2013年度森泰吉郎記念研究振興基金 研究成果報告書

「救急搬送と患者のアクセシビリティを考慮した医療提供体制の最適配置」

 

政策・メディア研究科 後期博士課程所属 大西遼

 

研究背景

近年、メディアにて「医療崩壊」などと取り上げられるよう医師や医療機関の偏在によって地域医療、特にへき地において医療へのアクセスに対する懸念が生じている。また、診療科の偏在など地域医療計画の観点から見直す必要がある点は多い。そもそも、施設配置は人が効率的に生きるために必要不可欠な意思決定問題である。現代社会においては、社会システムの複雑さも増大し、一つの施設配置を考えるのにも社会システム全体を考える必要がある。特に、医療分野においては医療費の増加や人口動態の変化から合理的な医療提供体制の構築が求められるが、その性質から制度や規制が多く、専門知識も必要とされる。長らく解決をみていない、本問題に対してこれまでの先行研究とは異なる総合政策の視点で取り組む必要があると考えた。

 

 

研究の目的

まず、医療施設に応用した施設配置問題の数理的モデルを策定することにより、医療計画等に役立てるツールを作成することが目的である。特に、救急車やドクターヘリ等の救急搬送手段の及ぶ範囲や患者からみたアクセシビリティの考慮、地理的条件を鑑みた地域モデルを確立させることを考えた。今年度は、患者のアクセシビリティの向上と一次救急の充足を考え、採算が見込める新規有床診療所開設に焦点を当てたモデルを検討した。

そして、作成したモデルを用いて現状の医療施設や医師の配置を再検討し、将来の医療計画や政策に役立てるための一般化をすることを次の目的とした。

 

 

仮定

 本年度の研究では、包括的救急医療体制の構築モデル作成までは至らなかった。現行の医療圏設定に適合させた形で一次、二次、三次の救急医療施設を仮定(現行の設定とは異なる)し、日常の医療(かかりつけ医)としての一次救急施設に診療所を想定し、救急かどうかの判断を仰ぐことや応急処置を行う施設とした。これは、特に僻地において意味をなす施設となる。

一次救急施設の概要を説明する。この施設は有床診療所である必要があり、二次救急医療施設との連携が可能でなければならない。よって、現行の地域医療計画の病床規制による制限下でのみ設置可能となり、救急車やドクターヘリ、消防防災ヘリの対応範囲外への設置も本研究では除外している(その場合の想定は別途研究予定)。この前提の下で、モデル構築を行っていった。

 

 

モデルの定式化前提

 

関数が凸関数でない、あるいは集合Dが凸集合でないとき、大域的最適化問題となるが、本モデルは凸関数となるので、大域的最適解法を用いない。

医療施設配置問題はcenter問題として捉える。つまり、患者から最も近い医療施設への距離の「最大値」を最小にするようにグラフ内の点または枝上、または空間内の任意の点から施設を選択する。

医療施設配置問題は単純施設配置問題ではなく、各施設でまかなうことができる需要量の上限が決められている容量制限付き施設配置問題である。また、地域としての病床数制限(上限)がある。

患者は需要を持っており、その値は将来においても一定と仮定する罹患率と人口動態から地域性も担保しているものとする。患者と施設の間に1単位の需要が移動するときにかかる輸送費用と、施設を開設するときにかかる固定費用が与えられているものとする。

施設の配置可能点は、離散型として考える。

施設の設置可能点は、地理的・法的に許認可される地点である。

需要側が選択可能な施設数は、複数、任意である。理由は、患者のフリーアクセスが保障されているため。ただし、今回はかかりつけ医を想定しているため単数とする。

距離関数は、道路ネットワーク上での距離、時間、または距離・時間の関数であり、ユークリッド距離を用いる。

移動費用は、患者から施設への移動時間および距離と通院経路問題との複合型となる。

ネットワークは、一般型である。

評価尺度の基準として、min-max基準(最も近い施設への距離の最も遠い患者に対する距離を最小化する)を用いる。これは、医療アクセス向上の目的からである。

患者に対するサービスの指標は、病院の診療科数、種類別に重みづけを行う。

施設の必須性は、必要であるとする。根拠は、国民皆保険体制に依拠する。

患者の医療需要は分割可能(診療所に求めるものと病院に求めるものは異なる)であり、患者需要に関する情報は、確定値、確率分布が既知である。

移動費用(時間、距離)に関する情報は、確定値が既知である。

需要の変動は、時間によって変化し、時間を複数の期に分けたときに、期ごとでは定常(多期間: multiperiod)であるとする。

他の施設との競争は実際にはあるが、かかりつけ医として確定した後はなしとする。

施設の容量制約は下限、上限ともにあり、その根拠は医療法と建築基準法に準じる。

待ち行列的要素はあり、需要過多でも許容量を下回れば認めるものとする。

サービス順は、先着順(FIFO: first-in first out)(先入先出)である。

医療施設へのネットワークアクセシビリティは患者の利便性を考慮し、マーケット最大化を図る。

施設点一か所配置のファジィ確立施設配置である。

既存の医療機関は存続を前提とし、新規開設によるネットワーク頑健性を向上させる。

通院に要する時間が長いほど患者の効用が下がるとし、経路所要時間に対する重みづけを行う。

新規開設による効用の変化は、時間信頼性向上便益を算出する。

 

 

定式化の試み

既存医療提供体制の供給力不足を解消するために、一次救急を担う新規の有床診療所を1施設配置する。救急医療需要において、新規診療所の配置される場所は、既存医療提供体制において患者からのアクセシビリティが確保されていない地域である。

