森基金採択レポート

農外企業参入による農家の経営選択の変化の探索的研究

政策メディア研究科 修士1年 渡辺寛紀

 

■はじめに

 本稿は地方で行われる大規模農業ではなく、北関東を中心とした都市型農業を営む農家に対して、実地での農業活動と現場での簡単なインタビューを行った定性調査の一環をまとめたものである。当初、茨城県と千葉県をフィールドワーク地として考えていたが、交渉が難航したために変更し、埼玉県久喜市近郊をフィールドワーク地として別途採択することとなった。協力頂いた農家は葱を主に栽培しており、6月から11月までの5カ月の間、栽培・流通・小売の工程を共に経験させて頂いた。そして、作業の合間を縫ってのヒアリングでは、農外企業の農業参入や日本のTPPへの参加など、農業を取り巻く諸問題についての思いを聞くことができたので以下で報告したい。また、このレポートは諸問題に対する一農家の考えをサルベージしたものであり、これが全農家の普遍的な考えではないことをここで強調しておきたい。

 

■農外企業参入についてのヒアリング

「農外企業が参入した場合に、どのような影響が考えられるか」との質問に対して、「企業が自社で使う野菜を生産しているときはまだいいが、それが農協や直接スーパーを通して流通した場合は怖いものがある。」との回答を頂いた。農外企業の農業参入は、そもそも大消費地が近い都市近郊で始まったものである。地方の大規模農家の場合、米などの穀物類は大量に生産されていることから、農家が生産量で不利益を被ることはなかなか考えにくい。また、この大量生産自体が農外企業の米を中心とした穀物類への参入に対する障壁になっている可能性も考えられる。しかし、都市近隣の小規模農家の場合、主な栽培品目は穀物類以外のことが多い。今回は葱を主品目として栽培しているが、その作付面積には限りがあるため、年間を通してうまく多毛作を行わなければならない。しかし、実際に多毛作がうまくいったとしても、ある程度以上の規模を持つ農外企業が参入してきた場合は、影響を受けることは必至であろう。

 「農外企業に農地を貸し出すことについてはどのように考えているか?」という質問に対して、「兼業農家であれば、どのような金額であれ助かるだろうし、喜んで貸し出すだろう。でも、専業農家の場合、少なからず、自分でやっている農家と同じかそれ以上にもらえなければ、自分で農家をやっているほうがいい。」との回答を頂いた。農林水産省は遊休地・耕作放棄地の減少と将来的な食糧確保のために、農外企業の参入規制緩和を2012年に農地法改正として行っている。多くの場合、これによって兼業農家の戸数が減少するとの見解が議論されるが、問題はそれだけではない。専業農家が受ける影響についての考察がいまだに進んでいないことについて、農家は少なからず危機感を持っているようである。

 「農外企業の農業参入やTPP参加について、今後どのような対策をとるべきだと思うか」という質問に対して「私のような中規模農家であれば、村や町、もしくは小団体でのブランド化をしたほうが良い。」との回答を頂いた。農外企業の農業参入にせよ、TPP参加による安価な外国産作物の流入にせよ、問題は中小規模の専業農家がいかにして生き残るかという議論が重要になってくる。彼らの場合、多品目少量生産を行っている場合が多いが、その絶対量を増加させることが困難な以上、さらなる付加価値を付与したものを栽培し、ブランド化することが合理的だという判断である。この例については、丹波の黒豆、深谷の葱、新潟の枝豆や、魚沼の米など様々なブランド化された農産物が存在するが、これは土地由来の集団によってブランド化された経緯を持つものが多い。しかし、すべての土地がこのような集団化によるブランド化が可能というわけではない。そこで、近年「○○農場の××」や「○○さん家の××」など戸別のブランド化を推し進めている農家が見られることから、新規農産物ブランドの立ち上げ傾向はこちらが主流になっているように思われる。

 

■まとめ

 都市近郊型の中小規模農家は、場合により、農外企業の農業参入による経営選択を迫られているようである。具体的には、ブランド化を行うことで対策を行うという選択肢を持っている。しかし、その一方で、ブランド化に付きまとう様々なコスト(集客コスト・販路開拓コスト・そのためのノウハウ)をまかなうことができない現実があるようである。今後、この問題に対してどのように対処していくのか、さらなる農家の現実を調査していくことで今後の研究に活かしていきたい。