森基金研究成果報告書(作成:2013/02/27)
小野塚亮 (Onozuka Ryo)
慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 修士課程
r.onozka [at] gmail.com
政治家がソーシャルメディアを用いて情報発信することで、政治家は新たな影響力を獲得することはできるのか。すなわち、ソーシャルメディアのメディア特性を通じて政治家の情報発信が伝播することは、これまでその政治家に関心のなかった市民の情報環境に偶発的な情報流入を生じさせるのか、それとも、もともとその政治家に関心のある同質的な市民の間でのみ情報が流通するようになり、集団分極化を導くのか。
本研究はこれを明らかにするために、ソーシャルメディアであるTwitterを利用して情報発信を行う国会議員(以下、Twitter議員と表記)214名のツイート228,007件を用いた定量分析を行う。具体的な観察対象は各Twitter議員のエゴネットワークにおける市民との双方向性と伝播力という2つの形式のコミュニケーションである。228,007件のツイートは、2012年1月14日から遡って国会議員一人あたり最大3,200件をTwitter API1を用いて取得したものである。
この分析の結果、本研究は集団分極化の発生とその要因を定量的に明らかにすることに成功した。集団分極化とは、集団で討論することで、他者の意見に歩み寄るよりは、もともと持っていた意見の延長線上にある極論へシフトする可能性が大きくなる現象である(Sunstein, 2001)。つまり、同質的なエゴネットワークでは情報の持つバイアスが大きくなり、そのネットワークに属さないメンバーにとっては価値のない情報が生産されるようになるということである。この結果、異なる対人ネットワークの間での情報流通が抑制されてしまう。これは、異なる意見を持つ市民間での情報流通が抑制されることを意味し、この結果、同質的な趣味・嗜好、思想を有する集団が分極化し、対話の可能性が失われるという民主主義にとっての危険性が示唆されてきた(Sunstein, 2001)。さらに悪いことに、サンスティーン(2012)は国会議員は同じグループに属する議員や有権者に好意的な印象を与えることの重要性から集団分極化の影響を受けやすいという可能性を述べている。
この問題に対して以下の4点が明らかになった。それは、(1)双方向性も伝播力も低く、市民とコミュニケーションをほとんど行うことができていないTwitter議員が全体の53.1%を占めること、(2)Twitterにおけるコミュニケーションのうち双方向性のみが高い18.8%のTwitter議員に集団分極化の傾向があること、(3)伝播力のみが高い16.4%のTwitter議員の持つ影響力は既存の影響力の範囲を出ないこと、(4)双方向性も伝播力も高い11.7%のTwitter議員のみがTwitter上で新たなネットワークをつなげ、脱極化を実現している、というものだ。そしてこの結果から「ソーシャルメディアは政治家を雄弁にした」とは言えないという結論が導かれた。
以下の節では、ソーシャルメディアであるTwitterのメディア特性とTwitterにおける2種類のコミュニケーションを定義する。続いて、Twitter議員と市民との間にどの程度のコミュニケーションが発生しているのかを2種類のコミュニケーション率の高低から4つの類型に整理する。そして、集団分極化の発生とその要因を明らかにするための指標を作成し、時系列分析と対数線形モデルを用いた重回帰分析結果からこれを明らかにする。
本節では、ソーシャルメディアであるTwitterのメディア特性を整理する。メディア特性とは、情報の経路をどのようにするかを決定するもので、情報量、情報属性の多様性、双方向性、同期性という4変数を持つ。
Twitterのメディア特性はツイートステータスに表現されている。ツイートステータスとは、一件のツイートをした際に送信される情報である。この内容は「キー:値」という構造になっている。情報量という観点からは、ツイート本文(textキー)に140字以内という字数制限があることが特徴的だ。この字数制限が情報発信の物理的、心理的コストを下げ、ブログなどに比べてはるかに多い回数の情報発信を可能にしている。さらに発信されたツイートステータスはcreated_atキーから計算された「3秒前」といったタイムスタンプとともに即時にフォロワーのタイムラインに反映される。この2つの特徴により、Twitterはリアルタイム性の高いメディアとなっている。
情報属性の多様性については、ツイートステータスにみられるように多様な情報が含まれている。匿名性の観点からは、すべてのツイートステータスにユーザー情報(userキー)が紐付いており、2ちゃんねるといった掲示板サイトと異なり、Twitterを利用するユーザーにはリンク可能性1がある。ここから、Twitterの属人性の強さが生み出されていると考えられる。
