2012年度 森泰吉郎記念研究振興基金 研究者育成費
- 研究成果報告書
- 研究課題名:グローバル人材育成としての高校留学―効果の検証
- 政策・メディア研究科博士課程1年
- 岩本 綾
研究題目
- 国際化への対応策として短期あるいは長期の留学を推奨する高等学校は多く、政府もグローバル人材育成を目的に、海外留学する高校生の数を大幅に増加させる政策を議論している。高校生の留学は今後ますます盛んになるものと考えられ、留学生には外国語習得に加え、相互理解や価値創造力、社会貢献意識などさまざまな要素の獲得が期待されるものと思われる。一方で、高校留学の成果についてはこれまで研究が少なく、期待するような効果が高校留学にあるのかどうか、十分に検討されているとはいえない。特に、社会人となってから留学経験がどのようなインパクトを持つのかについては調査が乏しく、高校留学の長期的な意義を問ううえで解明が必要だといえる。そこで本研究は、高校留学経験が職業生活および社会とのかかわりにどのような影響を与えているのかを、高校交換留学経験者へのインタビューおよび質問紙調査の結果から明らかにする。本研究の目的は、高校留学の成果に関する実証的なデータを提供するとともに、交換留学プログラムの改善や中等教育における異言語異文化体験活動にも示唆を与えることにある。
- 研究の1年目にあたる2012年度は、文献調査および探索的な調査を実施し、研究課題の整理と研究方法の確定を行う。また、調査対象のフィールドを開拓し、研究体制を構築する。
2012年度研究活動
- 探索的な予備調査の実施・分析ののち、質問紙開発に向けたインタビュー調査を実施した。また、文献調査を継続して行った。
- 留学機関に対して調査協力を依頼し、受諾された。
- 2012年5月に、社団法人EIL-PIEEの協力のもと学習院大学の牛山さおりとともに、過去にドイツへの高校交換留学を経験した者に対して質問紙調査を行った。調査の概要は次の通りである。
対象:EIL-PIEE元留学生、他の留学団体の元留学生(姉妹校留学、個人留学は除く)
- 調査方法:紙媒体のアンケート送付、返送(EIL-PIEE元留学生のみ)
- ウェブ版アンケート
質問項目:41項目(回答は選択式、一部記述式)
- 回答期間:2012年5月8日〜5月22日
- 回答者の属性:
-
-
16−19歳 |
20−25歳 |
26-30歳 |
10名 |
28名 |
10名 |
-
高校生 |
大学生・院生 |
社会人(自由業) |
社会人(企業) |
6名 |
26名 |
8名 |
8名 |
-
- 回答の傾向:
- ・
留学経験をポジティブに評価している
- ・
留学経験が進路選択に影響を与えている
- ・
留学前後でドイツ語力は大きく伸び、その力は留学から年を経てもあまり失われていない
- ・
異文化に対して開かれた態度を持っている
- 文献調査
以下の文献から、先行研究や関連領域における研究動向を探った。
- 1.
異文化間教育学会『異文化間教育』
- 2.
留学生教育学会『留学生教育』
- 3.
JASSO『留学交流』
- 4.
山本志都(2011)『異文化間協働におけるコミュニケーション』ナカニシヤ出版
- 5.
Deardorff (ed.)(2009) The
SAGE Handbook of Intercultural Competence, Thousand Oaks, CA: SAGE
Publications, Inc.
- 6.
Jackson (ed.)(2012) The Routledge Handbook of Language and Intercultural
Communication, Milton Park, Abingdon, Oxon; New York, NY: Routledge.
-
インタビュー調査
- 2012年11月より、高校交換留学経験者および高校交換留学関係者を対象としたインタビュー調査を実施した。インタビュー調査の目的は、高校交換留学経験というテーマに接近すること、ならびに調査用質問紙を開発する際に参照する資料の収集である。
- 年度内に9名に対してインタビュー調査を実施した。分析結果は2013年度に発表を予定している。
学会活動等
- 以下の研究会で発表を行った。
- ドイツ語教育研究会第124回例会(2012年6月2日、Goethe-Institut
ドイツ文化センター<東京>)
-
発表要旨 jgg-kantou.org/?page_id=97
- 以下の国内学会や研究会・勉強会に参加し、最新の研究動向を調査するとともに、発表者や参加者と議論を行った。
- 異文化コミュニケーション学会第27回2012年度年次大会(2012年11月10日・11日、麗澤大学<千葉>)
留学および異文化コミュニケーションに関する研究の最新動向を調査した。
- 異文化間能力に関する勉強会(2012年12月15日、武蔵野大学<東京>)
- 異文化間能力に関する文献を読み、参加者と議論した。
- 東京大学中原研究室合宿EnCamp2013(2013年3月4日・5日、三浦半島)
- 学習研究および研究のあり方、研究方法について、参加者と議論した。
-
今後の課題
- 1年間の研究活動の成果として、以下の点が挙げられる。
- 高校交換留学経験に接近することができた。特に、留学した「個人」に直接アプローチすることにより、留学経験の生き生きとした実態に触れることができたように思う。インタビュー調査を通して、留学経験者にある程度共通する成果やそのもととなる経験があること、一方で環境や体験に関するさまざまな要因によって留学の影響は左右されている模様であることがわかった。今後、より多くの人の留学経験を調査し実証的な研究につなげていくにあたって、非常に多くの示唆を得た。このインタビューデータをもとに質問紙開発を行うことが当面の課題である。
- 学会活動等を通して、関連分野の研究動向を知ることができた。これらの活動は、高校留学の長期的意義の解明を目的とした場合の、留学経験をとらえるのにふさわしい学問的枠組みとは何かを探索するうえで、大変参考になった。特に、「人はどのように学ぶのか」を研究する学習科学の知見からは多くの示唆を得たので、今後も探求を続けたい。
- 高校交換留学を実施している機関から研究協力を得ることができた。今後の調査は協力を得ながら実施していく。密接に連携して、現在の高校生や学校現場、広く社会に還元できる研究を目指したい。
- 謝辞
- 1年間支援を受け、探索的な調査研究およびフィールド開拓を行うことができました。機会を与えてくださった森泰吉郎記念研究振興基金に心よりお礼申し上げます。