2013年度 森基金研究成果報告

政策・メディア研究科 後期博士課程
村松 充

研究概要

コンピューターが小型化し、現在では身の回りの多くの人工物に組み込まれている。これらの人工物は周囲の状況をセンスし、思考して動き、生物のように振る舞う。
しかしこれらの人工物の思考や振る舞いはブラックボックス化され、目に見えない場合が多い。このような知能化した人工物の振る舞いを可視化しインタラクションを円滑にするため、人工物のアピアランスや動きを生き物のようにデザインする手法が効果的であると考えられる。

このような、人工物を生き物のようにデザインする例として、家電とのインタラクションをエージェント型ロボットで置き換える試みがなされている。
これらの例では、擬人化することで会話やジェスチャーという対人間と同じ関係性を確立することを目指している。

しかし、知能化する人工物の形は多岐に渡り、会話やジェスチャーでの高度なコミュニケーションが有効なものばかりとは限らない。特定の行為に対する拒否を示す/行為に対して喜ぶ、動作状態を示す、センシングしている範囲やセンシングの状況を可視化する、といった目的においても生き物のモデルを用いることは有効である。
一方、人工物と生物はアクチュエーターや素材が根本的に異なるため、生き物の形や動きを真似してロボットをデザインすることは工学的には効果的ではない。
また、Heider&Simmel,Michotteらによって確立されたアニマシー知覚の研究分野では、単純形状でも動きや他との関わりによって人に意図を推察させることが示されている。これらの研究の知見を利用すると、生物に似ない人工物でも動きによってユーザーに意図や状態を推察させることが可能だと考えられる。

コンピューターによりブラックボックス化されたシステムを、ユーザーにとってわかりやすい形で現実世界に戻す試みは、Graphical User Interface(GUI)、Tangible User Interface(TUI)という形で研究・実装されてきた。GUIでは2次元ディスプレイを表現手段とし、TUIではコンピューターの世界を現実の触れる世界に戻すという試みで、3次元空間で実際に触れる様々なもの・素材とそこに投影される映像を表現手段とする。本研究は、コンピューターの思考プロセスを可視化する手段として、3次元空間での人工物の動きのデザイン手法を探るものである。
従来一般的に行われてきた、生物の外観や構造、動きを模倣するという手法から離れ、人工物の特性を基にして新しい動きを生み出す手法を探り、それをもとにアート作品という形で新たな人工物の形を示す。

2013年度の研究成果

Flagellaの動きの生成アルゴリズムの再設計

アルゴリズムの再設計手法

2009年に製作した、屈曲アームと回転関節により柔らかい動きを生み出すロボットアーム Flagella の動きの生成アルゴリズムの再設計を行った。 Flagellaは、屈曲したアームを3本連結したものを1つのアームとして、それらが動いた際に互いに干渉する距離で円周上に5つ配置したものである。 製作時やその後の展示では、5本のアームのそれぞれの関節に目標角度を設定し、目標角度に対して動きながら互いに接近すると斥力を発生させるようにして避けるというアルゴリズムを実装していた。これは、ポテンシャル法をベースとした制御手法で、互いの干渉の中でもアームの目標指向性を維持することを目的として製作したアルゴリズムである。 今回、これに加えて、同様に目標角度に対して動きながら、接近した際には対象と逆方向に回転方向を変える、という制御アルゴリズムを製作した。 また、目標角度をそれぞれの関節でバラバラに切り替えるのではなく、一本のアームを構成する3つのモーターが全て目標角度に達成するように動くアルゴリズムも製作した。これは、アームの先端を任意の位置に移動させたい場合などに有効であり、より高い目標指向性を示すことが期待される。

