2012年度 森泰吉郎記念研究振興基金による研究助成
研究成果報告書

エネルギーハーベスト技術に関する研究 低温度差発電

慶應義塾大学 大学院 政策・メディア研究科 後期博士課程
山本 浩之 (yama[at]sfc.keio.ac.jp)

 本研究では、エネルギー・ハーベスト技術の実証実験として、温泉の源泉に湯気と水道水を使った低温度差発電装置を設置した。基金では、実験場や実験装置の温度分布を確認するために必要な赤外線カメラの購入費用の助成を受け、これを購入し役立てた。研究成果として、設置した発電装置により、アプリケーションとして4つの機器を常設稼動させることに成功し、また装置の改善点も見出した。

はじめに

 世界的な経済不況や天災によって、近年ではエネルギー問題への取り組みが盛んになっている。原油価格が世界情勢に与える影響や、大規模災害による生活インフラの破壊は、人類の日常生活や心の平穏をいとも簡単に脅かし、その復旧には長期に渡る苦難が強いられることを、皆が身をもって知った。
 また、オール電化などといった家庭でのエネルギーインフラの電力一本化や、電気自動車、更なる電子化、情報化社会のために、今後も電力需要が益々増えていくことは容易に予想できる。
 その上、CO2排出量の削減や核エネルギー使用の危険視、資源の枯渇等により、近年ではクリーンエネルギーの利用と実用化、そしてその安定供給が希求の技術となっている。

 太陽発電や風力発電など、身の回りのエネルギーを利用する技術を総称してエネルギー・ハーベスト(energy harvest)という。
 慶應義塾大学 環境情報学部 武藤佳恭研究室では、これまでにエネルギー・ハーベストに関する様々な製品を研究、開発してきた。駅の改札などで人が歩く振動を利用して発電する「発電床」や、温泉の排水の熱を利用した発電装置などがある。これらの装置は、実際にJR東京駅やベッセル神戸サッカースタジアム、静岡県熱海市の日航亭温泉などに導入されている。

 本研究では、温泉排熱による発電の応用として、温泉の源泉から溢れている湯気を利用した発電を行った。温泉水を使った発電はいくつかの例があるが、湯気を使った発電は世界初の試みである。今回は、この湯気発電の装置を実際に温泉施設に常設し、発電した電力で様々な電気機器を稼働させることに成功した。この取り組みは、多くのニュースや新聞、テレビ番組で取り上げられた。


(2012.9.17 NHK ニュース)

(2012.10.09 SBS イブニングeye)

 上記のほか、ワールドビジネスサテライト(テレビ東京 2012年10月5日)、News every(静岡第一テレビ 2012年10月5日)、NHK静岡放送ニュース(2012年10月5日)などで放送され、朝日新聞、読売新聞、中日新聞、静岡新聞などの新聞、及び各種メディアで紹介された。また、日本経済新聞、日刊工業新聞に掲載予定である。

要素技術

 発電の原理として、ゼーベック効果という現象を利用している。ゼーベック効果とは、半導体に熱の流れを与えると電力が発生する現象で、これを実現するためのゼーベック素子という電子部品がある。ゼーベック素子は板状の熱電素子で、片面に高温の熱源を、もう片面に低温の熱源を接触させると、その温度差から電力が生じる。温度差がある場合、熱は平衡になろうとするため、高温側から低温側への熱の移動が起こり、ゼーベック効果が発生する。ゼーベック素子などの熱電素子を用いた発電を、温度差発電と呼ぶ。とりわけ、数百度程度の温度差によるものを低温度差発電と呼ぶ。
 ゼーベック効果は、1821年に物理学者のThomas Johann Seebeckによって発見され、この効果を利用した発電は昔から試みられてきた。しかしながら、これまでは実用できるほどの電力を得ることができなかった。その原因の1つとして、熱源から素子へ熱を伝達する段階で、大部分の熱が損失してしまっていたことが挙げられる。

特色

 これに対して、本研究では、ヒートパイプを用いて熱を瞬時に伝達させることで、伝達時の熱の損失を大幅に少なくする方法を考案した。この方法によって、従来の温度差発電装置の約4倍の発電量を得ることに成功した。この成果から、様々な場面での排熱を温度差発電に利用して、電力を得ることができる可能性が生まれた。例えば、工場、自動車のエンジン、家庭のガス釜やガスコンロ、そして温泉などが発電所としても利用できる可能性がある。


(発電装置 概要図)

 ヒートパイプとは熱交換器などに使用される部材で、パイプに揮発性の作動液が真空封入されている。パイプが加熱された際には、作動液が蒸発し、蒸気が低温部へ移動すると同時に熱を伝達させる。その後、蒸気は凝縮して加熱部に戻る。パイプの内部は真空のため低気圧になっており、作動液は低い温度で蒸発して熱伝達を行う。また、真空中の気体分子は、理論的には音速に近い速度で移動するため、非常に高速で熱伝達できる。
 パイプの材質や作動液の種類は、使用環境や用途によって異なる。本研究で使用したヒートパイプは、直径10mm、長さ300mmの銅製のもので、作動液として純水を使っている。


(ヒートパイプ 原理図 参考:Wikipedia)

(銅製ヒートパイプ 写真)

