スポーツ集団の印象を評価する尺度開発に関する研究

 A study on the scale development towards for impression of sport groups

 

   政策・メディア研究科 博士課程 

竹村りょうこ

 

問題と目的

 スポーツをすることでグループに所属し,人と関わる機会が増えるなど多様な経験から多くを学ぶことが可能となるが,スポーツ集団所属の意義はどのように捉えられているだろうか.アメリカでの調査において,両親に若年スポーツの価値を問うと,チームワーク,素直さ,フェアプレーなどの回答が大多数を占めるのに対し,「競争」や「勝利の重要性」を強化することが同スポーツの最大の特徴だと認識されている.運動部活動指導者の葛藤を取り上げた研究においても,教育的側面と競技的側面の二面性が,指導者が葛藤を感じる原因であると説明しているが,二者択一ではなく両者を重要とする必要性が述べられている.

実社会に目を向けると,2007年に文部科学省の中央教育審議会「学士過程教育の在り方に関する小委員会」は,大学卒業までに学生が最低限身につけなければならない能力を「学士力」と定義した.そこでは「コミュニケーションスキル」をはじめ,自然や社会的事象についてシンボルを活用して分析,理解し,表現することができる「数量的スキル」,多様な情報を適正に判断し,効果的に活用することができる「情報リテラシー」,「論理的思考力」,「問題解決力」,態度・志向性として「自己管理力」,「チームワーク」などを学士過程共通の指針として挙げている.また,経済産業省は,「組織や地域社会の中で多様な人々とともに仕事を行っていく上で必要な基礎的な能力」として,@前に踏み出す力,A考え抜く力,Bチームで働く力,からなる「社会人基礎力」を提唱している.「学士力」と「社会人基礎力」はどちらもチームでの関わりを重要視しており,教育場面においても,社会においても,集団や組織においての人材育成の必要性を説明しているといえる.

このような現状からも,多くの人が幼少期から若年期,青年期と所属するスポーツチームや運動部活動という集団での多様な経験から得られる価値を再度見直していくことは,スポーツ集団に所属する意義を説明することに繋がり,スポーツ集団に焦点をあてた研究の重要性がうかがえる.

本研究では,集団研究における尺度への新しい提案として,実際の運動部活動集団経験から得られた集団に対する印象(以下,「集団印象」と)に着目し,新たな尺度開発に取り組む.また,集団凝集性と集団効力感という集団のパフォーマンスに重要な役割を果たす29)両概念との関連性に着目することにより,所属するチームに対する印象の強まりがチームとしてまとまろうとする力やパフォーマンスに繋がることを実証し,集団の印象という観点の重要性を強調していく.研究の手順としては,まず予備調査によって集団の印象を評価する尺度項目を作成・選定する.次に,本調査を通じて尺度を構成し,その信頼性と妥当性を検証する.

 

予備調査

目的 大学運動部に所属する学生アスリートの集団の印象を評価する項目を,ブレーンストーミングと自由記述の回答を通じて収集・作成した後,予備調査の結果からそれらの項目を精選し,本調査で使用する項目を選定する.

方法

【調査対象】神奈川県内における,関東リーグ1部から6部に所属する3大学5チーム126名(男性84名・女性42名,4年生15名・3年生41名・2年生44名・1年生26名,平均年齢19.36±0.94歳)の学生である.競技種目はサッカー,テニス,ソフトテニス,卓球である.本研究では競技集団としての目標がより明確であると考えられる体育会所属運動部員を対象とし,同好会(サークル)に所属する学生は対象外とした.

【調査時期】 20099月から10月にかけて実施された.

手続き】 調査票の配布と回収は,運動部の指導者や主将,主務などの複数の実施協力者により行われた.それぞれ,集団実施または個別での調査実施後に返送してもらった.

結果と考察

自由記述の精選結果】 自由記述からは「とくになし」という回答を省き,得られた61の記述のカテゴリー分けを行った.その結果,「インターハイ出場」や「2部に昇格した」などの記述は「課題達成」,「ケガをしたが,多くのサポートにより復帰」,「ケガをした時のチームメイトの支えが心強かった」などの記述は「チームサポート経験」,「ミーティングを通じて信頼関係が深まる」といった記述は「チーム好感」というカテゴリーにそれぞれ分類された.印象には正負両面が含まれるが,得られた回答からは好意的なものが抽出され,「印象的な出来事」という教示からは正の側面に対しての回答が得られるという結果であった.

