2013年度森基金研究成果報告書
接合伝達プラスミドpLS20のOriT配列の同定
一之瀬 太郎
政策•メディア研究科 博士課程3年
序論:
遺伝子組み換え技術は昨今の分子生物学において必須の手法である. 現在は大腸菌を用いた DNA 形質転換手法が広く利用されているが, 100 kb を超える巨大な DNA を取り扱う事は難しい.
大きな DNA は細胞外に取り出すと容易に断片化してしまう為である. ゲノムサイズの巨大な DNA を取り扱う為に, 私達は枯草菌を利用している. 枯草菌の染色体をベクターとする手法により,
メガサイズの DNA 配列を構築しかつ安定に保持する事が可能である. 私達は構築した巨大 DNA を別の宿主に移す水平伝播の手段として, 枯草菌で接合伝達を誘導するプラスミド,
pLS20 を用いた輸送系の確立を目指している.
接合伝達を汎用的に利用する為には,
pLS20 の接合伝達メカニズムについてより深く理解する必要がある.
そこでその中でも特に重要である,
接合伝達時に DNA が移動する為の開始配列, Origin of transfer (OriT) を同定することを試みた.
成果:
コンピュータを用いたpLS20の配列内予測ではOriTの候補を絞り込むことが出来なかった為, サブクローニング法によってpLS20中の単独で移動可能な領域を実験的に絞り込んだ. 制限酵素によってpLS20を数十二分断し, 各断片を接合伝達能を持たない大腸菌/枯草菌両用のシャトルベクター, pGETS103にクローニングした. それらクローンのライブラリを枯草菌間接合伝達を試みたところ, pLS20の共在下で移動可能となったサブクローンが幾種類か得られた. 興味深いことに, 今回得られた単独で移動可能なpLS20の部位はただ一か所ではなく, pLS20には複数種類のOriTと伝達のメカニズムが存在する可能性が示唆された. 今回の結果はpLS20の接合伝達メカニズムを解明する上で重要であったとともに, このOriTを用いたベクター輸送系の確立に大きく貢献できると考えている.
2013年度森基金研究成果報告書
接合伝達プラスミドpLS20のOriT配列の同定
政策•メディア研究科 博士課程3年 一之瀬 太郎
Introduction
遺伝子組み変えは分子生物学研究において非常に重要な技術である. 現在は大腸菌を用いたDNA形質転換手法
が広く利用されているが, これによってゲノムサイズの巨大なDNAを取り扱う事は難しい. 形質転換の為に DNAを細胞から抽出した場合, 100 kb以上の大きなDNAは溶液中で極めて不安定であり, 容易に断片化してしまう為である. ゲノムサイズの巨大なDNAを安定に取り扱う為に, 慶應大学の板谷らにおけるゲノムデザイングループでは, 枯草菌の染色体を巨大DNA構築の場とするゲノムデザイン技術の確立に取り組んでいる (図 1) (1). 枯草菌には優れたDNA取り込みの能力と正確な相同組換えの能力がある為,
複数の小さなDNA配列を染色体の中で順番に繋いでゆく事で, 大きな配列を構築する事が出来る. また枯草菌には胞子形成の能力がある為に,
この様に構築したDNAは乾燥状態で (冷却設備と維持電力が不要の状態で) 長期間安定に保存する事が可能である.
