2013年度 森泰吉郎記念研究振興基金

研究者育成費(博士) 活動報告書 

慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 博士課程3年 辰巳 奈央

研究題目

NIRSと計算神経言語学手法を用いた修辞の概念連想の研究

本研究では光脳機能計測(NIRS; Near Infra-Red Spectroscopy)を用いて自然言語の認知・処理過程における脳内活動を評価し,そこで得られたデータを分析することで,人間の脳内での言語理解のプロセスモデルを構築することを目標としている.

NIRS装置では,近赤外線を頭皮から照射し脳皮質の毛細血管内の血液が光に散乱反射する現象を検出する.酸化型・脱酸化型ヘモグロビンの光吸収係数の違いより酸素交換の現場をほぼリアルタイムで計測でき,神経活動が生じた(思考や発話で酸素が消費された)部位とその時系列変化の検出が可能とされている.本研究では脳内で語が処理される時系列変化の検出を大きな目標としており,空間分解能とリアルタイム性が重要であるため NIRS はこの研究に適した計測方法だと言える.

人間の脳内での言語処理については従来,単語間の概念関係に注目した脳科学的研究が少なかった.しかしながら私達が日常使っている単語には上位や下位,属性や場所といった概念関係が存在しており,それらが言語認知に重要な役割を果たしている. 本研究では「語と語の概念関係に注目した単語・文理解の脳内処理」について,引き続きNIRSを用いた計測実験を進めるとともに他計測手法併用による精査を行う.また修辞技法を課題とした連想実験結果を構造化して実験刺激を作成することで,より高度な言語使用についても研究する.

研究活動と進捗

春学期は昨年度に計測した脳計測データの解析(特にネットワーク解析の準備)と修辞の連想実験で取得した言語データの表記揺れ修正,秋学期はデータ解析法のサーベイと脳計測実験の準備を行うというスケジュールで研究を進めた.
計測実験は昨年度以前より計測装置会社の協力を得て行っているが,今年度は本研究および他の実験実施学生と会社の装置スケジュールの調整の結果,2014年3月から来年度春に掛けての実施を予定している.なお全ての実験はSFC実験倫理委員会の承認を受けて行う予定である.

修辞の概念連想データの取得

修辞の連想実験

比喩などの修辞技法の成立には,言葉の持つ概念体系のほか,人間がその言葉に対して持っているイメージ・心象性が大きく関わっていると考えられる. そこで本研究では名詞についての連想実験を行い,記憶の中から様々な情報を抽出した.取得データを辞書として構造化したり,さらには人間の言語理解モデルのための脳計測実験などに応用することを目的としている.

そこで刺激語に対して連想課題を与えた上で実験参加者に自由に連想させる連想実験を行った.
課題については先行研究を元に,「色彩名」「形状・触覚」「感情」「様相」「比喩表現」の5つとした. 実験参加者には事前に練習問題を解いてもらい,課題への理解が確認できたところで実験に参加してもらった. 本実験では単語のイメージを聞く課題が多く連想結果には正解も不正解もないと言えるが,連想した単語が課題にきちんと対応しているかには注意してもらうように実験を行った.

本実験のプロトコルは以前より実験刺激に採用している連想概念辞書の作成方法とほぼ同様のものを用いている. 連想概念辞書とは連想実験で大量に収集した連想語を構造化した辞書で,刺激語と連想語との距離を定量化したものである.連想概念辞書は他の辞書と比べて語と語の関係に注目しており,本実験においても単語の比喩・修辞性を見るのに適していると考えた.

修辞の連想実験の実施と取得データの表記揺れ修正

計測したデータは実験参加者の純粋な連想であるため,実験終了時点では漢字変換やひらがな/カタカナ表記の違いなどは全てそのままの状態で保存されている. また実験はオンライン上で行うため,実験参加者はPCとキーボードで連想した結果を入力している.その影響でタイプミスや明らかな変換ミスが存在することがある. その他課題自体への理解が不十分だったと考えられる不明語も多くみつかった.
本研究で取得した修辞の連想データを構造化し,脳機能計測実験の刺激語として利用できる形にするためには,まずこれらの表記揺れや不明語のマーキングをする必要がある.
そのため,データの修正と修正箇所のタグ付けを行った.某大な量のデータのため現在も修正中である.

脳機能計測データの解析

データ解析

昨年度の計測で得たデータの解析を引き続き行った.なお実験内容は昨年度同様であるが参考に後述する.解析のステップは以下の通りである.

実験内容

健常成人を対象に,被験者に対し刺激語として単語・単語ペアおよび単文を提示し,判断課題や連想課題中の脳内での酸素交換機能の活動を計測する実験を行った.概念連想関係に注目した刺激単語・文の提示を実現するために,実験刺激として連想概念辞書を用いた実験をデザインした.

実験被験者はSFC 所属の学生とし,測定と発表等に関しては慶應義塾大学SFC 実験・調査倫理委員会によって承認された手続きに基づき,文書で了承を得た後に行った.計測装置は島津製作所のFOIRE(NIRStation)を使用した.計測範囲は,三角法をもとに両側の前頭葉後部から側頭葉(BA44 からBA22 後部)を広くカバーする範囲を計測した.

実験データの脳表抽出データへの適用

本研究では,MRIデータから構築した3D脳モデルに対し,デジタイザにて取得したNIRS計測地点をプロットすることで,空間的に不明瞭というNIRSの弱点をカバーした.今後ネットワーク解析が進んだ際には,3Dマップ上にアニメーションの様な形で表現する方法を考えている.

NIRSデータのネットワーク解析

先行研究では変分ベイズ法を用いた解析が研究されているが,近年他のモダリティで用いられることが増えてきたDBNMを試している.このDBNMは先行研究ではfMRIに用いられることがほとんどであったが,MRIデータに適用するためには次元を圧縮する必要がある.一方でNIRSデータはサンプリングレートにもよるが一般的にはMRIデータより次元数が少ないため,応用が可能ではないかと考えた.
昨年度の秋学期後半で実験的にではあるがNIRSデータへのニューラルネットワークへの応用を試みた.しかしながら昨年度までの研究結果では刺激数とそれに対する反応が微細でノイズの影響が大きく,応用結果が分かりづらかった.そのため,学部生の頃に行っていたヘモグロビン動態の差がはっきり分かるデータへの適用を再度行うことにし, 解析手法を導入しやすいデータ構造への変換作業を進めている.

今後の研究予定

3月の実験では,本研究の実験刺激として以前より使用している連想概念辞書のほか,修辞の連想実験の刺激語・連想語にある単語も用いたいと考えている. また昨年度より引き続きではあるが,海外の脳機能計測研究及びそのネットワーク解析で用いられることの多い親密度データなども実験刺激として採用するとともに, 本研究で作成中の修辞の連想概念辞書のデータと構造比較などをすることで論文を執筆したいと考えている.

学会活動

学会・研究会への参加

国内学会や研究会へ参加し,最新研究動向調査並びに発表者や参加者とのディスカッションを行った.
以下は抜粋である.

脳計測データの解析などに関するシンポジウムへの参加

非侵襲の脳計測実験・解析に関する講演会/シンポジウムに参加した.