2012年度森泰吉郎記念研究振興基金研究成果報告書

政策・メディア研究科 修士課程2年 吉椿 薫 (81126049)
インタラクションデザインプロジェクト(IDP)

2012年度森泰吉郎記念研究振興資金を得て行なった研究活動について、以下の通りご報告します。

研究題目:
食材購入を支援するレシピ逐次提案型ショッピングカートシステムの試作と評価

【研究概要】

小売店において店舗利用者が商品情報を活用しながら,効率的な食材選択・献立決定を支援するショッピングカート型システム"ぴぴっとカート" を提案する.スーパーマーケットのような小売店利用は,日常的な食材購入が主な目的とされるが,買い物時において最も消費者を悩ませているのは「食事の献立決定」であることが明らかにされている.献立のイメージが曖昧な人や食事作りに消極的な人,多忙で献立検討に十分な時間が取れない人にとって,多様な陳列商品の中から適切なものを効率的に発見・選択するのは困難である.そこで,消費者がスーパーマーケットで利用する機会の多いショッピングカートに着目し,店舗内で食材を見ながら献立を決定するプロセスの支援方法を検討した上で,ショッピングカート型システムのプロトタイプを作製した.

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We have developed a smart shopping cart "Pipit Cart" which supports people's shopping activities at supermarkets for preparing meals. According to a survey in Japan, one of the most boring domestic chores is deciding the menu for dinner. Many people go to supermarkets without a clear idea of the meal, and get overwhelmed by a number of food materials. While shopping around in a supermarket, Pipit Cart helps reduce the burden of the users by showing information of food materials and suggesting meal ideas based on food stocks and nutrient balances.

【研究背景と目的】

日々の食卓に上る献立は,健康維持と豊かな食生活を営む上で重要なものである.しかし,献立を決めるプロセスには嗜好や栄養バランス,料理の組み合わせなど多くの配慮を伴い複雑な意思決定を要する.スーパーマーケットのような小売店利用は,日常的な食材購入が主な目的とされるが,買い物時において最も消費者を悩ませているのは「食事の献立決定」であることが明らかにされている[3]. 近年,手作り料理の減少,食の多様化や外部化の進展などにより,食生活の乱れを指摘する声もある[4][6]. 献立のイメージが曖昧な人や食事作りに消極的な人にとって,多くの陳列商品の中から適切なものを効率的に発見・選択するのは困難な作業となる.このような消費者に対し,食材購入過程において視覚的に分かりやすい食材情報の提示と,健康的な献立決定を継続的にサポートする環境づくりが求められる.

そこで,スーパーマーケットにおいて消費者が食材情報に手軽にアクセスでき,効率的な食材選択・献立決定を支援するショッピングカート型システム"ぴぴっとカート"を提案する.持ち運びの負担がないために機材を搭載して も移動しやすく,消費者がスーパーマーケットで利用する機会の多いショッピングカートに着目し,店舗内で食材を見ながら献立を決定するプロセスの支援を検討した.

【設計指針】

本システムは,ショッピングカート上の画面に献立候補となるレシピを絞り込みながら表示していく過程で,ユーザーに献立決定を促すことを目的として設計した.ショッピングカートには,バーコードリーダーとタブレット型情報端末を搭載する.端末の画面上には,食材に付与されたバーコードを読み取るごとに,その食材をリストアップし,価格とともに「買い物リスト」として表示する.また,読み取った食材を使用する料理のレシピ候補を「おすすめレシピ」として表示する.レシピ候補に料理の画像を併せて表示することで,調理意欲や食欲を視覚的に刺激する効果を狙った.さらに,不足している栄養素やそれを補うための食材を,産地や栄養価とともに「ヘルシー情報」として表示する.対象ユーザーは,家庭内において食事作りを担当する者とし,あらかじめ買い物メモを持たず,スーパーマーケットで実際に食材を見ながら献立を検討する場面を想定して設計した.パソコンなどの情報機器に不慣れなユーザーも使用することを想定し,バーコードの読み取りと画面へのタッチのみの操作で簡単に使用できるよう配慮した.