このリアルタイム性と属人性の強さによって、user_mentionsキーが実現するユーザー間のやりとり(メンション)も、メールやブログへのコメントなどに比べて低いコストと高い同期性を可能にしている。Twitterは高い双方向性を有するメディアと言える。
また、followingキーに見られるように、Twitterはフォロー・フォローされるという二方向のネットワークを構築できる。各ユーザーの一次ネットワークの次数はfriends_countキー、followers_countキーによって確認できる。この特徴により、Twitterの可能にする情報流通はネットワーク外部性を持つ。そのために、RTは単なる情報の転送という意味を超えて、強い伝播力を実現している。
以上をまとめると、Twitterは(1)リアルタイム性、(2)属人性の強さ、(3)高い双方向性、(4)強い伝播力というメディア特性を有していると言える。このうち本研究では、(3)高い双方向性と(4)強い伝播力の2つのメディア特性と、それを生み出すメンションとRTの2つの機能を重視する。これはこの2つが本研究の主題であるTwitter上のコミュニケーションを実現していると捉えられるからだ。すなわち、本研究はコミュニケーションを、情報の「『発信源から到達点へ』の流れの過程」(安田, 1997, p.150)の連鎖という意味で用いており、双方向性と伝播力を生み出すメンションとRTには、情報の到達点が新たに情報源になるというこの連鎖が存在するということである。また、メンションとRTについて、ツイートステータスの情報属性から以下のように定義する。まず、RTを、retweeted_statusキーがあるツイートと定義する。そして、メンションを、entitiesキーのうちuser_mentionsキーに値があるツイートと定義する。したがって、ユーザーが「RT @ユーザー名」と記述してツイートする非公式RTはRTではなく引用付きメンションとしてメンションの一種類に分類されることになる。
本節では、政治家と市民という異質なノード間のコミュニケーションがどの程度発生しているかを明らかにする。これは、そのコミュニケーションが既存のメディアの特性の延長線上で捉えられるものに過ぎないのかどうかという問題に対応している。
このような問題意識のもと、Twitter議員たちと市民とのコミュニケーションを実現するTwitterの2つのメディア特性である、双方向性と伝播力の観点からの分析を行った。Twitter APIを利用し、Twitterを使う議員214名のツイート228,007件を取得した。その上で、双方向性の指標としてメンション率、伝播力の指標としてRT率を採用して分析した。
メンション率とは、各Twitter議員のすべてのツイートのうち、ツイートにメンションという「@ユーザー名」という記法を含む、ユーザーと会話していることを表すツイートの割合である。また、各Twitter議員のツイートが他のユーザーによってRTされた回数が5回よりも大きい場合に一定の伝播力を持ったものと判断し、ある議員のすべてのツイートに占める5回以上公式RTされたツイートの割合をRT率とした。このメンション率とRT率の2変数を用い、各Twitter議員をK平均法に基づき9つのクラスターに分類した。本研究では、この9つのクラスターの差異ではなく、全体像をつかむことに注力し、これを4つの類型に整理した。以下はその4つの類型とその概要である。
(1)第一類型「双方向性が高く、伝播力も高い議員」(11.7%):双方向性、伝播力ともに高く、Twitterのメディア特性を活かした情報発信を行なっているといえる。言い換えると、これまでのメディアとは異なる新しい仕方で、市民とのコミュニケーションを行なっている議員たちである。また、この類型は、フォロワー数11,872.7人、リアルタイム性(一日あたりツイート数)2.627回、フォロー数609.90人であり、いずれも高い程度の値である。
(2)第二類型「双方向性が低く、伝播力が高い議員」(16.7%):双方向性を活かしているとはいえず、市民とのコミュニケーションには積極的ではないが、伝播力は高いことが特徴である。伝播力の高さから、彼のツイートを受信した市民がその情報を彼のフォロワーに転送したくなるだけの価値を持つ情報発信を行なっていると考えられる。言い換えると、この類型のTwitter議員の情報発信は既存メディアの延長線上を出ないものであることが示唆される。フォロワー数は8374.9人で第一類型と同程度に高いが、リアルタイム性(一日あたりツイート数)は0.866回と中程度、フォロー数は86.40人と低程度である。
