番の対策であると考え、ソニーとの関係には特に注意し、入札手続開始後はソニー側の担当者とJR本社では会わないようにした。

 

○事業者主体の調達

開発から調達まで事業者主導で特定メーカーと一体になって進めるという手法は、事業者側の甘えを引き起こす。

・元々の約束がはっきりしない。

・仕様が最後まで変更され続ける。(あれもこれもやろうで費用が膨らむ)

・指示が曖昧

スイカ調達は、上記のような甘えの体制を見直すきっかけになった。

 

○その他教訓

機能・性能に基づく調達

海外企業か国内企業かは関係ない。よいものを買うというのがスタンスである。かつて、価格の安いシンドラーやオーチスのエレベータを入れたが、性能がよくなかった。

提供したいサービスに必要なものを調達するのが前提であって、例えばラーメンが欲しいのにカレーを持ってこられては困る。

 

○海外への展開

鉄道にはとらわれず、ICカードを利用したネットワークのコンサルティング(現在の日立との協力のようなものを想定)を行いたい。特にセンターで多数のカードを管理するノウハウを提供していきたい。しかし、世界でも日本でも使えるカードは目指さない。コストがかかるためにペイしない。

また、Type-Cはオーバースペックであり、価格面に課題がある。相互直通のような複雑な運賃体系は海外には少なく、ゾーン制運賃では高速な処理能力が不要となる。コストダウンとダウンスペックはメーカーに課せられた課題である。

 

○モトローラとの後日談

スイカを巡る係争の1年後、モトローラの担当者と南アフリカで会った時、彼らも後に日本の状況を実際に見て、日本における高速処理の重要性を理解したと言っていた。

 

Type-Cの国際規格化

・カードそのものの規格についてはICカードの規格を、伝送についてはNTCを参照するというのが一応の名目である。しかし、NTCで規格化できたからと言って、ICカードの物理的特性での国際規格化をあきらめたわけではない。CENのオブザーバーとしてEN(欧州規格)の段階から会議に参加することで、相手が分かってくれることもある。意外に人間臭いところもあるのが国際規格化の世界だと認識した。とにかく参加して意見を述べ、分かってもらうことが重要である。

 

○標準化を巡る他国との関係

米国は日欧に比べると旅客鉄道の重みが軽いからか、米国より欧州の方が高速処理の重要性は理解してくれた。しかし、規格化交渉において欧州も米国の主張には配慮している。

 

○アジア各国の票の獲得について

分野によってはメーカーが票の買収を行っているが、ICカードのように途上国にとって差し迫った問題でない規格については課題がある。一方、日本単独でのJISISO化にはまだまだ可能性がある。

 

○官庁の協力

経産省は国際規格を使えと言って取り合ってくれなかった。一方、運輸省は協力的、外務省は係争中に知恵を貸してくれた。

 

○係争への対応

日本企業や官庁は係争を避ける傾向があるが、正しいと思うことは係争となっても主張すべきである。

 

JR東日本の海外事業

NY事務所は米国での売込みに補助的役割を果たしている。パリ事務所はJR6社共同で管理している。とは言え、海外事務所は基本的に出張対応等であり、国際業務も本社で対応している。

 

○石田副会長のUIC会長就任について

信号・車両等の規格化の重要性を早くから主張してきた人なので、何か戦略があるかもしれない。

 

 

考察

事業者が主導する日本特有の調達方式について、事業者自身が問題点を指摘しているという点は極めて興味深い。ICカード調達の際にはこの点が政府調達協定違反の主張の重大な根拠になったので、もしも事業者側に日本独自の調達方式を維持する明確な意志があるのなら、GPAを事業者主体の調達方式に対応させることは重要な視点になり得た。しかし、事業者がこうした調達方式の問題点を指摘している以上、この点に関しては協定の改正を求めるのではなく、彼らが言うところの「研究と調達の分離」、及びメーカーとの責任関係の明確化がなされるべきなのであろう。しかし一方で、彼らは現状の企業風土の中では未だに事業者主導のなれ合い体質は抜けていないとしており、これは事業者にとって重い課題となる。

係争への対応については、国際法改正という解決策を示そうとしている本研究においては、極めて重要な視点である。たとえ国際法が日本にとって利用しやすい形で整備されたとしても、日本国や日本企業が司法的な解決策に消極的なままでは、その効果は減じられてしまうからである。

処理速度とOSCの問題については、日本はOSCを多用しすぎるという欧州委員会の主張への反論に利用できる。

 海外展開についてコンサルティングに主眼を置くというがスイカ事業のみの立場なのか、JR東日本の全事業についての立場なのかを確認する必要がある。後者であれば、京阪電鉄のようにオペレータとしての海外展開を考えている企業に比べると、戦略に違いがある。

 

 

2.2 日立製作所鉄道部門英国事業担当者への聴取

実施日時:201110416001800

実施場所:日立製作所秋葉原オフィス2階喫茶店

聴取対象者:日立製作所鉄道部門英国事業担当者

聴取目的:輸出障害について、海外へ進出する日本の鉄道システムメーカーの担当者から聴取を行う。

 

○輸出先がWTO政府調達協定の参加国であるかどうかを念頭に入れて、プロジェクトへの参加を検討することはあるか。

ない。ただし言われてみれば政府調達協定参加国における調達は、不参加国における調達と違い明らかな現地調達要求などは少ないように感じる。

 

○途上国と技術仕様

途上国の調達機関には技術仕様を作る能力がない場合が多いため、彼らが業務を委託する交通コンサルタントが案件形成段階から強い影響力を持つ。

 

○中国と技術移転

中国は国策による鉄道車両の国産化を進めているため、入札参加条件として技術移転を前提にしている。日立は車体と電機品の両方を生産していることから、車体を中国で生産し、電機品を日本で生産して輸出するという手法が採られている。

 

○豪州での事業

豪州の案件においては、豪州産の製品の仕様を求める原産地要求が厳しい。日立では地元のEDIレールと提携して事業を行っている。規格は豪州独自のものであり、対応が求められている。また、欧州のコンサルタントが案件形成に関わることが多い。

 

○商社との関係

商社を使うかどうかは案件による。英国は英語によるコミュニケーションを行うため語学の問題は大きくないこともあり、商社は使わなかった。ただドバイでは商社と連携した進出を行っている。日本円での取引が可能となること、情報収集能力が高いことも商社と提携する理由になっている。

 

○英国での事業

Class395の受注

CTRLClass395の受注は、1999年に英国での受注活動を開始してから3件目の入札参加であった。英国市場ではこれまで納期遅れが常態化しており、Class395の納入で遅延のなかった日立に対する評価は高まった。

 

IEP

200712月に入札の工事が行われ20086月に応札、20092月に優先交渉権を獲得した。20102月の契約が予想されていたが、政権交代が近いため政府は大型契約に慎重となり、棚上げとなった。しかし政権交代後もプロジェクトの継続が決まった。技術仕様では動力分散型が要求され、電車でありながら非電化区間も走行可能なバイ・モードという特殊な要件も要求されていた。このような車両が製造されるのは世界で初めてである。

現地での組立工場建設は、優先交渉権を獲得するための実質的な条件となった。500人規模の工場建設が検討されている。この工場建設には、為替リスク対応という側面もある。

IEPにおいて、日立は英国運輸省とも契約を結ぶものの、鉄道事業者から車両のリース料の名目で収入を得るスキームになっている。

 

○英国以外の欧州職への進出

考慮に入れている。かつて東欧では、ソフィア地下鉄に電機品を納入している。