【実装】

ユーザーが操作する情報端末としてApple 社のiPad 2を採用し,自転車取り付け用のアタッチメントを介してショッピングカートに装着した.ここにiPad 用のCamera Connection Kit を経由してUSB タイプのバーコードリーダーを接続し,ハードウェアの実装とした.ソフトウェアはWeb アプリケーションとしてRuby on Rails を使用して実装した.Web サーバー側のデータベースに各種の食材のバーコードや価格や栄養価とWeb から収集したレシピを格納し,バーコードから食材の情報を,食材名からレシピをそれぞれ検索し,JSON 形式で結果を返すAPI を設計した.これにクライアント側のJavaScriptからアクセスし,ユーザーに情報を提示する.クライアント側では,バーコードリーダーの読み込みをキーボード入力として読み取り,このAPI を通して食材の情報を取得し,さらにその食材情報からレシピを取得する.画面表示は,レシピ,買い物リスト,栄養情報(ヘルシー情報)を3 カラムに振り分け,各カラムをタップすることで表示領域幅が広がり,詳細な情報を閲覧することができる.画面左のレシピ部分は材料のうち買い物リストに含まれているものが多いものほど上位になるようにソートを行ない,料理を強く印象づけるために写真を大きく表示するようにした.他の部分の詳細を閲覧している際にはレシピの写真が数秒ごとにランダムに切り替え表示される.

画面中央の食材情報部分ではバーコードリーダーで読み取った食材が表示され,合計金額や各食材の栄養価などを知ることができるほか,食材リスト上では気に入った食材への投票ボタンが用意され,消費者の目線から他人におすすめできる食材に対して投票することができる. 画面右の栄養情報部分では献立を決めるための人数の設定のほか,現在買い物リストの中に入っているものの中から不足している栄養素を補える食品を選定し,食材への投票数とともに表示することができる.

本研究で作製したショッピングカートシステム画像(別ウィンドウ表示)

【評価と考察】

慶應義塾大学SFC 安村研究室が主催したインタラクションデザイン展示会「つながり展」(2012 年9 月13~15 日開催,来場者数228 名)において,プロトタイプをデモ展示し,来場者に対してインフォーマルなインタビューを行なった.その結果を用いて,改善すべき点や追加すべ き機能について考察する.

レシピ情報

レシピ情報に関しては,色鮮やかなレシピ画像が次々に表示される点が,調理意欲と食欲が大いに刺激されると好評であった.バーコードの読み取りと同期した画面変化にも楽しさを感じるなど,肯定的な意見が大半を占めた.一方,提案システムが表示するレシピは主菜中心であったが,副菜提案への要望も強く,主菜よりも副菜選びに悩む人が多い可能性が示された.スーパーマーケットで買い物する際に,既にメイン料理や使う食材が決まっている場合も想定し,主菜・副菜を区別した表示方法や家庭内で余っている食材の登録など,レシピ提示方法に検討の余地がある.

食材情報

商品に貼付されている食品成分ラベルは,通常文字が小さく見にくいため,本システムの画面上で同様の情報を拡大して見たいとの意見があった.多くのユーザーがタブレット情報端末に対し,「自在に拡大・縮小ができるもの」「どこでも気軽に情報にアクセスできるもの」と認識していた.そのため,小さく見にくい食品成分や賞味期限などの表示を画面上で拡大して見たり,さらに生産者情報に関連付られたページにアクセスできるなど,タブレット端末が付与された本システムを利用することによって閲覧環境の拡張を求めていることが分かった.我々は,画面の拡大・縮小によって情報レイアウトが変化するとユーザービリティが低下すると考え,今回のプロトタイピングでは拡大・縮小ができない仕様としていたが,こうした需要を踏まえ,文字サイズを変更できる仕様も検討する必要がある.