(3)第三類型「双方向性が高く、伝播力が低い議員」(18.8%):双方向性を活かした市民とのコミュニケーションに対しては積極的であるものの、伝播力を持つ情報は発信していない。換言すると、市民が彼のフォロワーに転送したくなるほどの価値がある情報は発信していないが、市民とTwitterを介してつながりを求める傾向を見出すことができる。これは、この類型が、フォロワー数は4109.27人と低程度だが、リアルタイム性(一日あたりツイート数)は1.856回と高程度、フォロー数も471.54人と高程度であることからも伺える特徴である。彼らはTwitterのメディア特性を一部であるが活かしているといえる。
(4)第四類型「双方向性が低く、伝播力も低い議員」(53.1%):双方向性が低く、伝播力も低い議員たちである。市民とのコミュニケーションに積極的ではなく、さらに、伝播力のある情報も発信していない。言い換えると、市民は彼らの発信する情報をただ受け流している、といえるだろう。この類型は、フォロワー数が1183.23人、リアルタイム性(一日あたりツイート数)が 0.600回、フォロー数が68.37人と、すべての変数において低程度であり、Twitterのメディア特性をまったく活かしていない層といえる。
本節では、集団分極化の発生とその要因を明らかにする。これは、Twitter議員の情報発信が多様な市民の情報環境に偶発的に入り込む可能性を持っているのか、それとも、彼と同質的な市民にしか届かないのか、という問題である。もし後者であれば、彼の情報発信は彼と同質的な市民にしか関心を持たれないバイアスを有していると考えられる。そしてこのバイアスの結果、彼と同質的な市民からなる一次ネットワークは分極化していくと予想される。
そこで、前節で整理したTwitter議員の類型別に、2011年3月12日から2012年1月14日までの44週間を対象に、RTによって彼の一次ネットワークの外にまで情報が伝播した数(以下、これまでそのTwitter議員に関心がなかったユーザーに偶発的な情報接触をもたらし、彼の情報環境に揺らぎをもたらしたという意味でこれを「揺らぎの度合い」と呼ぶ)の時系列変化を分析した。その上で、揺らぎの度合いに影響を与える変数を明らかにするために対数線形モデルを用いた重回帰分析を行った。
分析に用いた変数は以下の2つである。まず、(1)Twitter議員の情報発信の四類型は、揺らぎの度合いは被RT回数が比較的多くないと算出できないため、第二章で整理したTwitter議員の類型のうち、双方向性も伝播力も低い第四類型を除いた3つの類型を用いた。この3類型に属するTwitter議員のツイート数は162,923件である。次に、(2)揺らぎの度合いは、以下の手順により、この162,923件ツイートのうち5回以上RTされたツイートに対して算出した。
(1)ツイートをRTしたユーザーのIDを100個まで取得するTwitter API statuses/retweets/:idを用い、ツイートをRTしたユーザーのIDを取得する(2)このIDのリストと、ツイートしたTwitter議員のフォロワーのIDのリストの積集合の要素数を計算することで、各ツイートごとに揺らぎの度合いを算出する(3)2011年3月12日から2012年1月14日まで1週間単位に44期間ごとの合計値を計算することで時系列データを作成する
この手順によって揺らぎの度合いが算出できたツイートは54,022件であった。
(A)時系列での揺らぎの度合いの変化をみるために、類型ごとの時系列データを、線形回帰モデルを用いてトレンドにフィットさせた。ここで線形回帰モデルを用いているのは、類型ごとの時系列データの形状が確定的トレンドと判断できるためである。(B)その後に、期間全体での平均に差があるかを確かめるために、ホルムの方法による多重比較を行った。
(A)分析結果を図3-1に示す。図の左から順に第一類型、第二類型、第三類型の時系列プロットである。それぞれ、揺らぎの度合いの各期の合計値(対数)をトレンドにフィットさせたときの回帰曲線を描画している。ここで、点線の曲線はトレンドの回帰係数が5%水準で有意でなかった曲線で、実線は有意であった曲線である。対数変換を行なっているのは、対数変換により、データの分布が正規分布に近似できるという分析上の利点からである。また、第三類型には系列相関があったため、Newy-West修正を行った上でt値を算出している。
まず、いずれの類型においてもR二乗値は低い。しかし、F統計量のp値から、全ての係数は0であるという帰無仮説は第二類型と第三類型については5%水準で棄却されるため、モデルが無意味ということはない。第一類型はトレンドの係数が有意でないことから、その揺らぎの度合の変化には時系列的な傾向はない。また、第二類型と第三類型については、トレンドの係数が5%水準で有意であり、揺らぎの度合いの変化にトレンドがあることが示された。ここで、第二類型のトレンドの係数は-0.005688、第三類型のトレンドの係数は-0.015347と、いずれも減少傾向があり、第三類型の方がその傾向が強い。
