教材・体験・学習者間の動的関連付け教材配信による体験連動型e-Learningシステム

2013年2月22日
加嵜 長門
慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 修士課程

1. 研究概要

本研究の目的は,近年急速に増加する電子教材を,学習者の興味・関心,および,日常生活における様々な体験と動的に関連付け,学習者自らの体験に即して実践的に身に付ける知識を学習者に自動配信する体験連動型e-Learningシステムを設計・構築することである.本研究で構築するシステムの特徴は,学習者の興味・関心をコンテクストとして,教材と学習者の体験との意味的な相関量を動的に計量する点である.本システムは,この動的な相関量計算により,今まで教材カリキュラムにおいて扱いきれなかった様々な日常生活の体験を対象とした実践的学習を可能とする.さらに,学習者の興味・関心をコンテクストとすることにより,学習の個人化を実現し,学習意欲の維持・学習効果の向上を実現する.


図1.3つのオブジェクト(体験,教材,学習者)の意味的関連性を動的に計量

本年度の研究においては,位置情報に基づくソーシャル・ネットワーク・サービスである Foursquare との連携により,全世界の地域を対象とする教材配信システムを実装し,提案方式の実働システムを提供した.さらに,教材配信の個人化や精度向上のための Adaptation モデルを設計し,1件の国際学会(モバイル分野)および1件の国内学会(教育分野)において研究発表をおこなった.

2. システム概要

本システムは,体験,および,教材のメタデータをそれぞれ独立した計量ベクトル空間上のメタデータベクトルとして定義する.さらに,両者の計量ベクトル空間の関連性を定義した相関マトリクスを学習者の特徴に応じて設定し,この個人化相関マトリクスを用いて異なる計量空間上のベクトル間の相関量計量をおこなう「ハイブリッド計量ベクトル空間」を提案する.ハイブリッド計量ベクトル空間においては,異なる空間上のメタデータベクトル間の相関量を計量するために,相関マトリクスを用いた行列積により場面メタデータベクトルを教材メタデータベクトルの次元に写像する.この相関マトリクスは,場面特徴語と教材特徴語との相関の値を定義したマトリクスであり,例えば「野球場」という場面は「EL DEPORTE(スポーツ)」という教材カテゴリに変換され,「地下鉄」という場面は「LA ESTACION(駅)」という教材カテゴリに変換される.


図2.異種メタデータベクトル間の変換

本研究において実装した体験連動型教材配信システムの利用プロセスは以下のとおりである.まず本システムは,学習者の位置情報を用いて周囲の場所を検索し,学習者の状況の候補をランキング形式で提供する.学習者は,この状況のリストから適切な状況を選択する.この状況認識のプロセスに学習者による評価を加えることにより,教材配信の精度を向上させている.本システムは,選択された状況をクエリとして,あらかじめ設定された学習者の興味・関心や学習進度などの特徴に基づいて各教材の関連性を計量し,その値順にランキングして教材を配信する.学習者は,ランキングされた教材から適切なものを選択し,日常生活における体験と関連付けながら学習することができる.


図3.位置情報に基づく体験連動型教材配信プロセス

本学期における研究として,異種メタデータベクトル間の変換を行うための相関マトリクスの生成プロセスについて考察し,具体的な相関マトリクスを作成した.本システムは,この相関マトリクスを学習者ごとに設定し,配信される教材の個人化を実現する.そのために,デフォルトとして使用する汎用的な基本相関マトリクスをあらかじめ設定しておき,これを学習者の特徴に応じて必要な部分だけ修正し,個人化相関マトリクスを設定する.この基本相関マトリクスにより,学習者は最低限の労力で教材配信の個人化をおこなうことができる.本研究では,汎用的に利用できる基本相関マトリクスを作成するために,20代前半から50代後半までの男女21名を対象としたWebアンケートをおこない,本マトリクスを作成した.このアンケートでは,教材特徴語と場面特徴語との組み合わせにおける関連性を,ある/なしの二択により評価してもらい,その評価値の平均値を本マトリクスの値として設定した.以上の調査により設定した基本相関マトリクスのデータ例を図4示す.赤い四角の大きな部分ほど強い関連性が設定されており,例えば「野球場」と「EL DEPORTE(スポーツ)」「VER UN PARTIDO(試合観戦)」や,「カフェテリア」と「LA COMIDA(食べ物)」などが強い関連性として設定されている.


図4.基本相関マトリクス設定データ例

3. 評価実験

本システムの教材配信精度の評価実験として,この基本相関マトリクスを用いた教材配信結果の評価をおこなった.まず,ランダムに50個の場面をクエリとして生成し,そのクエリに対して基本相関マトリクスを用いて関連性を計量した教材のランキングを,同様にWebアンケートを用いて評価した.一つのランキングに対して5名の評価者を募り,評価の合計値をその教材の関連度として,ランキングのNDCGを評価した.このNDCGは,段階的な関連度の値を評価でき,ランキングにおける上位の関連度に重みをつけて評価できるという特徴があるため,今回の評価基準として採用している.

図5に,教材配信ランキングの関連度評価作業のプレビュー画面を示す.この例では,映画館に対する教材ランキングが示されており,それぞれの教材に対して,全く関連がない,あまり関連がない,どちらとも言えない,関連がある,とても関連がある,の5段階で評価してもらった.


図5.配信教材ランキングの関連度評価作業プレビュー画面

表1に示す実験結果では,「銀行」の場面における教材配信の例を示しており,教材側に「BANCO(銀行)」のカテゴリがあらかじめあったのも影響し,上位9件まで高い関連度の教材が配信された.

表1.配信教材ランキングの評価結果例1「銀行/金融」

表2の「パン屋」の場面における教材配信実験結果例については,直接パンに関連する教材が入っていなかったものの,料理に関連する教材が上位にランキングされ,ある程度有効な教材が配信されていると考えられる.

表2.配信教材ランキングの評価結果例2「パン屋」

基本相関マトリクスによる教材配信実験の結果として,50件の検索クエリに対するNDCGの平均値として0.763という値を得た.これにより,本研究において作成した基本相関マトリクスにより,学習者の体験に関連する教材の自動配信システムの有効性を確認した.

4. 本年度の研究成果

本年度の研究成果として,1件の国際学会と1件の国内学会発表をおこない,これまでの成果を修士論文としてまとめた.