再設計したアルゴリズムの評価

1.接近した際に回転方向を変えるアルゴリズム

接近した際、対象と衝突する方向に動いている関節は目標角度を対象から当ざかる方向に変え、そうでない関節はそのまま動き続ける、というようにアルゴリズムを製作した。対象から逃げるように方向転換を行うアルゴリズムである。
このアルゴリズムを製作した目的は、今までの制御アルゴリズムであるポテンシャル法をベースとした斥力を発生させて避けるアルゴリズムの目標指向性を検証することである。
シミュレーションによってアルゴリズムの正常動作を確認し、実機での動作確認を行った。その結果、このアルゴリズムでは回避動作がスムーズに行われ、一定速度での動きが長く観察された。避け方がスマートである一方で、避けながらも目標に向かって移動しようとする動きが無くなったため、目標指向性は動きから確認しづらくなったように感じられた。
今後、複数の観察者を対象とした評価実験などによってこの効果を検証したい。

2.一本のアームに目標姿勢を与えるアルゴリズム

このアルゴリズムは、より高い目標指向性を感じる動きの実現を目指して製作したものである。それぞれの関節に目標角度を設定し、全てを同時に満たすまでは目標角度を変えず、斥力を発生させて他のアームを避けながら動く。
シミュレーションを行った所、アーム同士が互いに近すぎるためランダムに設定した姿勢を全てのアームが満たすことは難しく、収束しないで止まってしまった。
このアルゴリズムにおいては、より高度に互いを避けて目標に達するための工夫が必要であることがわかった。今後、新たな手法の開拓を行いたい。

物理計算エンジンを用いたモジュールロボットのシミュレーション

概要

ドイツ、フンボルト大学のManfred Hild博士が考案した、Cognitive Sensory Loops(CSLs)を用いたロボットの製作を行うにあたり、物理エンジンを用いたシミュレーションプログラムを製作した。
CSLsは、サーボモーターが過去の出力、現在の角度、過去の角度をパラメーターとして演算し出力を決定するシステムで、フィードバックループをサーボモーター内だけで完結させることが出来るシンプルなシステムである。例えばこのループを使うと、モーターが外から与えられた力に対して反発し続ける、ということが可能になる。これをManfred氏はContraction Modeと呼んでいる。このContraction Modeを用いると、互いに通信せずに腰、膝、踵の3つのモーターが独自に動きながら立ち上がるロボットレッグが出来る。
このように、モーターだけで完結する仕組みであるため、物理的な連結だけで動き方が変わるモジュールロボットが制作できる
このシステムを用いて、立ち上がろうともがくモジュールロボットのデザインを行った。

シミュレーションの製作

CSLsのContraction Modeを用いると、どのような形状、関節構成であろうと、重力に抗う方向に動く、つまり立ち上がるロボットを作ることが出来る。モジュール型ロボットであれば、モジュールを連結し数を増やすことによってジオメトリが変化し、違う立ち上がり方になる。この仕組みでは、モジュールの形状と関節位置によって大きく動きが変わる。この形状と関節市による動きの違いを検証するために、CGによるシミュレーションを製作した。

まず、形状は接地面の変化やモジュール同士の干渉などに関わるため、正確な衝突判定が重要である。また、重力がどのように変化するか、重力がそれぞれの関節にどのくらいかかるか、といった計算が重要である。このため、衝突判定や重力計算などが可能なオープンソースの物理計算エンジンである Bullet Physics を用いてシミュレーションを作成した。
また動きの検証において重要な描画部分に関して、グラフィックスの描画などに適しており、C++、OpenGLベースの開発環境である OpenFrameworks を用いた。OpenFrameworksでBulletPhysics を用いる為のアドオンである ofxBullet には、Assimp で読み込んだ3Dモデルから衝突形状を作る機能があるため、これを利用することでCADでデザインした通りの形で衝突形状を行うことが可能になった。
現在、このシミュレーションと平行して実際にロボットの製作を行っている。


学会発表

iHAI 2013, “The proposal of the agent robot design to realize lifelike motion using the rotary joint”, 8th,August,2013
(本研究費による補助で参加)