小学生の科学に対する認識調査研究

 

 

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科

修士1年 81125449 山崎 智仁

 

佐賀県納所小学校調査レポート・認識調査レポート(201162日〜4日)

 

 

全体を俯瞰して

 

全体を通して感じたことは佐賀県多久市の豊富な自然という地域のコンテクストを大いに活かして学習を進め、生徒の「探究心・知的好奇心」を殺すことなく、大いに伸ばし、自分たちの地域に対する理解を深くしていたことである。豊富な自然の中でも電子白板を利用し、ITを大いに活かして教科の学習を行っていたこともまた印象的であった。

ただ、最も大きかったことは納所小学校特有の暖かさを感じたことだ。生徒はI先生の工夫と努力によって感性を大切されながら育ち、彼らは自らの探究心・知的好奇心によって様々なことに夢中になりながら学ぼうとする資質があるのだ。この資質は探究型学習の土台となり、生徒の可能性を大いに感じることができた。

 

1.        学習環境デザイン

 

(ア) 地域のコンテクスト

多久市は人口2万人の地域で豊富な自然に囲まれている。納所小学校の周辺には、ふたご山があり、その斜面ではびわの栽培が行われている。また、納所というのは、川と川が合流するときにできる三角州の様な地域を指し、水が豊富で大麦や稲の栽培が盛んである。

そうした自然を大いに活かして生活・総合の時間では様々な学習を行なっている。例えば、びわを取りに行くのを手伝いに行い、びわのプロモーション運動を他の街に行って行い、びわのジャムをつくることもする。また、田植え体験や、稲の収穫の体験もすることができる。豊富な自然を活かした体験をすることができ、地域コンテクストに恵まれている。

また、佐賀県も重要なコンテクストを持っている。日本初の理化学研究所(精練方)を設立したのは佐賀藩であり、日本の科学技術を引っ張ってきた。現在東京湾にある“お台場”に大砲を取り付けたのは佐賀藩であり、日本初の反射炉を建造し、明治期の日本を支えた。政治面ではかの早稲田大学を設立した大隈重信を輩出し、日本の最初の文部大臣、法務大臣、外務大臣、工部大臣(科学技術)は佐賀出身である。現在の東芝の創始者である田中久重も佐賀出身であり、日本の科学技術の中心地であったに違いない。

こうした佐賀県の“日本の科学の先陣を切ってきた”歴史的なコンテクストを大いに活かすことができるのも、佐賀県にある良い点である。

 

(イ) 学校内環境

校内の階段には“論語”カードが書かれている。常に眼に触れるところに少し意味の分かりづらい“論語”が書いてあることによって、生徒がふと目にしたときに意味を考えるキッカケにすることもできる。また、教室のいたるところに掲示物がなされていて、例えば「勉強はキツイけど好き、友達が好き、そう思える自分が好き」と書いてあり、辛楽しさが出ていたり、後ろの掲示物には、自分たちで考えた納所を紹介する川柳と自分たちの得意な点、不得意な点が書かれていて、自己と地域を振り返ったものとなっている。

 

(ウ) 授業デザイン

授業は、4,5年生の複合学級で、国語や算数では学年別に二つの教室を使っておこなっている。体育・音楽・外国語活動に関しては4,5年合同で行っている。

I先生が大切にしているのは、朝の会と終わりの会であった。朝の会では、まず口の体操(「あえいうえおあお」「かけきくけこかこ」と大きな声で言う)があり、その後朝の歌、リコーダーを吹く。また、スピーチタイムがあり、代表の生徒が自分の最近あったテーマについて話す。その後、生徒は皆メモして、そのメモを使ってとなりの生徒とディスカッションする。そして、最後にみんなで代表の生徒に意見や質問を話す。その中で、意見のかけあいが起こっていた。そして、日直が階段にある論語のカードを選び、紹介する“今日の論語”の時間では、みんなで論語を復唱する。

そして、終わりの会では、各々が今日一日で進歩したところ、今日一日でだめだったところをすべて吐き出し、生徒は帰っていった。

 

(エ) ITの可能性

納所小学校の授業で印象的だったのが電子白板の活用であった。もちろん黒板もありそちらの活用もあるのだが、ITによって教科の学習が行われていた。特に、漢字の学習が印象的で、漢字部首合成クイズでは生徒たちはノリノリでクイズを解いていった。