次に、(B)ホルムの方法による多重比較の結果であるが、まず、第一類型の揺らぎの度合いの対数変換前の平均値は297.50回/週、第二類型は324.06回/週、第三類型は104.28回/週であった。これらの多重比較の結果、第一類型と第三類型の間、及び、第二類型と第三類型の揺らぎの度合いの平均値の間には有意差があり、第一類型と第二類型の平均値の間には有意差がないことが示された。
被説明変数は揺らぎの度合いのTwitter議員ごとの合計値である。説明変数は以下の変数であり、いずれも、Twitter議員ごとに算出した値である。(1)から(8)はTwitter上の変数であり、Twitterのメディア特性の指標である。(9)から(11)は他のメディアの影響など、Twitter外の変数である。
Twitter内の変数(1)メンション率:第二章で用いた、双方向性の[0, 1]の閉区間に標準化した指標(2)RT率:第二章で用いた、伝播力の[0, 1]の閉区間に標準化した指標(3)メンション数:双方向性の標準化していない指標2(4)RTによって生成されたツイート数の合計:伝播力の標準化していない指標3(5)ツイートの種別:ツイートが持つ情報量の指標4(6)フォロー数:エゴ・ネットワークの入次数の指標(7)フォロワー数:エゴ・ネットワークの出次数の指標(8)一日あたりツイート数:リアルタイム性の指標
Twitter外の変数(9)年齢:ソーシャルメディアを利活用するコストの指標(10)当選回数:利用可能な政治的リソースの指標(11)新聞記事件数:マスメディアの影響力の指標
対数線形モデルによる重回帰分析を行った。対数線形モデルを利用する利点は二つある。第一に、それぞれの変数を対数変換することで、変数の分布を正規分布に近づけることができる。重回帰分析は変数が正規分布することを前提としているため、この利点は手法上重要である。第二に、対数線形モデルでは、回帰係数が弾力性を表すという性質を持つ点である。言い換えると、回帰係数bは、その説明変数の変化率に対する被説明変数の変化率を表す。この性質により、それぞれの説明変数と被説明変数の間の関係が明確になるのである。
BIC基準による変数選択の結果、14種類の説明変数の中から、メンション率、RT率、被RT回数、引用付きメンション数が選択された。多重共線性を取り除くためにVIF値が大きかったRT率と長いメンション数については、それぞれ高い相関関係にある変数の影響を取り除いた。この分析の要約を表3-5に示す。
ここから、メンション率の揺らぎの度合いに対する弾力性は-8.694%、RT率(修正)のそれは39.545%、被RT回数は98.501%、長いメンション数は10.064%であることが示された。また、修正済みR二乗値も十分大きく、意味のあるモデルと言える。
以上の分析から、Twitterの双方向性と伝播力が集団分極化という民主主義に危機をもたらす現象に与える影響について以下の3つの示唆が得られた。(1)双方向性の活用は評判の外部効果を膨れ上がらせることでTwitter議員の情報発信にバイアスをもたらし、彼は彼の一次ネットワークのみに気に入られるような情報を発信するようになり、集団分極化を導く危険性がある。(2)伝播力が高くとも、Twitter上で新たな価値を生産していなければ、彼の情報発信に耳を傾けるひとは彼の既存の影響力の及ぶ範囲を出ない。(3)これらの民主主義にとって負の側面を克服するためにはTwitter上で新たな価値を生産し、評判の外部効果を克服することが必要である。それは、引用付きメンションを使って、ユーザーから寄せられた声に対してただ同調するのではなく、新しい価値をそこに付与することで動的情報を生産することによって可能になる。そしてその新しい価値が一次ネットワークに閉じこもらない価値を有し、一次ネットワークの外側まで伝播するとき、彼の情報発信はもともと彼に関心のなかった人々に揺らぎを与えることが可能になる。このとき、彼はTwitterにおいて新しい価値を生産し、新しい影響力を獲得したと言える。
この考察結果から主に以下の2点が明らかになった。すなわち、(1)これまでその政治家に関心のなかった市民の情報環境に偶発的な情報流入を生じさせる情報発信を行えているTwitter議員は、双方向性も伝播力も高い11.7%の議員群にすぎないこと、(2)双方向性のみが高い18.8%の議員群の発信した情報は、もともとその政治家に関心のある同質的な市民の間のみでしか流通しなくなっていき集団分極化を導くことの2つである。つまり、全体的な傾向としては「ソーシャルメディアは政治家を雄弁にした」とは言えないというのが本研究の結論である。
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