項目分析】 項目の平均値から回答の偏向と,I-T相関から全体と関連性が低い項目による検討の結果からは,該当する項目はみられなかった.項目間相関による検討では,「信頼感がある」と「一体感ある」,「居心地が良い存在」と「愛着がある」の項目間にそれぞれr=.70以上の正の値の相関係数がみられたため,片方の項目を除外した際のα係数の値の増減をもとに判断し,各々の組とも前者の項目を除外した.その他にも項目間相関によって3項目が除外された.

【因子の抽出】 項目分析を経た24の項目に対して探索的因子分析(主因子法・Promax回転)を実施した.この因子分析の仕様は後述の本調査においても同様とした.因子分析の結果からは,課題達成的側面,(例:集中力がある,常にチャレンジする)と,チームからのサポートやチームへの好感を表現する側面(例:安心感がある,誰に対しても平等である)といった,チーム経験から生まれた印象を表現する2因子が抽出された.因子のα係数は課題達成的側面からなる因子.92,チームへの好感を表現する因子.89という値であり,因子の内的一貫性は確保されていることが示された.自由記述調査と因子分析の結果が一致していることより,スポーツ集団の印象はおおよそ2つの側面からとらえられることが示唆された.

予備調査の結果から,所属するスポーツ集団の印象を,課題達成的側面とチームからのサポートによる好感を表現する側面からとらえ項目を再検討した.因子分析の結果を受けて28項目から14項目を採択,9項目を再検討または新規に作成し,最終的に計23項目のスポーツ集団の印象を測る項目が選定された.

 

本調査

目的 集団に所属する成員の持つスポーツ集団の印象を評価する尺度を構成し,その信頼性と妥当性を検証する.

方法

【調査対象】 関東地区11大学における関東学生リーグ1部から4部のチームに所属する603名(男性306名・女性297名,チーム種目13チーム322名・個人種目21チーム281名,平均年齢19.26±1.08歳)の学生である.男女,競技種目の比率は同等となるように努めた.また,競技レベルにおいては関東大学リーグと全国大会での順位を基準に,全国大会上位(13位)と関東リーグ1部校,関東リーグ23部校,関東リーグ4部以降という3つの層に分類し,それぞれがほぼ同等となるようにした.

【調査時期】 201010月から20111月にかけて実施された.

【手続き】 調査票を各調査協力校の指導者または主将,主務などに郵送し,一斉法による集団実施,または個別(個人)形式による実施の後に返送してもらった.また,調査対象者の負担を減らすために妥当性を検証するための項目群を2つに分け,ABという2種類の調査票を作成して調査を実施した(A回答者305名,B回答者298名)

【調査内容】 @とAの質問項目を対象者全員に実施した.調査票AにはBを,調査票BにはCの項目群が含まれている.

@   フェイスシート 性別,学年,種目,個人最高出場成績,現在のチームにおける

ポジション(レギュラー・ノンレギュラー・両方に該当),部活動での取り組み意欲,部活動への参加状況,主に指導を受けているチームの指導者について,それぞれ回答を求めた.

A   集団の印象を評価する項目 予備調査を通じて選定された集団の印象を評価する

23項目である.項目の評定は予備調査と同じ5段階の自己評定で行い,評定値が高いほどスポーツ集団の印象を強く抱いていると解釈される.

B   Group Environment Questionnaire 凝集性を評価する尺度としてCarron et al.

19)によって作成された集団環境質問紙である.項目の評定は9段階(1:強くそう思う,5:どちらともいえない,9:強くそう思わない)の自己評定によって行う(選択肢に名称が付くのは159のみ).評定値が高いとき,個人の持つ集団における課題的,社会的側面への魅力が高まり,課題的,社会的な側面での集団が統合される期待も高まると解釈される.

C集団効力感尺度(中学生版)集団効力感の定義などをもとに,本郷によって作成された,中学生の学級における集団効力感を測定する尺度である.大学生に実施するにあたって項目の内容を検討したところ特に問題はなく,ひらがな表記を漢字に置き換える修正のみ行った.項目の評定は5段階(1:そう思わない,2:あまりそう思わない,3:どちらともいえない,4:ややそう思う,5:そう思う)の自己評定によって行い,評定値が高いほど,お互いに支えあうことができること,集団が結束・協力することについての予測見込みが高いと解釈される.

結果と考察

【項目分析】 項目の平均値(1.54.5を基準)から回答の偏向を調べたところ,すべての項目は基準内の数値であった.また,I-T相関(r=.20以上を基準)においても,すべての項目が基準を満たしていた.

【因子の抽出】予備調査と自由記述の結果から18項目に対して因子数を「2」と指定した探索的因子分析を実施した.14項目に対して因子数2による探索的因子分析を再度実施したところ,各項目は.40以上の因子負荷量とともに1因子7項目からなる単純構造を示した.

