東日本大震災後の太陽光発電に対する行動変化の構造分析

 

政策・メディア研究科 小林知記

 

1.           はじめに

この度の東日本大地震と大津波は三陸海岸だけでなく、計画停電が実施された東京などにも深刻な被害を与え、現代都市におけるエネルギーシステムの脆弱性をあらわにした。さらに、震災による福島第一原子力発電所事故は、日本のエネルギー問題に対する国民の意識に大きく影響を及ぼし、国民の原子力発電(以下、原発)の安全性に対する社会的受容性を著しく低下させ、その結果として代替となる再生可能エネルギー(以下、再エネ)の必要性を国民は広く認知する結果となった。

現在日本において、電力供給体制の改革が検討され、従来の大規模集中型のエネルギーシステムから地域分散型のエネルギーシステムへシフトし、災害に対してレジリエンス(抵抗力)の高いエネルギー社会を構築する方向へと動き始めた。

 

1.1         再生可能エネルギー普及政策

我が国のこれまでのエネルギー政策では、2002年に策定された「エネルギー政策基本法」の基本理念である「3E」(Energy Security:安定供給、Economic Efficiency:経済性、Environmental Feasibility:環境性)をベースに進められてきた。

しかしながら、震災による原発事故の影響により「3E」の基本理念の重要性は不変ではあるものの、これに加えて「+S」(Safety:安全性確保)が大前提であることを再認識する必要が指摘された。(経産省, 2011

 日本の再生可能エネルギーに対する政策に関しては、2003年にはRPS制度を導入し、電力会社に一定量の再生可能エネルギーの導入を義務づけ、その後、2009年には住宅用太陽光発電に対する余剰買取制度の導入により、一足先に固定価格による調達に移行した。そして、震災後の20127月には全量買取制度(以下、FIT)が導入され、太陽光、風力、水力(3kW未満)、地熱、バイオマスの再エネ事業に対して、調達価格と期間が定められた。2012年度の太陽光発電の買取価格は1kW当り42円(税込)に設定され、10kW以上の産業用では20年間(10kW未満の住宅用は10年間)買取が法律により保証されるため、発電事業に参入する企業が相次いでいる。特に、FIT制度下における太陽光発電の設備認定の割合は全体の9割以上を占め、再エネの中でもとりわけ太陽光発電の普及拡大の機運は急速に高まってきている状況にある。

 

1.2         震災後の太陽光発電市場の変化

 これまでの日本の太陽光発電市場は、図1の通り住宅用が大きな割合を占めており、環境意識の高い国民により市場が先導されてきた。特に、2009年の補助金の再開や、2011年に施行された余剰買取制度によりある程度経済性が確保され、標準的なケースで、新築住宅に3.5kWのシステムを設置した場合、10年程度で初期費用の回収が可能となり、既築住宅の場合でも最長15年程度でコスト回収が可能になった。結果として、太陽光発電の導入量は右肩上がりとなっているが(図1)、一方で、一般家庭にとって初期費用の壁は依然として大きく、太陽光発電の導入率は2.7%(2010年)、3.6%(2011年)、4.6%(2012年)と毎年1%程度の増加率であるのが現状である(出所: 中国経済産業局)。

 震災後には、エネルギーの安全性、安定供給の観点から分散型電源への移行が急務となり、FITが施行され、これにより再エネの市場規模が拡大し、2012年には日本国内の再エネへの投融資額は約1.6兆円規模に急成長した(環境エネルギー政策研究所[ISEP]調べ)。特に、産業用太陽光発電(10kW以上)への事業参入が相次いでいるが、住宅用に関しては、震災や原発事故を機に多くの国民が太陽光発電への関心を持ったものの、大きな変化は見られず実際に購買行動を行う際の障害は大きいと思われる(図2)。

 資源エネルギー庁による太陽光発電の導入シナリオでは、2020年までに2005年の導入量の約20倍の目標が示されている。その中で住宅用は約7割を占める計画であり、約530万戸(戸建住宅の20%)への導入が必要となる。従って、住宅用太陽光発電の普及目標の達成を実現する為に、震災後の国民の意識変化に着目し、如何にして実際の設置行動へと結びつけるのかが重要となる。

1 日本の太陽光発電設備容量の推移

(出所:太陽光発電協会[2002年〜2011]、資源エネルギー庁[2012]、作成:著者)