この様に枯草菌で構築したDNA配列は最終的に他の宿主へと移動して用いる事が目的となるが,
先に述べた様に巨大な配列は形質転換によって動かす事は出来ない. そこで私達は巨大なDNAを細胞から細胞へと安定に移動させる水平伝播の手段として, 接合伝達に着目している (図 2). 接合伝達とは多くのバクテリアに存在するDNAの移動現象である. 接合伝達を誘導するプラスミドの働きによって2つの菌が接合を起こし, 典型的には接合伝達プラスミドのDNAそのものが1本鎖で相手側の菌に移動して増殖する (大腸菌の F, RP4 プラスミド等) (2). 接合伝達の特徴はin vivoでの極めて安定なDNA移動であり, 大腸菌のゲノム4.6 Mbを丸ごと移動した例が知られている. また接合伝達は異種菌間でも起こる例が報告されている
(3). 枯草菌で接合伝達を誘導する為に,
私達は枯草菌の類縁種である納豆菌より得られたプラスミド,
pLS20を用いている. 先行研究によって枯草菌間で効率良くDNAを移動出来る実験系が構築されており (4), pLS20に90
kbのDNAを載せて150 kb超となったベクターを安定に移動させる事にも成功している (5). これは形質転換では移動できないサイズのDNAの輸送である. 私はこのpLS20による接合伝達系をより汎用的な水平伝播のツールとする事を目的として, その為に pLS20が接合伝達を行う詳細なメカニズムを明らかにしたいと考えている.
pLS20は65 kbと比較的大きな低コピーのプラスミドであり (図 3), その詳細についてはあまり解析がなされていない. 配列内には接合伝達を誘導する遺伝子群であるType
IV secretion system (IV 型分泌系)
が存在する事から, これらの働きによって接合伝達が行われていると推測されている. Type IV secretion systemによる接合伝達の系では, 一般にDNAの移動は特定の箇所から行われる.
このDNA移動の開始点は Origin of Transfer (OriT) と呼ばれており, OriTの内部に切れ込み
(nick) が生じる事によってDNAが1本鎖で移動を開始する (図 2). 現在までにpLS20のOriTの具体的な位置は明らかとなっていない.
OriTの具体的な配列は接合伝達プラスミドの種類によって異なるが,
inverted repeatを含んだ数十base程度の短い配列であると予想される.
OriTはDNAを接合伝達によって移動させる最小の単位である事から, OriTを任意のプラスミドや染色体DNA に導入する事によって, それらをpLS20の接合伝達システムで移動させる事が可能となり, 今までより汎用的な枯草菌からのDNA水平伝播が可能となる. この為に私はpLS20のOriTの具体的な位置と配列の同定を試みた.
Methods
これまでに
pLS20に近いシステムで接合伝達を起こす2種類のプラスミド (pLS30とpUB110)
のOriT配列 (図 3) と比較する事によってpLS20のOriTを予想する試みがされているが, 配列を絞り込む事は出来ていない. そこで,
pLS20を断片化したライブラリを作製して, OriTが含まれている領域を実験的に絞り込んだ. 具体的な手順としては, pLS20を制限酵素によって複数断片に分割し, それらを枯草菌用の非接合伝達型プラスミド, pGETS103にサブクローニングした (図 4). こうして作製したpLS20断片のライブラリを個別にpLS20を有した枯草菌ドナーへと導入し, 接合伝達を試みた.
pGETS103やOriTを含まない領域のDNAでは相手側の枯草菌に移動することは不可能だが, OriTが含まれている領域のpLS20断片を持ったpGETS103だけは接合伝達によって移動できるはずである. この様に相手側の菌にDNAが移動した株はトランシピエントと呼ばれるが,
薬剤耐性を組み合わせる事によってトランシピエントのコロニーだけを選択的に得る事が可能である. このアッセイ系によってOriTを含む断片を一次的に選別することにした. アッセイ系のpositive
controlとしては, pGETS103にpUB110のOriTをクローニングしたベクターを作成して枯草菌ドナーに導入し用いている.
実験に使用した枯草菌株, plasmidの詳細はTable
の項に記載している.
Results and perspectives
pLS20のライブラリに対してアッセイを行った結果, 複数のpositiveなcloneが得られた. それらの配列をシーケンシングによって解析した結果, 配列はpLS20位置する特定の箇所であったが, 複数の種類があり, 当初仮定していたような単独の部位ではなかった. 現在はそれらの各断片をさらにサブクローニングすることで, 数kb以下の領域に配列を絞り込んでいる. これらの配列にはほぼ1つずつ遺伝子領域を含んでいるが, これまでに知られているOriTのinverted repeat構造単位にも着目して接合伝達の最初単位を決定中である. 今回の結果により, pLS20には今まで知られている枯草菌のOriTとは異なった新しいタイプのDNA移動の仕組みの可能性が示唆された. 今後移動の最小配列について絞り込むことによって, より詳細にメカニズムが理解でき, またこの配列を用いたベクター輸送のシステムを確立する上で有用であると考えている.
