2013年度 森泰吉郎記念研究振興基金研究者育成費 研究成果報告書



サウンドスタイリング手法集の作成‐生活音による生活環境デザインの提案‐

政策・メディア研究科 修士過程1年 浦上咲恵




1. はじめに

 本研究は、サウンドスタイリングという概念を提案し、その手法を示すことにある。サウンドスタイリングとは、生活音をファッションツールとして活用することにより自らの生活をデザインする行為である。
 筆者は、生活環境デザインの手段として「音」が有用であると考える。明示的に情報を示すサイン音のみならず、環境音など活動に伴いなる音からも我々は多くの情報や印象を受けている。そのため、自身が生活で鳴らす音はファッション及びコミュニケーションツールとして使える。洋服やアクセサリーを身につけて自分のファッションをコーディネートするように、生活で鳴る音も「身につけて」自分らしさを彩ることができるのである。生活音は生活を豊かにする潜在性を有するといえよう。
 現在サウンドスケープデザインという音環境のデザインが世で活かされているが、それはデザイナーが特定の空間に一方的に仕掛けるデザインに留まる。生活者はそのデザインを授与するのみで、本来あるべき能動的な生活環境デザインとは考えを異にする。 このように、サウンドスタイリングは、万人にとっての快適な音環境を創出することが目的ではない。よって、生活者が各々の暮らしの中でサウンドスタイリングを実践するためのヒントとなるサウンドスタイリング手法集(音のファッション雑誌に当たる)の作成が必要となる。
 本研究では、サウンドスタイリング手法集の作成にあたり、暮らしに潜む音の役割を見出すためのエッセイの執筆、及び執筆したエッセイから、生活音のあらたな役割の抽出を行った。スタイリング手法を生み出すために重要となる音の役割を見出す手法の開拓を行ったと共に、サウンドスタイリングにおける重要な材料を得た。


2. 生活における音の役割を探る

2.1 未だ見出されぬ音の役割
 従来、生活者自身が鳴らす音は、聞き逃されてきた。足音であれば歩行の結果として、キャップを閉める音であればペンが乾かないように遂行する任務の結果として鳴る副産物に過ぎないためである。
 しかし、シチュエーションや自身の心的状況により、キャップを鳴らすが魅力的に思える瞬間がある。普段はなんでもない音だけれど、大事な人への手紙を書いた後であれば、書ききった達成感を現わす音、手紙を書いた相手との関係性を振り返るための音に なる。
 このように、普段聴き捨てている音は、時と場合によって重要な役割を担う。同じ音を鳴らすたびに発揮する効果ではないが、その役割を見過ごしてはいけない。筆者は、生活者自身がそれぞれの体験に根付いた事例をもとに、音の役割を追求すべきであると考える。

2.2 エッセイ形式による追求
 中島らは、新しいものごとが世に誕生するプロセスの一般的構造をFNSダイアグラムにより説明した。ある目標を実践し、生まれた現象の認識による新しい目標の想像過程である。目標(未来ノエマ:NF)をもとに環境に対し何らかの行為を実行し(C1)、現象を構成(ノエシス:A)すると、環境(E)との思わぬインタラクションが起きる。生じた現象を捉え(C2)、現象に対する認識(現在ノエマ:NC)を持つことにより、新しい目標が生成される(C3)。あらゆる創造行為がこれらの繰り返しで進む。
 生活者が自身の生活を舞台に音の役割を見出す創造行為のために、本研究ではエッセイという形式による言語化を行う。


3. 音essay執筆活動の概要

3.1 音essay
 音essayとは、筆者が自身の生活の中で気付いた音と自身にまつわるエピソードを書き綴ったエッセイである。内容や文体に規制は設けておらず、分量は1000文字以内に収まっている。分析対象となる事例は2013年7月30日及び同年8月1日〜9月21日の53日間分、53事例である。

3.2 比較対象:音半日記
 本論文で提案する音essayの有用性を実証するために、比較対象として「音半日記」を取り上げる。音半日記は、自身の生活の中での音に対する疑問や問題意識、思い入れ等を自由に綴る日記である。1日に2回時間を設け、1日2話の頻度で執筆している。分量は200字程度である。実践期間は2012年11月31日〜12月31日、総事例数は55である。

3.3 音essayに多く見える「仮説」
 音essayと音半日記は、言語化という点では同様の手法を使っているが、両者は異なる役割を果たす。音半日記では他者の理解を促す必要も、自身の中でまとまっている必要もないため、「出来事」「感想」「違和感」までの文面が多く見受けられる。音essayは読者がいることそして作品としてのまとまりを意識せざるを得ないため、自分なりの「仮説」を記述しているはずである。実際に、音エッセイに含まれる「仮説」は61%、音半日記の場合は36%という数量的な違いもでた。


4. 結果

4.1 抽出された音の役割の分類
 音essay内から抽出された音の役割を分類すること、及びその生成過程の特徴を考察するために、分析を行った。まず、全53の音essayの内容を読み返し、自身がエッセイ内で与えた音の役割を抽出した。それらを分類したものが表1である。



4.2 新規役割の生成推移及び同役割の連続出現頻度
 音essay では、最初の13 日間、毎日何かしら新しい役割を見出すことが達成されていた。その後、長期にわたり新規役割の生成頻度が衰えたが、終盤に向かい着実に、増え続けた。音半日記は新規話題は最初の10日のみ生成され、その後は指摘済みの話題に留まった。
 また、音essayの音の役割生成推移グラフによると、同役割を連続もしくは3日以内に執筆している箇所は全53事例(隣接関係52点)中7つしか上げられなかった。全体の13%ほどである。音半日記は全体の30%が連続した同話題で埋められていた。
 以上2つの考察はいずれも、音essayに「仮説」が含まれることから説明できると考えられる。違和感や疑問のみではなく、仮説や結論に至るまでを執筆することで、前日書いた内容に引きつられずに、あらゆる出来事・現象に目を向けることができる。よって、エッセイという執筆形式が、音の役割という、生活音の新たな特徴を創造する行為に貢献したと考えられる。


5. まとめ

 本研究では、生活者が自身の生活に基づいて音の役割を見出していく手法として「音essay」を提案し、その効用を明らかにした。また、新たな音の役割を抽出することができた。これらは、サウンドスタイリング手法集生成において重要な知見であると考えられる。



Presentation

浦上咲恵,諏訪正樹、井出祐昭.(2013).毎日の「音essay」執筆活動による 感性開拓を試みる.人工知能学会第16回身体知研究 会,SKL-16-07,pp. 35-42.


参考文献