2 FIT制度下における2012年度の太陽光発電の規模別設備認定出力の割合

(出所:資源エネルギー庁、作成:著者)

 

3 太陽光発電導入シナリオ(出所:資源エネルギー庁)

 

2.           既往研究

 これまでの住宅用太陽光発電の普及に関する研究では、主に補助金制度による普及効果の測定や、買取制度の価格設定のような経済的要因に焦点が当てられてきた。例えば、明城・大橋(2009)の研究では、住宅用太陽光発電の需要・費用関数を推定し、補助金が付与されなかったという仮想的な状況をシミュレーションにより求める事で、補助金制度の効果を測定している。また、内田・氷鉋(2008)は、再エネが持つ環境価値を明示的に扱い(仮想評価法)、市場データを用いて生産量と価格の将来予測を行っている。

 一方で、白井ら(2012)は、普及目標の実現可能性を探るためには、成長曲線を前提とした仮想的なシミュレーションではなく、太陽光発電の既設置者、あるいは今後の設置意向者の実態と意識・行動構造を分析し、普及の可能性と普及支援施策のあり方を実証的に検討する必要があると指摘している。また本藤・馬場(2007)は、持続可能性の評価における経済性、環境性、社会性という3つの次元うち、外部性評価としての経済性、環境性の観点からの研究事例が多く、倫理、規範、価値観などの社会性に関する検討が少なく十分な研究実績がない事を指摘している。そのため、太陽光発電に関する国民の心理的・社会的側面に着目し、意識と行動との間の結びつきに関する規定要因の解明が求められている。

 

2.1         意識と行動の規定要因の解明

従来の研究により、住民用太陽光発電の普及促進には初期費用の壁が大きく影響し、普及を妨げている事が明らかになっており、明城・大橋(2009)の研究では、太陽光発電の普及には補助金等による初期費用の壁を軽減する事が導入を促進に効果的であると示されている。また、黒澤・大岡(2010)はアンケート調査により住民の太陽光発電に対する価格感度を調査し、100150万円が適正価格、50100万円で普及が拡大する可能性を指摘している。

一方で、非経済的な要因による意識変化を対象とした研究事例も展開されており、伊藤ら(2012)は日射気候区分を用いて日射量という環境条件の違いが太陽光発電の導入意識に与える影響を調査している。また、馬場・田頭(2007)の研究によると、地域コミュニティとの高い関係性(社会関係資本)を持つ事が、身近な他者とのコミュニケーションにより環境・エネルギー問題に対する意識を活性化させ、太陽光発電の導入など環境配慮行動に繋がる可能性が示唆されている。さらに東日本大震災後においては、8割以上の家庭が電力の不足により、日常生活に大きな支障が出る事を実感し、非常用時の利用という付加価値に対するニーズが高まった事が、後藤・蟻生(2012)のアンケート調査結果により示されている。

 従って、経済的要因としてのインプット/アウトプットの視点だけでなく、太陽光発電の導入における非経済的要因(環境性、社会性、安全性)にも着目し、インセンティブ/アウトカムの視点で意識と行動の構造を分析し、太陽光発電の普及支援施策のあり方を検討する事が重要となる。

 

3.           目的

 経済性、環境性、社会性、安全性のそれぞれの項目に関しては、これまで様々な研究、実践において議論されているが、一体的に考察されていない。そこで本研究では、再生可能エネルギーの普及推進において、以上の4つの視点を基にアンケート調査を行う。太陽光発電システムに対する震災後の意識と行動との乖離問題に着目し、外部刺激による態度の変化から行動までの心理的プロセスを経済性、環境性、安全性、社会性の4つの視点から明らかにする。

 

4.           研究手法

4.1         アンケート調査

太陽光発電などに対する震災後の太陽光に対する国民意識を、震災による影響があった関東(東京、神奈川、千葉、埼玉、栃木、群馬、茨城)と、東北(宮城、福島)を対象に調査を行った。

 

調査対象: 公募型インターネットリサーチモニタ(20歳〜69歳の男女)

調査地域: 東京、神奈川、千葉、埼玉、栃木、群馬、茨城、宮城、福島

調査方法: インターネットリサーチ

調査日時: 2012117日〜118

有効回答: 1,030サンプル(男女×20代、30代、40代、50代、60代の10グループ、各103サンプルの均等回収を実施)

 