また、スキャンした教科書に線をかけることが大きく、“教科書の内容”を教えるにはITの力が大きく寄与すると考えられる。

今後、みんなでITを使って学習することも効果的かもしれないが、より効果的な方法として個別のタブレットやパソコンによる教科の学習が可能であると考えられる。個人の学習レベルにあわせた学習・正確なフィードバック・集計の容易さからITによって教科の学習の効率性を最も高めることができると考えられる。

 

2.        教師の関わり

 

(ア) 気付きを与える工夫〜待つ姿勢〜

I先生は、生徒から意見を引き出す為に“待つ姿勢”を持っている。これは市川先生にも共通していることであり、単に「漢字には意味がある」とすべて教えてしまうのではなく、「漢字には・・・?」と言い、答えを言いたそうな生徒(手を挙げている生徒)を指名し、意見を引き出す。教師が途中まで言えばよいというわけではないのだが、こうした工夫によって生徒の小さな意見や考える力を引き出しているのではないだろうか。

生徒が考えているということを敏感に察知し、その考えがまとまっていなくても水面から上に出てくるまで待つ、生徒を信じて待つということが教師の工夫として見ることができた。

 

 

(イ) 気付きを与える工夫〜学習のコーディネイト〜

総合的な学習の時間では、一般的な公立学校で行われている「ゴミを拾う」活動や「地域の事を調べる」ことを直接行わない工夫をしているということをI先生のインタビューによって得ることができた。

“生徒に問題を与える”のではなく、“生徒から問題を引き出す”工夫が必要とされているのだ。生徒から問題を引き出すことによって、生徒の当事者意識を活かすことができ、生徒が主体性をもって学ぶことができる。例えば、ゴミ拾いを行うにも、いきなりゴミ拾いを行うのではなく、まず「ゴミ拾い」を目的にするのではなく、「問題を発見」しに現場を見に行く。稲が育っている傍の用水路にゴミがたくさんおちている。「自分たちが食べる米が育つのに必要な水を供給する用水路にゴミが沢山あっていいのだろうか。」という問題を喚起することができる。そうした自分たちに関係してきているという当事者意識に火をつけることによって、生徒たちは腰まで水に使ってゴミを拾うようになったとI先生は述べていた。

当事者意識を喚起するための学習のコーディネイト、気付きのコーディネイトを行うことによって、生徒の主体性を引き出すことができる。

 

(ウ) 生徒を尊敬・尊重する教師

教師は生徒を尊敬・尊重している。教師は生徒に本気で向かい合い、生徒との関わりを持つ。それを大きく感じたのはI先生が赤い屋根の家の歌を歌った後にした話だ。I先生は父と生家のはなしをして、大人にするのと同じ話を子供達にもしていた。しかし、変に説教じみているわけではなく、自己の経験と感じたことを等々と述べていて、I先生が伝えたいことを述べていた。ただ教訓として生徒に与えるのではなく、一人の人間として同じ目線に立ち自己の経験とそれによって得た事を話していた。

 

(エ) 生徒を激励する教師

体育の時間、音楽の時間に教師は生徒を激励していた。ただ“美辞麗句を並べて褒めて終わり”というわけではなく“生徒を激励し、もっとできることを伝え”、“できたことを具体的にほめる”ことによって、生徒の自己効力感を高める工夫をしている。

自分がチャレンジし、出来たことを褒められ、さらにもっとできると励まされることによって、生徒の中で火がつき、もっとチャレンジしたくなってくる。こうしたサイクルをつくっていくことで生徒の探究心・知的好奇心を高めることができる。

 

3.        生徒の素養

 

(ア) 磨かれた感性・知的好奇心

生徒は豊富な自然の中で感性を磨いている。朝の口の体操、歌の時間から意味を考えるキッカケを与えられる論語の時間、音楽や体育ではチャレンジを重ね、算数や国語では夢中になって学習をしている。小学校に入学して元々持っている知的好奇心を殺すことなくさらに広げて行く教師の工夫、関わり、学習のデザインによってそうした生徒の磨かれた感性が表ににじみ出ている。