実験

 本研究で発電装置を設置した場所は、静岡県熱海市にある日航亭大湯という温泉施設の源泉井戸で、この井戸から立ち昇っている湯気を熱源として発電を行った。また、発電装置の冷却として、近隣から水道水を給水した。
 今回の研究助成金で購入した赤外線カメラ Flir i7を用いて源泉井戸付近の温度を測定し、発電装置の設計に役立てた。測定結果から、湯気の温度は約100℃であることが分かった。また、付近の地表の温度が約40℃から70℃と高温であることが分かり、発電装置の低温部を維持するために、地表から熱が伝わらないように設計する必要性が判明した。その他、熱電素子までの熱伝達が効率良く行われているかなどを確認することができた。


(源泉井戸 写真)

(源泉井戸 写真)

(源泉井戸付近の温度分布)

(源泉井戸付近の温度分布)

 発電装置の構造は、熱電素子を取り付けた発電ユニットを中心として、高温側と低温側に分けられている。高温側では、源泉井戸の湯気から熱を得るためのヒートパイプをゼーベック素子へ接続している。低温側では、高温部からゼーベック素子を通過して反対側へ熱を逃がすためのヒートパイプが接続されており、このヒートパイプを水槽内へ引き込み、水道水で冷却して熱の移動を促している。
 発電ユニットでは、縦40mm、横40mmゼーベック素子1枚を熱電素子として用いており、これに高温側と低温側用のヒートパイプが接続されている。発電装置には、この発電ユニット5基を搭載している。
 発電装置はプロトタイプから改良を重ね、2012年7月にプロジェクトを開始して以来、2013年2月現在で第2世代目が稼働している。主な改良点としては、発電量の増加のために熱伝達の効率を向上させている。そのほか、冷却水用の水槽の水密性を向上させているほか、湯気に含まれる温泉成分よる装置の腐食への耐久性を向上させている。


(プロトタイプ1 写真)

(プロトタイプ1 写真)

(プロトタイプ2 写真)


(第1世代機 写真)

(第1世代機 写真)

(第1世代機 写真)

(第1世代機 写真)

(第1世代機 写真)


(第2世代機 写真)

(第2世代機 写真)

(第2世代機 写真)

(第2世代機 写真)

(第2世代機 写真)

(第2世代機 写真)

(第2世代機 写真)

(第2世代機 写真)

結果

 本研究における温泉の湯気を使った温度差発電では、高温の熱源として約100℃の湯気を、低温の熱源として約20℃の水道水を使った。この湯気が溢れ出ている源泉に、ゼーベック素子を使った発電ユニットを設置し、ここから得られる電力を使ったアプリケーションとして様々な電気機器を稼働させることに成功した。源泉の隣にある神社まで電線を引き、そこにLED照明、神社の音声案内用の音楽プレーヤとスピーカ、携帯電話用の充電ポスト、そして無線でインターネットに接続できるWifiルータを設置している。


(湯前神社 写真)

(アプリケーション 写真)

(案内板 写真)

(案内板 写真)

(音声案内用スピーカ、充電ポスト 写真)

(LED照明 写真)

(携帯電話の充電 写真)

(Wifi接続 写真)

 実験に関して、2012年10月の第1世代機設置から第2世代機への改修を経て現在まで、出力電圧をデータロガーで測定している。第1世代機では約15Wの発電に成功し、出力は概ね安定していたが、2012年12月14日に源泉井戸のメンテナンスに伴って発電装置を一時撤去した際に、装置の劣化によって再設置後の出力が不安定になった。2013年2月13日に第2世代機へ改修し、発電量は約25Wとなり約1.5倍に向上した。

出力電圧 (V)





 それぞれのアプリケーションの必要な電力量に応じて、全5基の発電ユニットの割り当て数を変えている。第1世代機では、スピーカ及び充電器とWifiルータともに2基の発電ユニットが必要であり、またWifiルータでは電力不足のため稼働が不安定なことが多かった。第2世代機では発電ユニットの個々の発電量が向上したことにより、スピーカ及び充電器が1基の発電ユニットで賄えるようになった。その結果、Wifiルータに3基の発電ユニットを割り当てることができ、稼働が安定した上、Wifiの接続可能範囲も大幅に広がった。


LED照明スピーカ、充電器Wifiルータ
第1世代機122
第2世代機113
(各アプリケーションの割り当て発電ユニット数)

課題

 本研究の課題として、まずは発電量の更なる向上に取り組む予定である。現状の第2世代機では、第1世代機と比べて発電量が向上し、目的とするアプリケーション機器の稼働も安定しているが、理論的にはまだ発電量向上の余地がある。改善点としては、熱伝達の効率を向上させることが挙げられる。具体的には、高温側ヒートパイプと熱電素子を接続する金具の構造を最適化し、金具が熱を貯めることによる熱伝達の損失を軽減させる。また、低温側ヒートパイプの水冷に関して、冷却水をかける距離や角度を最適化する。
 次に、湯気に含まれる温泉の成分による発電装置の腐食及び劣化について対策する予定である。第1世代機では2ヶ月ほどで装置の劣化が起こったことから、現状の第2世代機でも耐腐食性の工夫を凝らしているが、まだ素材の選定に見直しが必要な部分もある。


Copyright 2013 Hiroshi Yamamoto & Yoshiyasu Takefuji Laboratory