アンケート調査の設計に関しては、太陽光発電の導入インセンティブとしての経済性(金銭的なメリットがあるか)、安全性(災害時における非常用電源としての利用が可能かどうか)、そして、社会性(自分だけではなく地域全体で取り組まれているか)、環境性(太陽光の導入による環境改善効果(CO2の削減)に適している環境であるか)というインセンティブを基にして質問項目の作成を行った。

 

4.2         行動に対する態度形成の因子分析

4つのインセンティブに関する質問に対して、5段階(非常にそう思う、そう思う、どちらとも言えない、あまりそうは思わない、全くそうは思わない)で回答を行う。アンケート調査結果に対して因子分析を行い、因子得点を基に国民の太陽光発電に対する意識の共通因子を調査する。

 

5.           結果と考察

太陽光の導入に対して、経済性に関する調査だけではなく、環境保全への参画意識、個人の安全意識、隣近所の災害時の助け合いなどの社会意識(いわゆる、ソーシャルキャピタル)を含めて調査することに焦点を置き、意識と行動のギャップを埋めるブレークスルーとなる要因の特定を行った。アンケート調査結果より、震災を機にエネルギー問題に対する関心が国民全体で高まったものの、実際に行動に結びついたのは節電行動など身近な取り組みに留まり、太陽光発電を導入した家庭は非常に少なかった(図4)。その理由として「行動の容易さ」が関係していることが考えられる。

   震災後の原発の停止により電力不足となり、節電を行わなければいけないという認識が国民全体に広まった。つまり、節電という比較的容易な行動が社会の中で期待され、各個人の節電行動の実施しに結びついたと考えられる。

一方で、太陽光発電の導入に関しては、震災後のFIT制度により経済的インセンティブは高まったものの、依然として太陽光発電を導入するにはハードルが高いという認識が強い。こうした初期投資のハードルが国民の共通認識となっており、社会的なメリット(公益)のために個人が行動を起こさなければならないという社会的規範との結びつきが薄いという結果が得られた。また、図5から分かるように、消費者は情報知識量に基づいて行動を起こす傾向があり、補助金や買取制度以外の太陽光事業に関する情報も広めていく必要性も示唆された。

 

図4 震災後における意識と行動の乖離

 

図5 太陽光事業モデルの知識と選好の関係性

 

また、因子分析を行った結果として、経済性は太陽光発電に対する投資や活動に対する金銭的収益(初期投資と費用回収)、環境性はこうした投資や活動による環境改善効果(CO2削減目標と各家庭の貢献)、社会性は投資や活動の社会的影響/圧力(地域活動とリーダーシップ)として、また安全性は原発事故の影響によるエネルギーの安全性、安定供給に対する関心(分散化と災害時の自立運転)という結果に結びついた。また、太陽光発電に対する個人の意識として以下のような特徴が見られた。

 

1.          一般家庭における非常用電源として、太陽光発電を利用する事が求められている。これは、震災による計画停電の経験を経て安全性という認知がされてきている事が分かる。

2.          地域における活動が活発化している地域住民は、地域の太陽光発電導入との関係性が強く、社会性としてソーシャルキャピタルがもたらす太陽光発電の普及推進力が存在する事が分かった。

3.          買取制度の認知は再エネ賦課金として電気料金へ転嫁している事の認知と関係し、買取制度の制度設計が経済的なインセンティブとなっている事が分かる。

4.          環境問題に対する意識が省エネ行動と深く結びついており、太陽光発電を導入する事でCO2を削減する環境性としてのインセンティブが挙げられる。

 

図1

図6 因子分析の結果

 

参考文献

明城聡・大橋弘(2009). 住宅用太陽光発電の普及に向けた公的補助金の定量分析, 文部科学省科学技術政策研究所第1研究グループ2009.11, Discussion paper No.56

黒澤徹也・大岡龍三(2010). 省エネルギー住宅設備の導入促進に向けた最終消費者の意識に関する研究, 日本建築学会環境系論文集 Vol.75, No.651, p.474

伊藤雅一・小田拓也・宮崎隆彦ら(2012. 全国アンケート調査による太陽光発電システムに関する導入意識とコンジョイント分析, エネルギー・資源学会33-.

馬場健司・田頭直人(2007). 新エネルギー設備導入による市民への普及啓発効果, 電力中央研究所研究報告(Y07004).

後藤久典・蟻生俊夫 (2012). 東日本大震災後の住宅用太陽光発電に対する消費者選好の分析, 電力中央研究所研究報告(Y11029).