 

 まず、基本となる式を構築する。参考として、原ら(2013)を用いる。

条件

・施設候補地点が箇所(候補地点の病床数は制限数以下

番目の候補地施設の容量を,建設費用をとする

・需要地点が箇所

番目の需要地の需要量をとする

から への1単位当たりの通院コストをとする

から への患者通院数をとする

地点に施設を建設するかどうかを示す0-1変数をとする

地点の人口をとする

地点の外来患者受療率をとする

地点の患者のうち既存医療機関()に通院する割合をとする

地点の患者のうち新規有床診療所()に通院する割合をとする

 

 

 

また、通院経路が災害などで途絶しても医療へのアクセスが確保されるように、道路ネットワークの災害に対する頑健性を連結信頼性により評価する。これは瀬戸ら(2011)の提案アクセシビリティ指標であるポテンシャル型アクセシビリティ指標を適用し、周辺エリアで提供されている医療サービス機会数が交通抵抗(コスト)によって低減されて評価される重力モデル型の式に表わす。

条件

ODペア各径路における交通抵抗値を、信頼度を

:エリアのポテンシャル型アクセシビリティ

:エリアの医療サービス機会

間の近接性を表す関数であり、に対して単調減少

 

 

連結信頼性とはリンクの途絶確率が与えられている上で、出発地から目的地まで途絶なく到達できる確率である。上記(10)式の交通抵抗項においてエリア間の連結信頼性を反映させる(Connective-Potential Accessibility Index : CPAI)

条件

の期待値を

 

 

(11)の式を一般化し、任意の間の交通抵抗項の期待値を定義する。

条件

間の全経路集合

の部分集合を集めた集合

:集合を構成する要素

:経路集合のみが機能する確率

間の経路の靴抵抗値 (間途絶時はのときは=0

 

 

(12)を式(10)の交通抵抗項に代入し、さらにネットワーク全体の評価指標を定義する。その手法として、近藤ら(2010)を援用する。

 

 

リンク信頼度は災害規模や道路の耐震構造等の条件により個別に検討する必要があるが、その調査は保留とする。代替措置として、距離によるリスクの向上を考える。

条件

:単位当たりのリンク信頼度(の場合に途絶なく接続)

:距離に対する感度を表すパラメータ(大きいほど単位距離当たりの交通抵抗が大きい)

 

 

次に、式(10)における(エリアの医療サービス機会)について詳細に定義する。なお、医療サービスは保健医療サービスを前提とする。

:病院の規模別(機能別)に重みづけした医療機関単位・医療従事者数

ここでは、診療所であるため病床数(救急用に確保が望ましい)と医師数から換算。

また、:交通抵抗(コスト)についてその便益は、時間信頼性向上便益にて換算する。これは、医療へのアクセス向上による効用(安心感)を想定している。

 

時間信頼性向上便益について

時間信頼性向上便益= ばらつき減少に伴う余裕時間の減少 × 時間価値

 

BTR=BTR0BTRW(総余裕時間費用の道路整備有無の差)

総余裕時間費用:BTRi

:整備iの場合の道路区間lにおける車種jの交通量(/)

:整備iの場合の道路区間lにおける車種jの余裕時間()

:車種jの時間価値原単位(円/分・台)

:信頼性向上により便益を享受する利用者の割合

i :整備有の場合W、なしの場合O

j:車種、 l:道路区間

 

ここまでの配置モデルは複数の施設配置候補の下で、採算と災害を考慮したものであるが、離島や山間部等の配置候補が1ヶ所しかない場合を以下で想定する。

条件

需要点数をn

各需要点の座標を(, )(i = 1,2,……,n)

各需要点の重みを 

施設の座標を(X, Y)

重み付きの総移動距離L

 

                                                (17)

 

総移動距離が最小となる施設点の座標(X,Y)

()(k=1,2,……,N)

距離

                                               (18)

 

(18)において、以下の式(19),(20)を考える。

                                                     (19)

                                                     (20)

 

繰り返し計算により、( となる場合、(X, Y)  となる。それ以外の場合、施設点の座標を修正1、繰り返す。

 

 

 

結語

 今年度の研究において、先行研究の調査と基本となる定式化及びその前提を考察した。具体的なケースを用いた実証と包括的なモデル作成までは研究が間に合わなかったが、この分野の知識とソフトウェアの使い方について学ぶことが出来た。まだ、制度理解について不十分な点とそのため変数として欠損があると思われるので、今後も継続して研究に努めたい。

 

謝辞

 森基金の助成によって、慶應義塾大学のライセンスソフトであるMATLABを使用するスペックを持つPCと関連ソフト、書籍、文献等が入手することが出来た。今後の研究にとっても大きな意味を持つものであり、厚く感謝申し上げる。

 

参考文献

久保幹夫「応用数理計画ハンドブック」朝倉出版

GL・ネムハウザー「最適化ハンドブック」朝倉出版

近藤竜平・塩見康博・宇野伸宏「アクセシビリティと連結信頼性を考慮した道路網・施設配置モデル」土木計画学研究・論文集, 2010, Vol.27, No.3

瀬戸裕美子・宇野伸宏・塩見康博「非重複経路を考慮したアクセシビリティ指標に基づく医療施設計画」土木学会論文集, 2011, Vol67, No.5

原雅典・佐々木美裕・井上茂亮「患者のアクセシビリティを考慮した病院の最適配置に関する研究」アカデミア情報理工学編, 2013, No.13