Figures
Table
Strains |
Relevant genotypes |
|
Amino acid requirement |
Source |
B. subtilis |
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1A1 |
trpC2 sfp0 degQ0, IT- SF- PL- |
Trp |
BGSC |
|
RM125 |
leuB8 arg-15 DSPb R (hsdR-cotA+ -purB+) 202-5sfp0
degQ0, IT- SF- PL- |
Leu Arg |
T. Uozumi |
Plasmid |
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Antibiotic marker |
References |
pLS20hyg |
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HygR |
M, Itaya |
pGESTS103 |
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|
TcR |
K, Tsuge |
Strains |
Genetic backgrounds |
Plasmid |
Antibiotic marker |
References |
BEST40175 |
RM125 |
pLS20hyg |
HygR |
M, Itaya |
BEST22104 |
1A1 recA::cat |
|
CmR |
M, Itaya |
BEST21716 |
1A1 recA::cat |
pLS20hyg |
HygR CmR |
This study |
BEST21717 |
BEST21716 |
pGETS103 |
HygR CmR TcR |
This study |
BEST21734 |
BEST21716 |
pGETS103(TM) |
HygR CmR TcR |
This study |
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BEST6225 |
RM125 |
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NmR |
M, Itaya |
Table. 実験に使用した枯草菌株とplasmid
BGSC: Bacillus Genome Stock Center.
HygR:
HygromycinB resistance, CmR:
Chloramphenicol resistance, TcR: Tetracycline resistance.
Acknowledgments
本研究において研究の手法から具体的な方法にわたり, 一からご教授して下さった慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科教授の板谷 光泰氏に心より深謝を申し上げます. また,
先行研究で枯草菌の接合伝達の実験系を確立し,
今回の研究に必要な手法と実験株を提供して下さった東京工業大学助教である金子 真也氏と,
慶應義塾大学助教の大谷 直人氏 そして佐藤
満氏, そして実験に欠かせないご助力と有益な討論の場を提供していただいたゲノムデザイングループの人たちにこの場をお借りして感謝を申し上げます. 最後に,
この様な素晴らしい研究環境を与えていただいている慶應義塾大学大学院
政策・メディア研究科教授の冨田 勝氏に深くお礼申しあげます.
References
1. Itaya,M., Fujita,K.,
Kuroki,A., and Tsuge,K. (2008) Bottom-up genome
assembly using the Bacillus subtilis genome vector. Nat Methods 5:41-43.
2. Typas,A., Nichols,R.J.,
Siegele,D.A., Shales,M., Collins,S., Lim,B., Braberg,H., Yamamoto,N., Takeuchi,R., Wanner,B.L., Mori,H., Weissman,J.S., Krogan,N.J., and Gross,C.A.
(2008) A tool-kit for high-throughput, quantitative analyses of genetic
interactions in E. coli. Nat Methods. 5(9): 781–787.
3. Selinger,L.B.,
McGregor,N.F., Khachatourians,G.G.,
and Hynes,M.F. (1990) Mobilization of closely related
plasmids pUB110 and pBC16 by Bacillus plasmid pXO503 requires trans-acting open
reading frame beta. J Bacteriol.
172(6): 3290–3297.
4. Itaya,M., Sakaya,N.,
Matsunaga,S., Fujita,K.,
and Kaneko,S. (2006) Conjugational Transfer Kinetics
of pLS20 between Bacillus subtilis in Liquid Medium. Biosci Biotechnol Biochem. 70:740-742.
5. Kuroki,A.,
Ohtani,N., Tsuge,K., Tomita,M., and Itaya,M. (2007) Conjugational transfer
system to shuttle giant DNA cloned by Bacillus subtilis genome (BGM) vector.
Gene. 399 72-80