2012年度 森泰吉郎記念研究振興基金「研究者育成費」報告書

 

政策・メディア研究科 後期博士課程

米谷南海

 

1.研究課題名

地域ブロードバンド市場における設備競争進展の要因分析

 

2.研究の目的

本研究は、CATV事業者の地域ブロードバンド市場における設備競争事業者としての役割に注目し、CATVインターネット高加入率地域、すなわち地域ブロードバンド市場における設備競争が進展している地域を事例としたケーススタディーを実施することで、地域ブロードバンド市場における設備競争進展経緯および要因を考察するものである。特に、地域情報化政策が地域ブロードバンド市場やCATV事業者、インターネットユーザーに与える影響について、Public Private Partnership(PPP, 官民連携事業)の観点からの整理検討を試みた。

本研究の意義は、CATV事業者の地域メディアとしての役割を論じる一方で設備競争事業者としての役割については十分に言及にしてこなかったCATV研究や、地域情報化政策の設備競争事業者への影響に焦点を当てたケーススタディーがほとんど見られない地域情報化研究の手薄になっている分野を補完することにある。また、ケーススタディーを通じて、情報通信基盤整備の効率的手法として注目を集めるPPPの可能性と限界について新しい視座を与えることも期待される。

 

3. 研究の背景

1980年代における世界的な通信自由化の流れを受けて、1985年には日本の通信市場においても競争政策が導入された。それ以降、国内通信事業を独占していた日本電信電話公社と国際通信事業を独占していた国際電信電話がそれぞれ民営化され、電気通信事業法が施行されるなど、日本政府はブロードバンド市場における設備競争とサービス競争を推し進めてきた。しかし、依然として日本電信電話公社の後身である日本電信電話株式会社(NTT)の競争優位状態に変化はない。事業者間の競争を通じて料金の低廉化やサービスの高度化・多様化を促し、電気通信サービスの利用者利益を最大化するという競争政策の目的は必ずしも達成されていないといえよう。

ただし、筆者が20112月に実施した全国ウェブ・アンケート調査の結果、CATVインターネット加入率が全国平均を上回り、他地域と比べて設備競争が進展している地域の存在が明らかになった。そこで本研究では、その中でもCATVインターネット加入率が高かった三重県津市、富山県富山市、長崎県長崎市を事例地域として取り上げ、地域情報化政策が市場構造やCATV事業者、インターネットユーザーにどのような影響を与えたかという観点から、設備競争の進展要因について分析を行うこととした。

 

4. 本年度の研究活動

4-1. 活動報告

事例地域の地域情報化政策が地域ブロードバンド市場における設備競争に与えた影響について考察するにあたり、ヒアリング調査を行った。ヒアリング調査は、県庁情報課担当者と事例地域をサービスエリアとするCATV事業者を対象に実施し、情報通信基盤の整備手法、施策の推進要因、今後に向けた課題などについて話を伺った。三重県庁情報課担当者、株式会社ZTV、長崎県庁情報課担当者、株式会社長崎ケーブルメディアへのヒアリング調査は実施済みであったため、本年度は本研究者育成費を用いて富山県庁情報課担当者および株式会社富山ケーブルへの調査を実施した。前者に対しては地域情報化政策におけるCATV事業者の位置づけや情報通信基盤整備方法に関する設問を、後者に対しては、CATV事業者と地方自治体との連携事業の有無とその内容、今後の経営戦略に関する設問を設定した。

さらに、20123月には、事例地域のインターネットユーザーを対象としたウェブ・アンケート調査を行った。同ウェブ・アンケート調査は、2011年の全国ウェブ・アンケート調査に引き続き、総務省情報通信政策研究所との共同研究として実施されたもので、インターネットユーザーのCATVネットへの加入動機を明らかにする目的で行われたものである。ビデオリサーチ社の算出方法を参考にサンプル数を割り出し、三重県津市、富山県富山市、長崎県長崎市からそれぞれ50ずつの有効回答数を得ることができた

それらヒアリング調査とアンケート調査によって得られたデータを元に、政策立案上のCATV事業者の位置づけや意義に注目し、PPPという枠組みから各地域の情報化政策を整理した。

 その結果、過去に採用された地域情報化政策の内容や情報通信基盤整備の手法の違いによって、設備競争の進展経緯が異なることが明らかになった。県がCATV網整備の支援を行っていた地域では、CATV事業者が地方自治体とのPPPの経験を生かしながら、「地域密着型企業」として大手通信事業者に対抗していた。一方、県がCATV網整備を支援していなかった地域では、CATV事業者がより採算性の良いビジネスへと転換し、「低価格戦略に特化した企業」として大手通信事業者に対抗していた。本研究では、前者を「PPP活用モデル」、後者を「PPP未活用モデル」とし、地域ブロードバンド市場における設備競争進展モデルとに分類した。

 

4-2. 成果発表

本研究の成果を以下の学会及び国際会議で発表した。

►第29回情報通信学会大会 個人研究発表アーリーバードの部

(2012623日 於 国際教養大学)

International Telecommunication Society, The 19th ITS Biennial Conference 2012

  (20121120日 於Hotel Plaza Athenee Bangkok)

Pacific Telecommunications Council 2013

  (2012122日 於 Hilton Hawaiian Village Waikiki Beach Resort)

  O.S. Braunstein Prize (最優秀学生論文賞) 受賞

 

4-2. 今後の展望

本研究では、地域ブロードバンド市場における設備競争進展モデルとして「PPP活用モデル」と「PPP未活用モデル」を提示したが、より普遍性のあるモデルを構築するためには、より多くの事例地域を取り上げ、ケーススタディーを行う必要がある。その際には、多様な背景を抱える事例地域を扱うとともに、各地域における地域情報化政策の採用決定経緯や要因についても詳細に調査しなければならない。加えて、本研究では地域情報化政策の整理枠組みとしてPPPを用いたが、情報通信分野におけるPPPの意義についてさらに踏み込んだ検討を加えていくことも、研究課題の一つである。今後は本研究に国際比較の視点を取り入れるために、通信事業者によるブロードバンド市場の独占という日本と同様の市場課題を抱え、現在CATV事業者の設備競争事業者としての役割に期待が寄せられ始めている台湾での事例研究を行う予定である。

 

 

 

以   上