エチオピアの都市における歴史的環境生成とその衰退化問題に関する研究

Study on Urbanity and Heritage in Ethiopia: Deterioration of Historical District and Housing Conditions

岡崎　瑠美 / フランス国立科学研究センター

キーワード：　エチオピア, 歴史的環境, 中心市街地, 貧困の女性化, 遺産のインフォーマル化, プロスティチュート・イン・へリテージ

1. 背景

歴史的中心市街地の衰退化問題は先進国で広く指摘され、その克服に向けた多くの研究が存在する。他方、人口増加と貧困が同時進行する開発途上国では都市の基盤整備を欠き、夥しい低所得者の流入が遺産の価値を貶めている。そのため歴史地区を建築的側面だけではなく、社会的文脈で把握し、住民を含めたソーシャルプランニングが必要不可欠である。

2. 研究対象／目的

本研究は、東アフリカに位置するエチオピアを研究対象として遺産を擁した歴史的中心市街地を比較検討し、以下の点を解明することを目的とする。事例研究としてゴンダール、メケレ、ハラールの3歴史都市を選ぶ。

1) エチオピア都市の歴史性の評価

2) 貧困と居住に関する知見の獲得（居住環境、住民特性、および社会的脆弱性の発見）

3) 歴史地区の衰退化問題解決に向けた指針の提示

3. 方法

以下の方法により都市の形成過程及び現状を把握。

1) 基礎データ収集（史資料、地図、図面）

2) ベースマップ作成（現況図、復元図）

3) フィールド調査（実測調査、インタビュー調査）

4) 分析／評価（土地・建築の編年と復元、住民属性、社会環境）

5) 問題解決のための指針を提示

4. 分析

1) エチオピアの都市性

キリスト教圏(エチオピア帝国)において今日に続く都市型集住は、宮殿を核とした首都ゴンダール(17世紀前半建設)に始まり、大小様々な都市(カタマ)を生み出す。ムスリム圏(アダル土侯国)では交易都市ハラールが中世に建設され、19世紀後半にエチオピアに併合される。1930年代のイタリア占領期に有機的な伝統的都市組織に隣り合ってグリッド型の新市街地が計画され、1950年代以降両者が合体する。社会主義政権期(1974-91)に土地と余剰建築の国有化が果たされ、住民構成が一変する。解放後、急激な人口膨張と共に市街地の拡大、中心市街地の劣化が進む。

2) 住居タイポロジー

地域により材料や構法、意匠が異なる住宅類型が確認される。ティグレ、アムハラ地方ではヒドモ(矩形住居)、ゴッジョ(円形住居)の伝統形式、ハラールではゲガール(段状ホールを中心とする伝統住居)が中心市街地に多く残存し、歴史地区としての景観を保っている。

3) 住民の系譜

中心市街地には古くから居住する高官や貴族の末裔が確認でき、社会主義政権期に地所の大半を接収されたが、彼らが住む住居の多くは遺産的価値が認められる。同時期に低所得者が大量に流入し、一部は歴史的建造物を細分化して居住する。

4) 生活水準と居住状況

歴史地区の住民の平均収入は、貧困線(1日1.25ドル)を上回るが、住民の多くはその日暮らしのインフォーマル経済に支配されている。1991年の解放後、返還された住居の家賃収入、海外に住む親族(ディアスポラ)からの仕送り、商業収入により一定の生活水準を享受する者が一部(4.7%)存在する。

5. 得られた知見

1) 建築評価:固有の遺産的価値

中心市街地にはエチオピア固有の伝統的タイポロジーに則る歴史的建造物が多数存在するが、維持管理を欠き、劣化が著しい。

2) 土地所有と住民:中心市街地の貧困公営住宅化

帝政期の貴族層による大土地所有から社会主義政権期の土地の再分配に急激に移行したことで中心市街地の富裕層が没落し、接収された住宅の大半がケベレ(住区)所有の公営住宅に転用、貧困層に賃貸された。

3) ジェンダー:貧困の女性化

中心市街地では女性世帯主の割合が他地区に比べ極めて大きく、キリスト教圏72.3%、ムスリム圏50%。前者は後者に比べ遥かに貧困の度合いが高い。劣化した遺産に低家賃で住まう売春婦も多く、 プロスティチュート・イン・ヘリテージ現象が見られる。

4)エコノミックダイバーシティー:富裕・貧困層を繋ぐ相互扶助

中心市街地では収入格差が見られるが(富裕層4.7%、貧困層16.5%)、格差による住民同士の亀裂はなく、エデルやアフォッチャといった地区内コミュニティーが成立している。

5) 流動性:低い住民定着率

場所の利便性や低家賃、職業機会を求め様々な人が一時的な生活拠点として中心市街地を活用しており、加えてエリトリア難民や売春婦の存在が目立つ。

6) 文化多様性:同化性と排他性

キリスト教圏では民族(アムハラ、ティグレ、オロモ等)や宗教、職業が異なる集団が共存するが、ムスリム圏では民族(ハラリ)や宗教(イスラム)の結束が固く、排他的であり、新規参入者は周縁部若しくは新市街地に居住する。

6. 結論

1) 散住型ハベシャ都市と密集型ムスリム交易都市

エチオピアの歴史都市は主に上記二つの類型に分類される。前者は軍団居留地から発生、後者は商業活動により発展した。

2) 歴史街区と遺産のインフォーマル化

歴史的中心市街地はかつて高官や貴族の居住区として機能し、その遺構は残るが、現在は空間・社会的に衰退し、インフォーマル化が進む。

3) 今後の指針

中心市街地における地域コミュニティーに依拠しつつ、歴史的建造物の同定、劣化状態の把握、不動産管理の徹底、維持・修復技術の確立を経て遺産活用システムを構築する必要がある。

7. 参考文献

1) Okazaki, R., "Deterioration of Heritage by Informal Urbanization in Mekelle, Ethiopia", Journal of Asian Architecture and Building Engineering, vol.10 no.2, pp.343-350, 2011年11月

2) Okazaki, R., Miyake, R., "A Study on the Living Environment of Harar Jugol, Ethiopia", 日本建築学会計画系論文集 第77巻 第674号，pp.951-957, 2012年4月

3) Revault,P. et al, “Harar –une cité musulmane d’Ethiopie”, Maisonneuve & Larose, Paris, 2004