2012年度 森泰吉郎記念研究振興基金 成果報告書

布の構造を学習するためのキット“amune”のデザイン及び効果の検証

Design and Evaluation of the Kit “amune” for Learning the Structure of Fabric


小野寺 志乃 / 政策・メディア研究科 XD 山中デザイン研究室 修士課程2年





研究概要

造形活動の幅を広げる方法として、イメージの創出方法の習得や表現力の向上など様々ある。そのなかで、素材の性質について理解を深めることも、作品制作の手助けになるだけでなく、新たな視点を持たせるという点で大変有効であると考える。そこで今回本基金の支持を受け、布の構造をピース化し、それを自らの手で組み立てることでその性質を体感することのできる教育ツール“amune”を開発した。これを使い、仕組みからその素材の性質を学習することが、新たな視点を持つきっかけになることを目指す。





成果1:布の構造を抽象化した組み立てピース“amune”の開発

ワークショップの実施や図画工作科の授業見学などの観察調査から、性質の成り立ちを理解させることが素材教育において有効であると考えた。そこで、構造が目視可能であることや、性質を体感しやすいということから、本研究では“布”に着目した。布の構造であるループ状の目をピースとして抽出したものを自らの手で組み立てることで、構造による性質の違いを体感することのできる教育ツール“amune“を開発した。更に、観察調査の中で、大人自身の固定観念が子どもの創造性を妨げる一つの原因となっているのではないかと考えた。そこで、子どもに多大な影響を与える大人をメインターゲットとすることとした。

(amuneピース)

(amune組み立て例)


また、一般的に「布は繊維によって構成されており、その繊維の材質によって布の性質は変化している」と考えられがちである。もちろんそれも正しい認識ではあるが、「布はループ状の目によって構成されており、その組み合わせ方が布の性質を変化させている」という新たな認識を持たせたいと考えた。そこで、本研究ではループ状の目をピースとして抽出することで、構造そのものに目を向けやすくすることを狙った。




ユーザーテスト1


   
(第1回ユーザーテスト作品例(※参加者は全員20代))


第1回ユーザーテストでは、amuneが布の構造を抽象化したピースであることと、基本的な組み立て方のみを説明し、その後1時間自由に制作を行なってもらった。また、基本的な編み目のサンプルをいつでも見ることができるようにテーブル上に用意しておいた。
今回のユーザーテストを通じ、amuneの立ち位置を明確にする必要があると感じた。本研究の目指すところは、このピースを用いた創造性支援ではなく、素材教育の一環として布の構造を理解させることである。したがって、ユーザーがamuneを用いて基本的な編み目を組むことができるようにしなければならない。そこで、まずはピースの組み方を理解するための仕組みを検討する必要があると考えた。




成果2:組み立て練習のためのピースの開発

(表と裏で配色が異なるピース)

(目毎且つ裏表で配色が異なるピース)

(練習用作り目ピース)


組み立て練習用ピースとして、目によって色が異なるリバーシブルカラーのピースを制作した。通常のピースに比べ、リバーシブルカラーのピースのほうが、表目、裏目の使用位置が明確である。したがって、これを用いることにより、ピースの組み方をユ ーザーへ伝えやすくなるのではないかと考えた。




ユーザーテスト2


   
(第2回ユーザーテスト作品例(※参加者は全員20代))


前回のテスト時のユーザーに比べ、どのユーザーもスムーズにピースを組むことができていた。更に、その後の制作時間では、前回のテスト時のようにピースを編み目と関係のない自由なかたちに組んでいるユーザーは見られず、前につくった基本の編み目を用いるか、自分で新たに編み目を作るかという方法をとっていた。これは、テスト前半に編み目を繰り返し作らせたことが影響していると考えられる。
今回のテストを通じ、ピースの組み方を練習する際にリバーシブルカラーのピースの使用の有効性が認められた。ただし、それのみを使用するのではなく、その後に通常のピースで改めてピースの組み方を練習することも重要で、それにより知識を定着させやすくなると考えられる。




結論

本研究の目的は、仕組みからその素材の性質を学習させるという、新たな素材教育方法を提案することにある。そこで、amuneという布の構造を抽象化したピースを用い、それを組み替えることで性質の変化を体感することができるという教育ツールを開発した。これまで行なってきた展示発表やユーザーテストで見られたユーザーの反応は、以下の3つに大きく分類できる。

①布そのものに改めて向き合う
ピースで作ったサンプルの編み目を手にしたユーザーの多くが、自分の着用している衣服と見比べていた。また、サンプルを用いて編み目の名前と性質について説明をすると、「こんな編み目だからTシャツはよく伸びるんですね!」というような反応がよく見られた。更に、編み物経験者からも、「平編みはどうしていつもくるっと丸まちゃうんだろって思ってたんですけど、こういう目の並び方だからなんですね。」という声が聞かれた。

②布以外の素材に対して興味を持つ
amuneは布の中でも編物組織に着目しているという旨を伝えると、「それじゃあ織物はどうなっているんですか?」といった疑問を投げかけてきたユーザーや、ピースを組んでいる最中に「紙は繊維がバラバラだから破れるのか。」と発言したユーザーがいた。

③応用方法を提案する
多くのユーザーから、ピースで作ったサンプルの編み目を見て、この構造を医療分野や建築分野で応用してはどうかと提案されることがあった。この他、編み目の形状を用いて衣服をデザインしたいと話すユーザーもいた。

このように、ユーザーからの反応は様々であった。ユーザーテストの実施時間は1時間程度と大変短かったため、amuneを使用することによって、布の種類が全て分かるようになったであるとか、編み物ができるようになったなどといった明確な学習効果は確認することができなかった。しかしながら、上記のどの反応についても、素材に対して新たな視点を持った結果であると推測できることから、“仕組みから素材の性質を学習させる”という教育方法は、素材教育の一つのメソッドとして大変有効であると考えられる。




今後の課題と展望

本研究は、素材に対する新たな視点を持たせたいという考えが根底にある。そのために、まずはそのきっかけをつくることを目的とし、構造から布の性質を学習することのできるamuneを開発した。今回は、構造が目視可能であり、性質が体感しやすいなどという理由から布に着目した。この“仕組みから素材の性質を学習させる”をいう着眼点を応用し、布に限らず紙や木材等においても、マクロの視点とミクロの視点を両方用いた教育メソッドを開発することが可能となると考える。
しかし、本研究にはまだ教育ツールとしていくつかの課題がある。まず、現在はまだピースの使用方法を教えることができるのが筆者のみとなっていることが挙げられる。実際に多くの方に使ってもらうためには、教育用キットとしてのパッケージ化が必要である。そこで今後は、使用手順書やその他学習に必要なツール、パッケージについての制作を行なっていく。また、今回実施したユーザーテストは、amuneの使用時間はそれぞれ1時間のみであったため、その効果は一時的なものかもしれない。今後の課題として、長期的に使用した場合のユーザーの変化や、ピースの使われ方についても調査を実施する必要がある。そしてそれを通じて、より有効なamuneの使用方法について検討したいと考えている。