栄養情報

健康に対する気遣いから,栄養素に配慮したい気持ちはあるものの,実際には特定の指標を持たずに献立を決めているユーザーが多かった.特に一人暮らしの場合には,栄養素を意識せずに食材を選ぶ傾向が見られたが,本システムを利用することによって食生活改善を指向するようになるとの声もあった.また,意識しなくても厚生労働省のガイドラインに見合った栄養素が摂れる提案や,疾病による食事制限があるユーザー向け提案など,より厳密な栄養管理に関する要望もあった.栄養情報は,ユーザーによって配慮すべき点が異なるため,対象ユーザーを特定した上で情報を表示する必要がある.

【関連研究】

ショッピングカートを発展させて小売店舗内の消費者を支援する手法は,ユーザーの嗜好に合った商品推薦システムや店内ナビゲーション,セルフレジなど,国内外において数多くの提案がなされている[8].こうした研究は,ユーザーの便宜のみならず,店舗にとっても棚卸作業の軽減化や機会損失の減少などの効果が期待できる提案である.ショッピングカートに係る提案で最も多いのが,店内ナビゲーションを基本としたユーザー支援である.

Blackらの買い物リストデータ内の商品への誘導システム[1],Kahl らのショッピングカードからユーザーID を読み込んでユーザー固有の情報を提供するシステム[2] などが提案されており,ナビゲーションはショッピングカートの特性を生かした支援として最も有効な方策といえる.さらに,ロボットによる支援についても検討されている.岩村ら[5] は,荷物運搬など物理的なサポートや,話し相手になって心理的なサポートを行う多機能な買物支援ロボットを提案している.また,冨沢ら[9] は遠隔操作によって店舗内の商品を手に取って眺め,バスケットの中に入れる 手法を提案し,日常生活におけるロボット活用の可能性を示している.しかし,高機能なロボットシステムは,店舗にとってコストが高く,ユーザーにも高い操作性が要求される可能性がある.そのため,店舗が導入・管理しやすく,ユーザーにとっても手軽で使いやすいシステム開発への期待は大きい.

一方,レシピ情報に着目した研究としては,農林水産省の「食事バランスガイド」[10] をベースとして,栄養摂取バランスを考慮した献立作成支援や食育に関する支援手法などが検討されている.苅米ら[7] は,栄養素等摂取バランスの取れた料理の組み合わせを生成する献立検索システムを提案している.また,廣瀬ら[4] は,スーパーマーケットにおける情報提供と食育イベント実施の有効性について述べている.レシピの参考媒体としてWeb が最も多く利用されていることからも[3],こうした手法が今後Web サービス化し,食材選択時にショッピングカート上の画面から自由なアクセスが可能になれば,支援の有効性がより高められると考えられる.そのためには,店舗内においても,食に関する情報を柔軟に閲覧・活用できる環境づくりが必要である.

【今後の展望】

予備調査で明らかになった課題を改善し,さらにスーパーマーケットにおけるエスノグラフィーやユーザー実験を取り入れながら,機能を拡張していく予定である.今後は,決定レシピの持ち帰りや買い物リスト作成支援,ポイント管理など,自宅のパソコンやスマートフォンとの連携などの追加機能を検討する.継続的かつ長期的なシステム利用を視野に入れ,蓄積された顧客データ(購買履歴,レシピ採用履歴など)を活用して,ユーザー固有の健康的な食材やレシピを提案したり,自宅内の食材在庫管理などに応用していく.また,対象ユーザーについても明確化する必要がある.子どもの発育に配慮する保護者,独居者,健康維持を気遣う高齢者,疾病による食事制限のあるユーザーなど,ユーザー像を設定した上で効率的かつ有効な食材選択・献立決定の支援方法についても検討を行なう.

【今後の展望】

予備調査で明らかになった課題を改善し,さらにスーパーマーケットにおけるエスノグラフィーやユーザー実験を取り入れながら,機能を拡張していく予定である.今後は,決定レシピの持ち帰りや買い物リスト作成支援,ポイント管理など,自宅のパソコンやスマートフォンとの連携などの追加機能を検討する.継続的かつ長期的なシステム利用を視野に入れ,蓄積された顧客データ(購買履歴,レシピ採用履歴など)を活用して,ユーザー固有の健康的な食材やレシピを提案したり,自宅内の食材在庫管理などに応用していく.また,対象ユーザーについても明確化する必要がある.子どもの発育に配慮する保護者,独居者,健康維持を気遣う高齢者,疾病による食事制限のあるユーザーなど,ユーザー像を設定した上で効率的かつ有効な食材選択・献立決定の支援方法についても検討を行なう.

