慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科

2012年度 森基金研究成果報告書

政策・メディア研究科 修士課程2

氏名 : 清水将矢 / 学籍番号 : 81124773

 

研究課題名

「気流解析のフィードバックによる空間計画手法の研究」

キーワード

1.気流解析 2.通風 3.フィードバック 4.空間計画 5.問題発見

 


背景


一昨年の東日本大震災以降、自然通風や日射を利用するパッシブ建築設計への関心が改めて高まっている。

パッシブ建築設計手法とは、その土地の風土や気候の特性を捉えながら、経験や知恵、勘を頼りに行い、

培ってきた建築設計手法の一つである。

一方近年では、物理的な自然現象と建築の形態の関係が、BIMやシミュレーション技術の発展によって、

スピーディーに低コストで可視化できるようになってきた。それは同時に、そうしたシミュレーションを、

デザイナーが設計プロセスにおいて直接扱えるようになってきたことといえる。

 

気流解析の実践による問題発見

本論文では、その中で風に特化して注目した。

そこでまず、気流解析を建築計画に活用する際の問題点を、気流解析の実践によって抽出しようと試みた。

1つ目は、BuildLiveChiba設計コンペによる、気流解析を用いた設計実践

2つ目はコルビュジェの設計したユニテ・ダビタシオンという集合住宅を対象とした

建具の操作のみによる室内通風環境操作の実験を行なった。

 

結果、BuildLiveChibaの実験からは4つの問題が明らかとなった。

1つ目は「広域モデルを用いた気流解析の非効率性」

2つ目は、「他の設計条件との両立性」

3つ目は「組合せ爆発問題」

4つ目は「要因発見の困難性」である。

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ユニテ・ダビタシオンの実験では、室内に通風環境のベースが確保できていれば、

建具の操作で風量や風速は微調整ができるということと同時に、風を活かすためには、

あらかじめ風の通り道を確保しておくことが重要であるということが明らかとなった。

 

仮説立案

ここから、気流解析手法を現象確認型と問題発見型の2つに分類できると考えた。

 

現象確認型の定義として、広範囲を含めた全体モデルでの解析を行うことが前提とする。

より現実に近い気流環境を知ることを理想とし一回の解析時間が長く、高スペックなコンピューターが必要となり、

気流現象の要因を知ることは困難という特徴がある。

問題発見型では、限定した範囲での部分モデルの解析を行うことが前提で、風の現象と形態の関係のみを知ることが目的であり、

解析の目的が明快である必要がある。一回の解析時間は短く、短期間で大量の結果を得ることが出来るため、

それらを比較することで、気流現象の要因と形態の関係を明らかにし易いという特徴がある。

 

以上から仮説として、問題発見型を用いれば、前の4つの問題が解決されるとした。

また、BuildLiveChibaでは、トップダウン式設計を行いながら全体として多様な空間を完成させながらも、

気流解析を上手く活用できなかったのに対し、ユニテでは、部屋単位として良好な通風環境を得ることは出来ても、

それを同じ方向に複数配列した全体プランとなっており、全体として多様な空間を両立することはできていない。

よって本論文では空間的に多様で快適なオフィス空間をつくるという命題を改めて設定した上で、問題発見型を用いることで、

優れた通風環境と空間的な多様性を得ることにも対応可能な手法であることを明らかにすることとした。

 

実験

以上を元に本論文では5つの実験を順番に行った。

5つの実験では、ボトムアップ式の設計を用いて、部分的な解析から得たルールを良好な通風環境を持った部分モデルへ反映させ、

更にそれをつないで大きくしていくルールを実験を通して見つけ、また連結モデルへ反映させる、という繰り返しを行なって、

最終的にコンペの敷地の大きさまで広げ、良好な通風環境を持った全体モデルを完成させることを目標とした。

 

名称未設定-6名称未設定-4

本実験5解析範囲本実験2解析範囲

 

その結果、コンペの敷地にまで広げた全体モデルで、窓の位置や開口率を操作しながら、

室内に快適通風域を広げることができたと同時に、各オフィスが他のオフィスに影響されずに風を調整できるプランとなった。

 

また、違う形状をした単体ユニットが集まったことで、通風性能を確保しながら、空間的な多様性を両立できた。

南北連結のルールを守ればユニットを置き換えることもでき、プランニングなどの他の設計条件を考慮しながらも、

室内に通風性能を確保できる手法であるといえる。

 

結論

 結論として、問題発見型を用いて、BuildLiveChibaで明らかとなった4つの問題に対応できたことが明らかとなった。 

また、良好な通風環境を持つ部分ユニットのBestを1つ選択するのでは無く、Betterなものを複数得るよう評価基準をゆるめたことで、

設計上の選択肢を増やすことのできる手法であるといえる。同時に、一つ一つの形状が異なる、部分ユニット同士を、

良好な通風性を確保したまま連結していけるルールを導けたことにより、空間的な多様性にも対応可能な手法であることが明らかとなった。

 

考察

最後に、問題発見型気流解析手法の大きな特徴として、デザイナーへの学習効果の促進が挙げられる。

問題発見型は、気流現象と空間の関係をtry & errorを繰り返しながら、設計へフィードバックする為の手法である。

つまり空間の気流現象を理解していく過程で、デザイナーの発見的な発想を広げる事にも貢献できると考えられる。

デザイナーが気流現象を学習しながらデザインする事が出来れば、そこでしか体験できないと思われてきた快適な気流体験を、

解析によって事前に狙いすまして設計できるようになり、その快適性が実証されていけば、新たな建築の価値観が生まれると共に、

人間にとってより快適な建築が増えることにも寄与する手法であると考える。