大人にも臆せず関わり、自分のことについて話そうとする子供達がそうした知的好奇心を大切にして育てられているということが強く伝わってきた。

体育の時間の一輪車では、先生の助けを借りずにチャレンジし続け、乗れなかった一輪車に乗れてしまったり、助けを借りながらも自分で試行錯誤して乗れるようになった生徒もいたほど、探究心・知的好奇心がチャレンジを加速させている。

 

(イ) 自と他の比較

こちらは、スピーチタイムの時に感じたことだが、社会相互作用の基礎となる他者の意見から自己の意見を対照化させ、際立たせる話し方をしていた。「〜くんはこう言っていたけれども、私はここはこう思う」といった言い方をしていた。また、他の人に「〜ということだよね?」という自分なりの解釈を入れ、その確認を行い、自分の意見はこうであると述べている生徒もいるほどであった。こうした他者との比較によって自己を際立たせることができるのも、朝の会の活動の成果といえよう。

 

(ウ) 市民性認識(Epistemology of Citizenship

生徒たちは市民性認識が鍛えられている。生徒たちは自分たちの住んでいる地域に誇りを持っている。これは、自己効力感、自信とも共通するところがあると考えられるが、生活・総合の時間によって絶えず地域の問題について考えぬくことで、自分たちの地域の理解を深め、自分たちの地域をより良くするにはどうすればいいか考え続けている。

自己効力感・自信の発達のその先にこうした市民性認識の発達があるのだろう。自分から始まり、自分のいる地域へと広がってゆくのだ。

また、こうした認識は他者の尊重へとつながり、異文化理解や外国語学習における広い力を発揮することができると考えられる。

 

 

4.        今後の可能性

 

(ア) 生徒の知的耐力・科学的認識を鍛える“探究”

生徒は探究のための素地である探究心・知的好奇心を日常から鍛えられている。よって探究型学習が最も効果を発揮する場であるのだ。生まれ持った探究心・知的好奇心を殺さず伸ばし続けることによって、探究型学習をより加速させ知的体力だけでなく、科学的認識までも伸ばすことができるのではないだろうか。

 

(イ) 市民性認識の発達

今回の調査で最も特記すべきだった事項は、“市民性認識”であった。自己効力感・自信とも繋がっているこの認識を鍛えることがどの様な影響を引き起こすのだろうか。

まず、外国語学習に置いて大きな効果を発揮すると考えられる。“使える”外国語をつけるためには、日本語と外国語との差異を理解している必要がある。こうした相互理解のための基板となるのが、自己の理解である。

自己をモデルとして相手を推測し、その一致点、差異点を分析することによって相手の理解を進めることができる。

こうした、市民性認識の発達は、自己効力感・自信の端を発し、次第と友人から地域へと広がっていく。拡張していく学習によって、市民性認識が発達すると考えられる。地域に根ざした学習を行っていくことによって、市民性認識が高度化され、他者への理解を進めることが出来る。

 

(ウ) Inquisive Teacher Information Technologyの可能性

探究する学習にはInquisive Teacherによって探究する素地を発達させる必要があるということが本調査での大きな発見である。探究する素地である知的好奇心・探究心を殺さず拡張するために、Inquisive Teacherは生徒を尊重し、生徒のチャレンジを激励し、生徒の小さな成功を見逃さず拾って祝福し、生徒の自己効力感を高める。また、学習には生徒が問題に気付くための仕掛けをして生徒の主体性を高め、当事者意識を持ったまま探究する、学びへと向かうことができるようにする。そして、Information Technologyによって、生徒の教科の学習の可能性が拓けていることも大きく印象的であった。クイズに夢中になる生徒は、私が受けてきた学校教育の教室とは一線を画すもので、Information Technologyによって、生徒の教科学習がより効率的に、高まっている。

 

5.        参考文献

 

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6.        謝辞

 

本研究では、佐賀県多久市立納所小学校、校長先生、I先生、生徒のみなさまには暖かく迎え入れていただきました。皆様には誠に感謝しております。また、指導教官である今井むつみ教授、いつも共に活動させていただいている東京コミュニティスクールの市川力先生にも厳しいご指導を頂き、誠にありがとうございます。協力していただいた皆様、支えてくれた両親、本研究に関わっていただいた皆様に感謝の意を表し、謝辞とかえさせていただきます。