【おわりに】

本稿では,ショッピングカート上の画面に,レシピ,買い物リスト,栄養情報などの情報を提示し,ユーザーの食材選択と献立決定を支援する手法を提案した.ユーザーが食材のバーコードを読み取りながら,食材情報やレシピ候補を取得できるショッピングカート型システム"ぴぴっとカート" の試作を行なった.文字や画像が小さくて見にくいなどユーザビリティに課題はあるものの,バーコードを読み取るごとに画面上のレシピ画像が変化する様子が,ユーザーの調理意欲や食欲の増進,食材購入の楽しさにつながった.ショッピングカートを媒介することによって,顧客と商品との間に献立支援のインタラクションが生まれ,これまでの食品貯蔵庫的な役割であったスーパーマーケットに,レシピ付き食材購入の場としての新たな価値を引き出すことができると考える.

参考文献

[1] Darren Black, Nils Jakob Clemmensen, Mikael B. Skov:Supporting the Supermarket Shopping Experience through a Context-Aware Shopping Trolly,OZCHI '09 Proceedings of the 21st Annual Conference of the Aus-tralian Computer-Human Interaction Special Interest Group: Design: Open 24/7, 33-40 (1993).
[2] Gerrit Kahl, L¨ubomira Spassova, Johannes Sch¨oning, Sven Gehring, Antonio Kr¨uger: IRL SmartCart: a useradaptive context-aware interface for shopping assistance, IUI '11 Proceedings of the 16th international conference on Intelligent user interfaces, 359-362 (2011).
[3] マークスJP 自主調査DATA BANK第12 回自主調査調査結果,入手先 ⟨http://www.markth.jp/omni/12omni/0905omni02.html.
[4] 廣瀬美咲, 鶴田陽子, 田中恵美, 梅木陽子, 早渕仁美:スーパーマーケットにおける食事バランスガイドを活用した食育―男女別にみた食意識・食行動の変容―,榮養 學雑誌69(6), 335-342 (2011).
[5] 岩村大和,塩見昌裕,神田崇行,石黒浩,萩田紀博: 高 齢者の買物支援を行うロボットにおける雑談と外観の効 果, 情報処理学会シンポジウム論文集(3), 147-154 (2011).
[6] 貝沼やす子, 江間章子: 日常の献立作りの実態に関す る調査研究(第1 報),日本調理科学会誌30(4), 364-371 (1997).
[7] 苅米志帆乃,藤井敦: 栄養素等摂取バランスを考慮し た料理レシピ検索システム,電子情報通信学会論文誌D Vol.J92-D, 975-983 (2009).
[8] 加藤小也香: 特集2 スーパーを変える最新テクノロジー, 日経食品マーケット(7), 日経BP 社, 41-49 (2004).
[9] 冨沢哲雄,大矢晃久,油田信一,大場光太郎: スーパー マーケットでショッピングするための遠隔ロボットシス テム,ロボティクス・メカトロニクス講演会講演概要集 2007, 2P1-I06(1)-2P1-I06(3) (2007).
[10] 農林水産省:食事バランスガイド,入手先 ⟨http://www.maff.go.jp/j/balance⟩ guide/html.

本研究に関する発表

つながり展 ―むすんで拓くインタラクション―
会期:2012年9月13日~15日 会場:来往舎(慶應義塾大学日吉キャンパス)
主催:慶應義塾大学インタラクションデザインラボ

Open Research Forum 2012
会期:2012年11月22日~23日 会場:東京ミッドタウン
主催:慶應義塾大学SFC

インタラクション2013
吉椿 薫, 山本伶, 安村通晃, "ぴぴっとカート: レシピ提案型ショッピングカートシステム"
会期:2013年2月28日~3月2日 会場:日本科学未来館(東京)
主催:情報処理学会 ヒューマンコンピュータインタラクション研究会(HCI)他

以上