【因子の命名】表1にあるように因子の命名を行った.第1因子は,チームでの課題達成に向かった印象を表す項目から構成されるため「チームパフォーマンス」とした.第2因子は,チームへの誇りや好感,愛着,チームメイトに対しての配慮を表す項目からなるため,「チーム調和」と命名した.

【適合度の検討】各指標からはGFI=.89,AGFI=.85,CFI=.92,RMSEA=.09という値が得られた.GFICFIとも適合が良いと判断されるのは.90以上のときであり,CFIは基準を満たし,GFIもほぼその基準を満たしていた.また,AGFIGFIから極端に値が低下することはなく,RMSEA.10以上の値とはならなかった.すべての指標から適合を支持する値が得られたため,本研究では1因子あたり7項目からなる2因子モデルを,尺度における因子構造として採用した.

【因子間相関】 2つの因子にはr=.71という強い正の値の相関関係が認められており(p<.001),因子分析において斜交回転を採用したことは妥当な判断であったといえる.強い正の相関関係を示したことから,2つの因子は関連性が強いものであるが,チームパフォーマンスとチーム調和という具体的側面の可視化が尺度としての有用性を高め,両者がチームの印象を構成する際に必要な要素であると理解を促すことができる.

【信頼性の検討】 α係数の値をもとに各因子の内的一貫性の検討を行った.その結果,「チームパフォーマンス」,「チーム調和」共に.89という値が得られ,各因子の内的一貫性は十分に確保されていることが示された.

【妥当性の検討】 尺度における2因子と,既存尺度との相関係数(r=.20以上を基準)から構成概念妥当性を検証した.まず,全ての因子とGEQとの間に相関関係が認められた.特に,「集団の課題的統合」との間にそれぞれr=.40以上の正の値の相関係数がみられ,チームとしての課題達成に向けたパフォーマンスと,チームが調和することへの印象が高いとき,集団として統合へ向かうことへの意識も高いと解釈できる.また,集団効力感尺度における「集団相互支援効力感」と「集団結束効力感」との間には,それぞれr=.50以上の中程度の正の値の相関係数が認められた.

全ての因子間においてr=.20以上の有意な正の値の相関係数が得られた.以上の結果,尺度全体と各下位尺度の構成概念妥当性はおおむね支持されたといえる.

なお,本研究では,所属する成員の持つスポーツ集団の印象を捉える本尺度を,「スポーツ集団印象評価尺度」と命名した.

 

総合的考察

 本研究では,現代のスポーツ集団を捉え,集団凝集性と集団効力感という集団のパフォーマンスに重要な役割を果たす29)両概念との関連性に着目し,新しい観点である,スポーツ集団の印象を測定する尺度の開発を目的とした.尺度によって評価されるスポーツ集団の印象と集団凝集性,集団効力感との間には,弱い,または中程度の正の相関関係が認められたことからも,集団の印象の高まりはチームのまとまりを生み出す可能性が示唆される結果となった.本尺度はデータへの適合もよく,尺度全体としておおむね満足できる信頼性・妥当性が確保されており,所属しているチームの印象を,課題達成的な側面と集団の調和に向けた側面から客観的に理解する上で役立つと考えられる.

集団という部活動と運動自体を継続していくことへの働きかけとして,集団と個人を繋ぐ手法の一つとして,本尺度をもとに集団の印象を継続的に調査することにより,チームとしてまとまろうとすることへと繋がる印象の増減を認識し,チームから離脱するといった兆候を把握することが可能になると考えられる.フィードバック手法として,各チームごとによる比較,またチーム内における個人の数値を可視化し,チームとしての位置づけと,チーム内での個々の位置づけを明らかにしていく.個人がチームを評価する困難さに対してのアプローチとして,また,個人を扱う評価尺度を併用しながら,チーム,個人に対して両側面から問題意識を提案することが可能になるといえよう.

今後の主な課題とまとめ

今後の課題として,抽出された各因子の安定性を再検査法によって検証していくことがあげられる.また,本尺度の中学・高校生などへの適用可能性を検討することで,各発達段階において形成される集団に対しての印象の特徴を明らかにすることが可能となるため,本研究の発展的な研究として今後取り組んでいく必要があると考えられる.

スポーツ集団は目標の明確な競技集団である.実社会に出た際の組織とも共通し,仲の良い者が集まった集団ではなく,多様な人と関わりながら目標を達成していくという過程の中で,チームメイトやチームに対しての配慮や好感が生まれ,チームの統合へと繋がる.運動部活動において,指導上の課題となる競技性と教育性の両面を兼ね備えた集団となるべく,その経過を把握する上で本尺度を活用していくことは,スポーツ集団に所属する価値を見出す機会となるであろう.