慶應義塾大学 政策・メディア研究科
森基金研究成果報告書

Surface Code 量子符号の静的ロス耐性

永山 翔太

ログイン名: ngym
政策・メディア研究科 後期博士課程1年


研究課題概要

本研究ではSurface Code Quantum Computation(SCQC:link)を利用する量子コンピュータにおいて,演算チップ製作時に不可避な,量子ビットとして利用できない素子が存在しても実現可能なSCQC拡張を模索している.通常は二次元格子点上に量子ビットが配置された演算装置の上で動くSCQCが、デバイス不良による欠落(静的ロス)が存在する二次元格子上でどの程度のエラー訂正能力を持ち、またどの程度のロス耐性を持つかについて研究する。静的ロスはこれまで見過ごされがちであったが、量子計算機を実現するにあたって無視できない工学的問題である。この研究の達成は量子計算機の実現性に大きく影響する。

本研究概要

SCQCでは複数の実在する量子を,エンタングルメントを利用して格子状にクラスタリングし,単一の論理的量子ビットを構成する.そして,複数の論理的量子ビットを利用して計算をおこなう.この際,量子に関わる三つの確率が論理的量子ビットのエラー訂正精度に影響する.一つ目は,yieldと呼ばれる,正常な量子素子の製造確率である.ここで,量子素子とは量子を格納するためのデバイスである.演算チップ上に量子素子を造る際には,不良品を作ってしまう可能性が存在する.この不良品を造ってしまう可能性は無視できるほどに低くはなく,現状ではチップ上での不良量子素子の発生を回避する事はできない.二つ目は,ゲートエラーレートである.量子に量子操作を加える際,量子に意図しない変化が生じる確率である.三つ目は,メモリエラーレートである.量子に保存されている情報が,保存されている単位時間中に意図せず変わってしまう確率である.一つの論理的量子ビットに多くの量子を利用すればするほど,エラー訂正の精度は向上する.しかしながら,一つの演算チップ上に配置できる量子素子の数には限りがあるため,多くの量子を用いて論理的量子ビットを構成すればするほど,利用可能な論理的量子ビットの数が減少していく.計算をおこなうためには論理的量子ビットが多いほうが有利だが,少ない量子で論理的量子ビットを符号することはエラー訂正に失敗する確率の上昇につながるため,ある量子計算を行うにあたり一つの論理的量子ビット構成にいくつの量子を用いるのが最適であるかと言う問題が発生する.

論理的量子ビットを構成するにあたり不良量子素子を避けて格子を作る事は可能であるが,これはエラー訂正の精度を下げてしまう.本研究では,静的ロスがある環境下におけるSCQCを構築し,どの程度のyieldにおいてどの程度の規模の量子計算を実行できるか研究をおこなっている.より具体的には,yieldと物理的ゲートエラーレート,物理的メモリエラーレートに対する符号化後の,論理的量子ビットにおけるメモリエラーの発生率をシミュレーションを利用して計算し,量子計算を実行可能な物理的エラーレートのしきい値を算出している.これにより,量子コンピュータを実装する際に必要な物理的要件が明らかになる.

本研究では前年度までに,二つのプログラムを作成した.

  1. 一つ目は,Defective lattice circuit makerで,不良量子素子の存在するチップ上でSCQCを実行する量子回路を作成するプログラムである.(プログラム1)
  2. 二つ目は,メルボルン大学が持つSCQCエラーレート計算プログラムで,上述した量子回路を実行するインタフェースプログラムである.(プログラム2)

この結果,前年度には,90%の量子素子が動作する量子演算チップでは,0.07%が物理エラーレートのしきい値であることが明らかとなった.

本年度の研究成果

本年度における本課題に対する成果は,成果を大きく改善する,仕様の改善と修正である.

まず,プログラム1において,SWAPゲートの数を最小化する最適化を実装した.SCQCは,エラー訂正を短い間隔で繰り返すことにより高いしきい値を達成している.SWAPゲートの数が多くなると一度のエラー訂正にかかるステップ数が増加するため,エラー訂正能力が低下し,しきい値も低くなる.本年度には,エラーシンドロームの収集方針に合わせてアルゴリズムを最適化し,SWAPゲートの数を最小化することで,より高いしきい値を達成できるようにした.

SCQCが期待されている理由の一つとして,必要なゲート操作が,nearest neighbor interactionのみであることが挙げられる.離れて配置された二つの量子間で二量子ゲートを実装する必要が無いため,スケーラビリティが確保されている.本研究では,この特徴を失わずに静的ロスに対処するため,静的ロスの周りでSWAPゲートを利用している.プログラム2において,エラー訂正の成否を確認するにはSWAPゲートによって各量子の持つ情報がどのように移動しているかを追跡する必要があったが,ソフトウェア仕様に挙げていなかった.これにより,静的ロス確率が高くなればなるほど,しきい値が低く算出されてしまう問題があった.本年度はこの問題を解決し,正確なしきい値を算出できるようにした.

現在は,以上の二点を反映したソフトウェアによるシミュレーションを行い,データを取得している最中である.


図:本研究において作成した,一つの論理的量子ビットを符合するSCQCを実行する量子回路の一例.図中の数字は実在する量子一つ一つに対応しており,9行9列の二次元格子点を順に表している.図中の40番の量子が静的ロスになっており,これは,格子のちょうど真ん中にある量子である.

対外発表

本年度には,三件の対外発表/訪問発表をおこなった.

  1. FIRST量子情報処理プロジェクトサマースクール (ポスター:link)
  2. Quantum Information via Statistical Mechanics (オーラル:link)
  3. JSPS 組織的な若手研究者等海外派遣プログラムによるGeorgia Institute of Technology滞在中における発表 (オーラル)
現在論文執筆中であり,New Journal of Physicsに投稿する予定である.